福島県猪苗代町にあり、会津藩初代藩主・保科正之を祀っている。
資料によると会津藩初代藩主保科正之が重臣とともに見祢山へ登り、
この地を気が入り、自らの墓所と定め、遺言したという。
翌、寛文12年(1672年)に死去すると二代藩主正経は遺言どおり神社の造営にあたった。
境内には、社殿の他に亀石に乗った石造の顕彰碑(高さ5.54m )や
奥の院には、保科正之公墳墓などがあり、清々しく風致に満ちています。
案内板によると「 会津藩祖・保科正之公を祀り、延宝3年(1675年)に造営された神社。
その豪華絢爛な様式は、日光東照宮にも比されたと言われています。
惜しくも戊辰戦争の戦火に遭 消失してしまいましたが、
明治13年(1880年)に再建され現在に至っています。
保科正之は、徳川二代将軍秀忠の子として慶長16年(1611年)に生まれ
四代将軍家綱の後見役として20年間幕政の実権を握るとともに
会津藩の好学・尚武の藩風を築いた名君と敬われています。(猪苗代町)」とあります。
近くで紅葉の美しい史跡なのに、見ごろの時期に初めて訪れました。
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