不埒な天国 ~Il paradiso irragionevole

道理だけでは進めない世界で、じたばたした生き様を晒すのも一興

Fuochi di San Giovanni Battista

2011-06-25 23:07:00 | 日記・エッセイ・コラム
6月24日はフィレンツェの守護聖人「洗礼者ヨハネ」の日。
フィレンツェは祝日で、毎年この日の夜には花火大会。

いつもはサンタ・トリニタ橋の上から観るのだけど、
今年はちょっと場所を変えて国立図書館の前から。

ちょっと場所取り失敗した気はするけど、まぁよし。

イタリア統一150周年に当たる今年のテーマは
イタリアントリコロール(赤白緑)。

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何かが爆発したとしか思えないような花火。
でも普通。
イタリア人は大喜び。

この程度の花火で大喜びするイタリア人の様子が分かる動画はこちら。



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2011-06-25 19:02:37 | Tweet Log



Apertura di Porta di San Niccolo

2011-06-24 23:58:00 | アート・文化
これまで一度も公開されたことのないサン・ニッコロ門。
多額を投じて修復し、
フィレンツェ守護聖人の祝日である6月24日に
市民に公開されました。
修復などについての詳細は以前紹介したこちらからどうぞ。

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きれいになったサン・ニッコロ門の外観。

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薄汚れいていた半月形のフレスコ画も
見えるようになりました。

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ぐずぐずしているうちに午後になってしまって
暑い盛りに上ることになったけれど、
実は大盛況だったために私よりあとに来た方々は
定員オーバーで閉め切られてました。
20分ごと20名限定の入場で
18時まで上れることになっていたのですが、
私が辿り着いた16時で当日の定員到達。

私は結局17:10のグループに入ったので、
待ち時間は約1時間15分。
待っている間にこんな注意書き。
アクセスは階段のみ。

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実際上ってみるとかなりの傾斜なので
足下不安な方は十分お気をつけて。

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明るいけれど、なんだか狭苦しい階段。

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途中で見かける銃口を差し込む覗き窓。
昔はちゃんと要塞の役割も果たしていたので、
街に向かっている方はおおっぴらに開かれていますが、
逆方向(アルノ川上流方向)は
ほとんど塞がれているのが特徴。

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ハトが入り込まないように幕が張られています。
幕の向こうにフィレンツェ市街。

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サン・ニッコロ地区の町並みと
ミケランジェロ広場に上るつづら折りの道。

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さて、頂上。
階段は全部で160段。
ドゥオーモなどに比べればたいしたことないです。

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サン・ニッコロ門の頂上から眺めるミケランジェロ広場。
新緑の季節、濃い緑が気持ちよい!!

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ほら、ちゃんとダヴィデ像(複製)も
こんなに近くに見えます。

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ミケランジェロ広場よりも若干低いところから眺める
定番のフィレンツェの眺め。

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アルノ川上流を臨む。
フィレンツェってこうしてみると
本当に緑に囲まれた長閑なところです。

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サンタクローチェ教会のちょっと上流。
24日夜の花火大会の貴賓席設置中。
赤い椅子がいっぱい並べ始められています。
このあと18時からは
サン・ニッコロ門もミケランジェロ広場も
花火打ち上げ準備のため閉鎖になるのです。

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中にはいくつかのパネル展示があるだけで
特に見所があるわけでもないけれど
今まで入れなかったところに入るというわくわく感と
新しい目線でのフィレンツェの眺めを楽しむにはおススメ。

7月1日から10月31日までは
悪天候日以外は毎日一般公開されます。
開館時間はちょっと変則的で16:00-20:00、
30分ごとの入れ替え制で、
一回15-20名までのガイド(案内役)つきでの入場。
入場料は3,00ユーロ。


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2011-06-23 19:02:40 | Tweet Log



Marsilio Ficino in Flagellazione

2011-06-21 23:35:00 | アート・文化

Bernardo Provenzano(ベルナルド・プロヴェンツァーノ)は
イタリアのマフィア史にも残る歴史的犯罪者の一人で、
シチリアマフィアのリーダーの中のリーダーと言われた人。
彼が30歳であった1963年から逃亡生活を続け、
実に43年の逃亡生活の末
2006年に身を隠していた家屋で逮捕されました。
家族をはじめグループのメンバーとのやり取りをしていた
メモをもとに居場所の確定が行われ逮捕に至りましたが、
さすがに43年を経て
その風貌は大きく変わっていることが予想され
パレルモ警察のマフィア部門では
彼の若い頃の写真をもとに特殊なソフトを使って
逮捕当時(73歳)の顔写真を作成しており、
これはかなり精度の高いものでした。

このソフト(Age Progression)の逆まわし、
つまり老齢期の風貌から
若い頃の風貌を特定するという方法を用い
人物の確定を試みたのが
ウルビーノのマルケ州立美術館に所蔵される
Piero della Francesca(ピエロ・デッラ・フランチェスカ)の
Flagellazione(キリスト笞刑)。
Flagellazione

その作品自体も、
その構成について諸説存在する作品ではあります。
作品画面右側手前に描かれる人物群は
伝統的にルネッサンス絵画の解釈として
主題である奥のシーンと鑑賞者を繋ぐ役割を果たし
シーンの目撃者、解説者であるとされるのが主流の見解です。
通常手前に描かれるのは
単なるアレゴリーの一部である場合もありますが、
作品の依頼者であったり
依頼者に関係のある親族や政治家であったりすることが多く、
この作品でも依頼者であるMontefeltro(モンテフェルトロ家)に
縁のある人物だと言われてきました。
この3人の人物のうち中央の人物に例のソフトを適用したところ
若い頃のMarsilio Ficino(マルシリオ・フィチーノ)である
という説が浮上してきました。
アンコーナ警察を動員して
フィチーノであると確定している老齢期の肖像を利用し
若い頃の風貌を特定し、
ピエロ・デッラ・フランチェスカの作品内の人物と
照合するという捜査の結果として発表されています。
この謎の多い作品の42番目の新説とも言われて
俄に話題になっていますが、
この作品は研究する人ごとに新解釈が生まれることでも有名で
まだまだ今後も研究は続けられそうです。

1975年2月5日の夜中(6日の未明)には謎の一団が
ウルビーノのドゥカーレ宮殿に侵入し
このFlagellazioneとMadonna di Senigallia(セニガッリアの聖母)が
盗難に遭うという事件が起きました。
14ヶ月後にスイスで見つかっていますが、
この事件自体もほぼ迷宮入りと言われています。

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Madonna di Senigallia(セニガッリアの聖母)は保存修復が完了し
6月18日からセニガッリアのRocca Roverescaで展示中です。