―表象の森― 肉筆と明朝体、円谷幸吉の遺書
「父上様、母上様、三日とろろ美味しゆうございました。干し柿、餅も美味しゆうございました。敏雄兄、姉上様、おすし美味しゆうございました。克美兄、姉上様、ブドウ酒とリンゴ美味しゆうございました。
巌兄、姉上様、しめそし、南ばん漬け美味しゆうございました。喜久蔵兄、姉上様、ブドウ液、養命酒美味しゆうございました。又いつも洗濯ありがとうございました。
幸造兄、姉上様、往復車に便乗させて戴き有難ううございました。モンゴいか美味しゆうございました。正男兄、姉上様、お気を煩わして大変申しわけありませんでした。
幸雄君、秀雄君、幹雄君、敏子ちゃん、ひで子ちゃん、良介君、敦久君、みよ子ちゃん、ゆき江ちゃん、光江ちゃん、彰君、芳幸君、恵子ちゃん、幸栄君、裕ちゃん、キーちゃん、正祠君、立派な人になって下さい。
父上様、母上様。幸吉はもうすっかり疲れ切つてしまって走れません。何卒お許し下さい。気が休まることもなく御苦労、御心配をお掛け致し申しわけありません。幸吉は父母上様の側で暮らしとうございました。」
――円谷幸吉 -1968/01/09
Wikipediaの円谷幸吉の項によれば、その挫折と自殺について、
‘64年の東京五輪のマラソンで栄光の銅メダルに輝いた円谷幸吉は、次の目標を次の「メキシコ五輪での金メダル」と宣言した。しかし、その後は様々な不運に見舞われ続けた。所属する自衛隊体育学校の校長が円谷と畠野の理解者だった吉井武繁から吉池重朝に替わり、それまで選手育成のために許されて来た特別待遇を見直す方針変更を打ち出した。その上、ほぼ決まりかけていた円谷の婚約を吉池が「次のオリンピックの方が大事」と認めず、結果的に破談に追い込んでしまう。直後に、体育学校入学以来円谷をサポート、婚約に対する干渉の際も「結婚に上官の許可-「娶妻願」の提出-を必要とした旧軍の習慣を振り回すのは不当だ」と抵抗した畠野が突然転勤となり、円谷は孤立無援の立場に追い込まれた。さらに円谷は幹部候補生学校に入校した結果トレーニングの時間の確保にも苦労するようになる。その中で周囲の期待に応えるため、オーバーワークを重ね、腰痛が再発する。病状は悪化して椎間板ヘルニアを発症、’67年には手術を受ける。病状は回復したが、既に嘗てのような走りが望めるような状態ではなかった。
‘68年1月9日、カミソリで頸動脈を切って自死した。-Wikipedia「円谷幸吉」
この美しくも悲痛このうえない遺書を採りあげて、石川九楊は著書「文字の現在、書の現在」のなかで、肉筆とそれが活字となった明朝体との、表象のあらわれとしての差異について論じている。
野坂昭如が「円谷の実、三島の虚」において、「自衛官として自殺した円谷幸吉のそれ‥を、新聞で読んだ時、何というすさまじい呪いであるかと、受けとった。」と書いたように、肉筆で書かれた遺書が、活字の明朝体に転換された場に、否応なく出現してくる呪の深さ、その衝撃といった表象の位相がここにはある。
円谷が肉筆で描いたものは、周囲を取りまく人々の好意と善意への率直な感謝と、その期待を裏切ることへの「わび」であったにちがいない。ところが、いったん、この遺書が明朝体に転換されるや、怨みと呪いに満ちた陰画の世界が現前する。「美味しゅうございました」のリフレーンが、ガソリンのように食物を給油され、車のように走れ、走れと急き立てられたことへの怨みの歌と化してくる。最後の一行「幸吉は父母上様の側で暮らしとうございました」もまた悲痛な叫びであると同時に、人間としてわずかの望みさえ奪われてレーシング・マシンと化せられたことへの呪いの韻きをもっている。
むろん円谷自身は怨みの遺書を残そうとしたわけではない。感謝や詫びの言葉の背後に、本人すら気づかぬほどに密かにしのびこんでいた怨みや呪いを、明朝体が外被を剥ぎとってあらわにしたものに他ならないのである。
―山頭火の一句― 行乞記再び -93
4月3日、雨かと心配したが晴、しかし腹具合はよくない。
婦負ばかりゐられないので、3時間ばかり行乞する、行乞相は満点に近かった、それはしぼり腹のお
かげだ、不健康の賜物だ、春秋の筆法でいへば、シヨウチユウ、サントウカヲタダシウスだ。
湯に入つて、髭を剃つて、そして公園へ登つた-亀岡城趾-、サクラはまだ蕾だが人間は満開だ、そこでもここでも酒盛だ、三味が鳴つて盃が飛ぶ、お弁当のないのは私だけだ。
昨日も今日もノン アルコール デー、さびしいではありませんか、お察し申します。
春風シュウシュウといふ感じがした、歩いてをれば。
平戸よいとこ旅路じやけれど
旅にあるよな気がしない -略-
けふの道はよかつた、汗ばんで歩いた、綿入2枚だもの、しかし、咲いてゐたのは、すみれ、たんぽぽ、げんげ、なのはな、白蓮、李、そしてさくら。‥
これだけの労働、これだけの報酬。-略-
とうとう一睡もしなかつた、とろとろするかと思へば夢、悪夢、斬られたり、突かれたり、だまされたり、すかされたり、七転八倒、さよなら!
-これから改正-
時として感じる、日本の風景は余り美しすぎる。
花ちらし-村総出のピクニック-味取の総墓供養。
※表題句の外、1句を記す
Photo/寺院群のなかに聳え立つザビエル記念聖堂
Photo/寺塀に沿ったオランダ坂から覗く聖堂
Photo/平戸くんちの大祭が行われる亀岡神社
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