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55- 平安人の心 「東屋: 浮舟を訪う薫」

山本淳子氏著作「平安人(へいあんびと)の心で「源氏物語」を読む」から抜粋再編集

  浮舟を所望する薫の申し出に、浮舟の母・中将の君は困惑し答えあぐねていた。浮舟は母の連れ子として受領である義父に育てられ薫とあまりに身分違いであるうえ、正妻のいる薫に娘を委ねるのは、自己の体験からも不憫に思えたのだ。
  中将の君は、かねて浮舟を望んでいた左近少将を浮舟の相手に選び縁談を進めた。が、受領の財力目当てだった少将は浮舟が常陸介の実子でないと知ると意を翻し、薄情にも浮舟とは父親違いで常陸介の実子である妹に乗り換えてしまった。

  中将の君は浮舟を慰めようと、浮舟の異母姉・中の君を頼り、浮舟の身を二条院に移した。だがそこで匂宮の他を圧する高貴さや中の君、若君家族の幸せそうな様子を目にすると、浮舟も貴人と結婚させるべきではないかと心揺らぐ。その思いは、二条院を訪った薫の姿を垣間見てますます募った。

  母が自宅に戻ったあと、浮舟は二条院で与えられた局にいて、浮舟を中の君の妹と知らない匂宮に襲われかけた。その場は凌いだものの、知らせを聞いた中将の君は心配を募らせ、浮舟を三条の小家に隠した。
  それを宇治の弁の尼から聞いた薫は、その仲介で浮舟の隠れ家を訪れると浮舟と一夜を共にし、翌朝、浮舟を宇治へと連れ出す。大君との思い出の宇治は、大君の身代わりである浮舟を隠し置くには格好の地だった。無教養な浮舟に物足りなさを感じつつも、大君に似た浮舟に薫は強く魅了された。
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一族を背負う妊娠と出産

  「東屋」巻、浮舟の母は、中の君・匂宮・若君家族の睦まじい姿を見て、心を騒がせた。これぞ玉の輿、我が娘・浮舟もあわよくば。そう思うと、夜一夜眠ることができなかった。

  中の君にこの幸福をもたらしたのは、妊娠と出産だ。匂宮を夕霧の娘・六の君に奪われかけるなかで、それはまさに起死回生の一発であった。また生まれたのが男子だったことで、日陰者だった中の君は一躍貴族社会に認められ、産養(うぶやしない)には公卿たちがつめかけた。

  さて、ことこの「妊娠」「出産」という物語要素については、平安文学における重要性たるや、近代文学とは比較にならない甚大さといってもかごんではない。人々は妊娠を男女の前世からの契りの深さを意味するものと考えていたし、出産はそれこそ家の繁栄に直結する大事だった。そんなわけで、平安文学には夥しい数の「妊娠」と「出産」が描かれている。

  この「源氏物語」宇治の中の君の場合、中の君の妊娠は、六の君と匂宮との縁談が本決まりとなった時期に重なる。中の君は零落皇族の娘で匂宮の単なる妻の一人に過ぎず、権力者の娘で堂々の正妻・六の君の前には、居場所を失いかねない。
  そこを救ったのが「妊娠」という切り札だった。だが中の君は、それを匂宮に突きつけたりはしなかった。食が細くなった中の君を見かねて、匂宮が「ねえ、どうしたの? 妊娠したらそんなふうになるって聞いたけど」などと聞いても、恥ずかしげにやり過ごすだけ、偉そうな「懐妊宣言」で六の君に対抗したりしない。このつつましさは、匂宮にも夕霧にも、また匂宮の両親にも好印象を与えたろう。計算か、偶然か、はたまた無意識の故意かは別として、彼女は懐妊という切り札を上手に使ったのだ。
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