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壁の穴から恋人を覗いた女 源のおほき(場面のある恋の歌)

場面のある恋の歌

  馬場あき子氏著作「日本の恋の歌 ~貴公子たちの恋~」一部引用再編集

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 壁の穴から恋人を覗いた女 (場面のある恋の歌)

  「古今集」は恋の歌を五つの段階に分けて、逢うこともまだない憧れの日から、互いに秋(飽)の風を感じ、別離に至るまでの、さまざまな恋の位相をみせ、その言葉の多様を味わわせてくれる。
  村上天皇の命によって「後撰集」が編まれる頃になると、こうした恋の歌が生まれる場面を知りたいという欲求が強くなってゆく。そして「伊勢物語」や「大和物語」の歌説話の魅力を、身近な場面とともに味わいたいという思いが、想像力を広げさせる詞書を求めさせたようだ。

  歌の背景を述べた詞書に扶(たす)けられた歌は、一方では、単独一首の屹立した詩性を緩めつつも場面とともに読み味わう物語性を含みもち、新しい魅力を生み出したというべきであろうか。
  そこには、ある場面を迎えて歌を詠む時の、恋の相手に対する思いはからいを見せた言葉の面白さや、応酬のテクニックなどが現実的な魅力とともにあり、歌による男女の交際が拡がる中で、こうしたサンプルが求められていたとも言える。しばらく、独特な場面で詠まれた歌を読んでいこう。

    源のおほきが通い侍りけるを、のちのちはまからずなり
    侍りにければ、隣の壁の穴より、おほきをはつかに見て
   (物事の一端がちらりと現れるさま)、つかはしける

   まどろまぬ壁にも人を見つるかなまさしからなむ春の夜の夢
   「後撰集」恋一 駿河

   (夢はまどろみの世界のものですのに、私はうつつにありありと、隣の壁穴からあなたを見てしまったのです。おや、これは春の夜の夢でしょうか。そんなら、正夢でありたいものですこと)

  これは源おほき(巨城)が駿河という女と親しい仲であったのに、しだいに疎くなり、通って来なくなったので、宮中での巨城の控室の隣まで出向いて行って、部屋の小さな壁の穴から、巨城の所在を覗き見をしたのである。
  「壁の穴」から覗くというところがなんとも愉快で、駿河自身もこうした恋人追跡の場を面白がって詠んでいる。
  上句には「いた、いた」という快哉の声が漏れてきそうなひびきがある。宮中といえど昔の土壁には小さな隙間はあって、秋には壁の空間に棲むこおろぎの声が聞こえるのも季節の風情であった。

  駿河は油断した姿で休息している巨城の姿をつくづく眺めながら、他の女房の曹司に行くとも見えぬ恋人の寛ぎ姿に満足したのだろう。
  「まさしからなむ春の夜の夢」に、またの出会いを楽しみに待っていますよ、という気分のあふれがみえる。

参考 馬場あき子氏著作
 「日本の恋の歌 ~貴公子たちの恋~」
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