いや~、今日も富士山、キレイだな~!
まわりに何もない独立峰、そしてこの美しい形は海外の方にも大人気です。
良いものは良い、美しいものは美しい・・・これは万国共通なのでしょう。
六老僧・蓮華阿闍梨日持上人
※↑画像は「高祖日蓮大菩薩御涅槃拝図」(大坊・本行寺で購入)より
今から700年以上前に、法華経が正しい教えであることを、実際に海外に伝道しに行ったお坊さんです。
「何と向こう見ずな・・・」とも思いますが、同時にめちゃくちゃ魅力的ですよね!
日持上人ゆかりのお寺が静岡にあります。
静岡駅にもほど近い沓谷(くつのや)という場所、ここは徳川家康が愛した駿府城の鬼門である丑寅の方角にあたります。
蓮永寺です。
山門です。黒門ですね!
山号は「貞松山」です。
その山号の通り、境内には松がたくさん!
よく手入れされています。
瓦にも松が!寺紋が松なんでしょうか?
お城のような塀です。
赤い仁王門。
この仁王門は仁王様ののぞき穴が作られていて、
吽形、吽形ともよく見えます。
わ~!立派なイチョウの木!
葉っぱがつくと見事なんでしょうね。落ち葉の季節は・・・大変でしょうね(泣)
根っこが四方八方に広がっているのがよくわかります。
お祖師様のご遺文でも、木と根を物事の比喩としてよく引用しています。
格式を感じる本堂です。
相当な数の瓦を使っているのでしょうね。
扁額には「蓮永精舎」。
戸袋に松が彫刻されています。
お寺の縁起によると、もともと蓮永寺は富士市松野村、富士川をはさんで岩本實相寺の対岸あたりにあったようです。
開基壇越は松野六郎左衛門公なので、寺紋が松なのではないかと思われます。
松野六郎左衛門公は日蓮聖人の教えに深く帰依していた方でした。
※画像は「高祖日蓮大菩薩御涅槃拝図」(大坊・本行寺で購入)より
僕は毎朝のお勤めの時に「妙行日課」を少しずつ読むようにしているのですが、お祖師様から松野氏へ宛てた手紙「松野殿御返事」から引用された文章がいくつも出てくるので、馴染み深い名前です。
お寺の縁起には、日持上人は松野氏の弟という説もある、と書かれています。
日持上人は幼少の頃からものすごく頭のキレる、いわゆる天才だったようです。
若くして出家し、仏の教えを究めるため比叡山に登ったといいます。
しかし学ぶうちに天台の仏教観に疑問を感じ、比叡山を下りたそうです。
そんな時、岩本實相寺(当時天台密教の勅願寺)のお坊さんだった智海法印(のちに法華経に帰依し日源上人になり、實相寺を改宗)に日蓮聖人の話を聞きました。
日持上人はすぐに鎌倉・松葉ケ谷に日蓮聖人を訪ねたそうです。
(↑画像は鎌倉・安国論寺の扁額)
たちまち日持上人の疑問は解け、その場で帰依し日蓮聖人から「蓮華阿闍梨 日持」の法名を頂きました。
日蓮聖人が目指していたのは「一天四海皆帰妙法」、世界中に法華経を広めようという意味だと思います。
一方、恐らく当時国内でさえ布教に苦労していただろうに、海を越えて海外に・・・というのは夢に近かったのではないでしょうか。
しかし、当時45才の日持上人は・・・行ったのです。
良いものは良い、良いものに国境はないとの思いだったのでしょう。
お祖師様の十三回忌を少し早く済ませ、翌年の元日に蓮永寺から旅立ちました。
東北(奥州)→北海道(蝦夷)→樺太→満州と布教の旅を続け、北京郊外の町で遷化された、と推測されています。(足取りについては多くの研究者が現地に行って、実際に証拠を入手した上での推論)
しかしそれでも命日すらわかっておらず、宗門では日持上人忌は元日にしているようです。
ちなみに居酒屋の定番メニューの魚・ホッケの名前は、日持上人が蝦夷に来た時に大量に獲れ、「法華さんの魚だ~」「そだね!」ってことで付けられたという説もあるそうです。
客殿です。屋根の曲線がキレイ。
早咲きの桜かな?あと一息で咲きそうです!
もう一人、蓮永寺の歴史になくてはならない方がいます。
徳川家康の側室、養珠院お萬様です。
この石塔は、お萬様の供養塔です。
松野村にあった蓮永寺は、日持上人が海外伝道のために去ってからしばらく荒廃しており、これに心を痛めたお萬様が、駿府城を護る鬼門の場所・沓谷に蓮永寺を移転させ、整備したそうです。
家康には正室をはじめ、多くの側室がいただろうに、それでも駿府城のお膝元に法華のお寺を誘致するなんて、実は相当な権力があったのでしょうか。
お萬様が家康の子を産んだのは家康がお年を召した頃で、家康は十男・頼宣と十一男・頼房をことさら可愛がったといいます。
のちに頼宣は紀州徳川家、頼房は水戸徳川家を任されたことを考えると、家康の晩年になって、お萬様の存在感は徐々に大きくなっていったと思われます。
昨年訪問した小田原の浄永寺
お萬様がここの寺宝である蛇身解脱画像をことさら信仰したのが縁で、浄永寺は代々、紀州徳川家の祈願所になっているそうです。
(↑蛇身解脱画像は「北条時頼とその時代」(鎌倉国宝館刊)より引用)
お萬様がつなぐ縁に、実に、実に多くの宗門寺院が助けられてきたことでしょう。
いや~、今回のご霊跡めぐり、ホント、いろいろ勉強になった~!
偉大な開拓者・日持上人と、中興に尽力したビッグマザー・お萬様・・・知れば知るほど僕を魅了してやみません。