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54- 平安人の心 「宿木 後半: 薫、故大君に酷似の浮舟を垣間見る」

山本淳子氏著作「平安人(へいあんびと)の心で「源氏物語」を読む」から抜粋再編集

  俄に夕霧の邸から戻ってきた匂宮は、中の君に沁みた薫からの移り香に気づいて二人の関係を怪しみ、二条院にとどまった。これを聞いた薫は、慕情を抑えて中の君の後見に努めようと決心する。しかし時には文などで気持ちをほのめかしてしまう薫。中の君は困り果て、薫を遠ざけたい思いを募らせた。
  ある夕刻、訪ねてきた薫が「大君の人形(ひとかた)を作りたい」と口にしたことから、中の君は父八の宮の隠し子・浮舟の存在を思い出し、薫に明かす。薫は晩秋の宇治を訪れ、八の宮邸改築の指示を進める傍ら、弁の尼に聞いて、かつて八の宮が召人・中将の君を身ごもらせて母子とも棄てた経緯を知る。

  匂宮は、新婚の一時期こそ夕霧の娘・六の君に心を移したが、薫と中の君の仲を疑ってからは一転して中の君に執着し、傍を離れなくなった。業を煮やした夕霧は二条院に乗り込み、本妻の父として匂宮を強引に連れ去る。中の君は日陰の身の弱さを痛感した。だが二月に中の君が男子を産むと周囲は沸き立ち、明石中宮も産養(うぶやしない)を催すなど、中の君は一転して匂宮の妻と公認され、ときめく。
  一方、薫は裳着を終えた十六歳の女二の宮と結婚し、やはり華やかに祝われるが、内心ではまだ大君を想っていた。

  その夏、宇治へ赴いた薫は偶然にも浮舟を垣間見る。養父が受領という身分の低さながら、大君その人と見まがうほど酷似した雰囲気である。薫は心を騒がせ、さっそく弁に仲介を頼みこむのだった。
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平安式、天下取りの方法

  「源氏物語」は光源氏の前半生を描いた第一部以来、摂関政治のありようをリアルに映していた、宇治十帖にも確かに政治の陰はちらついている。その大きな一つが、夕霧の娘・六の君の存在である。夕霧はこの鍾愛の娘を、薫と結婚させたものか、匂宮と結婚させたものかと心を揺らす。そしてその根本には、何よりも夕霧の政治的計算がある。宇治十帖で最も政治家らしい振る舞いを見せるのが夕霧ということは明らかだ。

  「宿木」巻で今上帝はすでに四十五歳、即位して二十五年が経ち譲位の意志を口にしている。次代の天皇となる東宮は、明石中宮の産んだ長男だから、夕霧にとって甥となる。この<ミウチ>ということに、特別な意味がある。国史学者の倉本一宏氏によれば、摂関政治において権力は、天皇、その両親(父院と国母)、天皇の外戚(国母の実家)という三者によって掌握された。

  親子関係、また親戚関係という<ミウチ>の強い絆で結ばれた彼らの意志は、公卿たちの総意を領導し、政治は彼らの望む方向に進む。外戚とは外祖父に限らないということが大切だ。娘を帝に嫁がせ、皇子を産ませ、その皇子を幼くして即位させ、自分は新帝の外祖父として摂政・関白に収まる、という理想形は、貴族の誰もが望んだものではあろうが、おいそれと達成できることではなかった。
  新帝の祖父がいなくとも、その家を継いだ息子たちは新帝の<ミウチ>だから、権力中枢の一員である。夕霧はこうして、光源氏の布石のおかげで、東宮の時代を安泰に過ごすことができるのだ。
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