里の部屋

日々思ったことを綴っていこうと思います。

お父さんゴメンね

2015年11月07日 | 日々のつぶやき
今朝、朝食後の洗い物を済ませてから、キッチン用の洗剤を左手の薬指に塗り、はめていた結婚式の時、お父さんにはめて貰った結婚指輪を外しました。

先週の木曜日に整形外科で、左手の小指が少し腫れて、おさえ方によっては少し痛みがありましたので診て貰ったら、「これは、どうも折れていますよ」と言われ、まずレントゲンを撮ってもらう事になりました。

その時、レントゲン技師さんから、「薬指の指輪、外せますか?」と言われ、懸命に抜こうとしましたが、なかなか抜けませんでした。

するとその技師さんが、「無理でしたら、そのままでいいです」と言われ、結局その時は、指輪がはまったまま撮影してもらいました。

明後日に、一週間後の経過観察のため病院へ行く事になっていますので、また、「指輪外せますか?」と言われないために抜いておこうと思いました。

やはり、今日も普通には抜けませんでした。

それで、キッチン用の液体洗剤を指に塗って、何とか抜けました。

はめた時から約40年弱の月日が経つと、指が太くなったのでしょうね。

やっと抜けた時、思わず「お父さん、ゴメンね」と、又また、泣き虫の私の目から涙が零れ落ちました。

外した指輪は、キッチンペーパーに包んで、さらに小さいチャック付のナイロン袋に入れ、お父さんの免許証や、かかっていた病院の診察券等を保管している小箱に入れました。


ここで今日の新聞・折々の言葉から

「死んだ」者よりは「死なれた」者の方が、やはり、叶(かな)わないのである。つらいのである。
                                         秦恒平


英語の自動詞に受動態はないが、日本語には、「死ぬ」という自動詞にも「死なれる」という受動態がある。死ぬ人でなく、死なれる人に思いを重ねるのだ。人は自らの死を恐れるが、その死は想像するだけで体験はついにできない。その時自分も消失しているのだから。死の経験の原型はだから、大切な他者を失うと言うところにある。作家の「死なれて・死なせて」から。


      
   シオンの花・・・花言葉 ⇒ 「追憶」・「君を忘れない」・「永遠にある人を思う」

このシオンの花の花言葉は、他人様のブログより引用させて頂きました。