不埒な天国 ~Il paradiso irragionevole

道理だけでは進めない世界で、じたばたした生き様を晒すのも一興

Pala dell'Assunta di Pinturicchio

2014-09-30 07:37:52 | Tra la mente e il cuore
“La Pala dell’Assunta di San Gimignano e gli anni senesi di Pinturicchio”
http://www.nove.firenze.it/la-pala-dellassunta-di-san-gimignano-e-gli-anni-senesi-di-pinturicchio.htm



Pinturicchio生涯最後の作品。
彼のやわらかで繊細な作品を
久しぶりに観に行きたいな。

さて、展示が終わる前に
イタリアに戻れるかな。

Un attimo

2014-09-16 22:57:36 | Tra la mente e il cuore
E' gia' passato 1 anno da quando ho lasciato l'italia, tornando definitivamente in Giappone.
Nonostante tutti i miei sforzi e i supporti dalle persone vicine, non riesco ad inserirmi nel sistema giapponese, e mi sento ogni secondo che sono estranea comunque.

Non mi pento del mio rientro, quando vedo i miei, sopratutto mio padre, hanno recuperato la tranquilla quotidianita' e la salute, ma da altra parte mi sento sempre che non era la scelta giusta per me, sinceramente.

Stando vicini, alcune persone mi aiutano tanto per andare avanti senza sentir la certa malinconia, ma esistono anche le altre mi soffocano tra loro regole e vincoli.

Desidero fortemente di essere libera e sola senza aver nessun vincolo costretto dagli altri.
In questi giorni veramente sento la mancanza di Firenze
ed ogni volta vorrei ricominciare da zero o rivivere la mia, gridando lasciatemi in pace.


Un Flash Back

2014-09-11 02:01:51 | Tra la mente e il cuore
私は基本的に、あまり昔の記憶に縛られない。
というか、昨日の出来事でも結構簡単に記憶を喪失する。

別に日常生活に支障があるわけでもないんだけど。

そんなわけで、
結構昔のことなんか聞かれても覚えていなかったりするし
自分で思い返すこともほとんどない。

でも時々、自分の意思に反して突然蘇る記憶があったりする。

今朝早く激しい雨の音で目が覚めて
ふと何気なくスマートフォンのスクリーンの
日付と時間に目をやった時
思いもよらない景色がよみがえってきた。

2001年9月11日。
副校長兼秘書をしていた、
フィレンツェの語学学校での小さな専用スペースで
そのニュースを初めて知った。
当時の校長の、若い彼女がニューヨークに暮らしていた。
彼女は幸いにも無事だったけれど、
校長の慌てふためいた姿や動揺に
自分まで揺れ動かされているような感覚だった。

その時の光景がなんだか昨日のことのように脳裏に映し出されて
一瞬自分がどこで何しているのか分からなくなった。

あれからもう13年。
歳月の経つのは早い。
その語学学校で働いていた日々のことだって
いまでは全く思いださないくらい、昔のこと。

それなのに。
忘れている気がしているだけで、
自分の脳と肉体に衝撃があった出来事の記憶は
自分のどこかに眠らせてあるだけなんだってことにも
改めて気付いた雨の9月11日。

そして、東日本大震災からも3年半。
これについては、未だ忘れてもいないし
忘れさせようとさせる意図的な負の力に抗っていたいと思ってる。



Il villaggio chiuso e la sua tradizione

2014-06-07 17:07:01 | Tra la mente e il cuore
「ある精肉店のはなし」という映画。
毎日通りかかる三島の「大岡信ことば館」の
外の小さな掲示板に出ていたポスターで知った映画。
本日上映会でした。

ご存知の方も多いと思いますが、
私は基本的にお肉もお魚も食べません。
それは、小さなころのトラウマから徐々に確立された
私の単なるわがままな選択の一つ。
でもそこから逆説的に始まって
生き物を殺めることへの罪悪感がつきまとうから
生きている可能性のあるものは食べないという
変な理論も持ち合わせています。

その上で、この映画を観ようと思ったのは
「いのちを食べていのちは生きる」という当たり前のことを
今の私なりにきちんともう一度考えたかったから。

でも実際映画を観たら
私の思考は違うところに行き着いたんだけどね。

映画のテーマは大きく二つ。
ひとつは
別のいのちのエネルギーをいただいて
我々は生きているということ。
もうひとつは
差別という問題。

タイトルコールの前の数分はショッキングに始まるのに、
非常に淡々とした日常の一部としてきれいに表現されていて
その屠畜の手さばきは、ある意味神業にも見える。
そして、全編に差別という
暗くなりがちな
もしくは社会的なメッセージてんこもりになりがちな
特異なテーマが流れているにも拘らず
それさえも感じさせない。
つまり、
とってもさっぱりとした仕上がりになっているのが奇跡。

映画は観てもらった方がいいと思うので、
詳細は述べませんが。

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YouTube: 映画『ある精肉店のはなし』予告編


「命が尊いものだ」とか「差別はあってはいかん」とか
そういうことはきっとこの作品を観たら誰でも感じること。

生きていた可能性のあるものを食べたくないという
わがまま論をもっている私が
この作品を観て感じたことは、
命のありがたみを知っている人がきちんと捌いた食材は
その原点まで遡れる場合に限り、
食べる価値があるんじゃないかということ。
この映画の中で、
屠畜という作業が神聖に見える理由もそこにあるんだと思う。
翻って、生産者と消費者の間に
金と利権にまみれたような中間卸業者や
薄利多売しか考えない結果、
奇形の魚介類や家畜から取り出した食材までも
平気で売り捌ける大手小売業者などの手を渡って
どこぞのショーケースに並んでいるものは
既に元あった命を冒涜し、
食材としての価値さえなくなっているんじゃないかと。
たとえば、あなたが今日食べた、
特売の「トレイにのっかった切り身のお肉」は
果たして食材となる前の「いのち」の重みを感じられる
愛のあるルートをたどってあなたの手元にきたかしら?
と、ここに至って、辛くなって
ますます命のあったものを食べられなくなったわけだけど。

朝には精肉店の牛舎から
7代目店主に曳かれて
その先の自分の運命を知ってか知らずか
興奮しながらも歩いて屠畜場に向かい
午後には静かに
軽トラックの荷台に積まれて戻ってくる牛。
その一連の流れを観ていて胸に迫るものがあったのも事実。
私の世代なら
誰でも心の奥に刻まれているだろう「ドナドナ」のような。
そこにはまだ「いのち」の重みと
それに正面から誠意をもって向かい合った愛があるから
胸を打つ何かを漂わせているんじゃないのかな。

どの時代にも、どの世界にも
マジョリティが生きやすくするために
必要としている「差別」。
だからどの時代にもどの世界にも
その程度の差はあれ、
差別は潜在的に我々の中にある、とも思っている。

差別も難しい問題で
軽率な発言は許されないのだけど、
作品の中で描かれている
家族と街、地域の住民と街の濃密な繋がりは
特殊な熱を帯びているなぁって。
ある意味閉ざされた集落だからこそ
紡ぎだされた独特な伝統の文化という感じ。
東京のような地域の繋がりの希薄な大都市ではもちろん
この先産まれてこないタイプの伝統。
私の故郷のような一部はガチガチに閉鎖的なくせに
一部はゆるく解放されている中途半端な街にも
こういうものは産まれないし、
かつてあったとしても既に受け継がれなくなって
「伝統」という名の下に形骸化している。
精肉店のある元嶋村の地域にある
どこか懐かしく、そして熱い血の通った「伝統」が
とても羨ましくて、ほろほろ涙が出た。

多くの人に観てほしいし、
観た人と色々長く語り合いたいなって思う映画の一つ。

ある精肉店のはなし
この先も全国各地で上映予定が入っているので、
是非あなたの近くにきたら観てください。