らいちょうのあし日記

山登りが大好きで今日も日本のどこかで歩いています

山道具のスグレモノ

2012年01月31日 | 日常のこと

1月も終わりになってようやく神戸市内にも雪がちらつくようになった。
この調子でいけば、六甲山が真っ白になる日も近いかもしれない。楽しみである。
さて、土曜日はランニングをして日曜日は山でロープワーク練習の予定だった。
だがランニングの翌日、膝痛のため山は行けず。代わりに山道具を調達しに出かけた。
その中でも最近気になっていて、買い替えを考えていたモノがヘッドランプ。
今持っているものは、カレコレ10年使用している。もうそろそろ・・・


左が10年愛用のヘッデン。リチウム電池1本で70グラム。
右がブラックダイヤモンドの最新ヘッデン。単4三本で90グラム。
この二つのヘッデンを照らした時の明るさの違いを比べてみた。



夜、部屋の明かりを消して同じ位置から同じところに最大で照らしてみた。
上がワタシの10年愛用ヘッデン、下が最新ヘッデン。明らかな差がでた。
最新ヘッデンの明るさは想像以上。なんでも70m先まで照らせるのだ。
あとは、単三電池が厳冬期の冬山でもちゃんと使えるかどうかだ。

最近は、何でも軽くて丈夫でデザインも格好良くて使いやすく・・・と、いい山道具があるなぁと思う。
あと10年後はさらに、もっと便利なスグレモノがでてくるのかもしれない。


土曜日のランニング。いつもより距離を延ばして、自宅から須磨の海岸まで走った。
距離にして18キロで、気持ちよく走れた。山アリ、海アリと神戸は景色を楽しんで走れる。


夕方、明石海峡大橋を見てから帰った。この橋もライトアップされるとなかなか美しいのです。
次週は、ランニング20キロ超目標と雪山登攀練習で頑張ってきます!




 











 

 


雪山恋し~比良山・八雲ヶ原へ

2012年01月23日 | 山登り

暖かい日が続き、ここ神戸ではチラリとも雪の降る気配はない。
もちろん、六甲山にもまったく雪は積もっていない。
あぁもっと寒くならないのだろうか・・・?
そろそろ、また次の遠征に向けて練習しておかないといけない。
そこで今回はきっと雪がいっぱいあるだろうと予想して滋賀県の比良山に行ってきた。
今日こそアイゼンとワカンの出番がありますように・・・


湖西線比良駅で下車、そこから登山口である大山口まで1時間強。
比良山へ行くときは車があった方が便利だと思われるがないものは仕方ない。
歩く途中で徐々に比良山系が姿を現し始めた。左手に見えるのは琵琶湖バレイスキー場がある蓬莱山。


登山口からしばらくはほとんど雪がない。
う~ん。まさか今日もノーアイゼン、ノーワカン?
青ガレの辺りからは雪の量は増えてくるも、気温が高く雪質は悪い。
ここは落石が多発しているので気を付けて登っていく。
アイゼンをわざわざ着けなくてもキックステップでいけた。


午後からどんどん天候は良くなり、ついには青空に。ポカポカ陽気である。
青ガレを越えて、金糞峠まであと20分くらいというところで昼食にする。
峠まで行くと風が吹きっ通しなので休憩には不向きなためである。
今日は、アルファー米タイ製のグリーンカレー。熱湯を入れて7分で出来上がり。
いろんなモノがあるものだ。


さぁ、金糞峠まであと一息。
急坂を一気に登るワタシ。


ここから先、八雲ヶ原までは雪深いと見て、ワカン装着。やっとワカンの練習が出来る!
始めのうちは、楽しくいろんなところを歩き回るが1時間も歩くと結構疲れる。
ワカン装着での歩行練習は、脚力が必要だと実感。


誰もいない八雲ヶ原は、真っ白な広い雪原で気持ち良かった。


以前は、比良ロープウェイがあって賑わっていた北比良峠は今は全て撤去されて
きれいさっぱり、何もなかった。
対岸の景色がきれいに見渡せた。琵琶湖に浮かぶ沖ノ島もよく見える。


北比良峠からダケ道を使って大山口まで下山する。
途中までは急斜面が続くのでピッケルをしっかり握って足元を注意しながら進んだ。
この日は、琵琶湖の対岸の景色や山々がとてもクリアに見渡せた。
おそらく武奈ヶ岳山頂まで登っていれば白山が見えたのだろう。
今日は時間的に無理だった為、登ることは出来なかったので残念である。


16時40分、やっと大山口に降りてきた。また、ここから比良駅まで歩くのか・・・
まぁ、今日はワカンのいい練習が出来たし天気も最高だった。伊吹山まで見えたことだ。
心地よい疲労感を感じながら、神戸へ戻った。

 







ナマステ!インド旅行記~後半~

2012年01月16日 | 日常のこと

旅の後半は、いよいよインドの列車に乗車である。
世界第5位の規模である鉄道王国インドに来たからには、ぜひとも乗っておくべきだろう。


1/6 19時45分発夜行列車でアグラへ移動。
ベナレス郊外のムガールサライ駅からアグラ郊外のツンドラ駅まで約8時間の旅。
日本の寝台列車を想像していたワタシの前に現れたのは、フツーの車両だった。
しかも、2等車両の乗車率はどう見ても200%である。インドの人たちはこの状態で、
ひたすら目的地まで乗り続けるらしい。すごいパワーである。
我々は2等寝台車両だったので全席指定。2段ベッド2組、4人で1グループとなっていたが、
個室でもなんでもない、廊下との仕切りはカーテンのみだった。


出発前に駅構内のお店で食べた夕ご飯のターリー。これで、だいたい日本円で180円ほど。
これも、手作りで非常に美味しかった。このメニュー、日本の駅弁にも取り入れて欲しい。
食後、列車に乗り込み目覚ましをセットして就寝。翌朝、目覚めると目的地到着までほんの僅かだった。
ツンドラ駅から車でホテルへ移動する。

1/7アグラにて、タージマハルとアグラ城観光


世界遺産タージマハルの正門。厳しいセキュリティーチェックを受けてから入場である。
朝早くから、世界中の観光客でいっぱいであった。そして国籍を問わずみんなが同じポーズを
とって写真を撮っていた。ふと、親切なインド人のおじいさんが写真を撮ってあげようと言う。
1枚、2枚、と撮るうちにあっちでもとか、こっちに来いとかで10枚以上撮ってくれた。
「thank you!」と笑顔で10ルピー払うと「50ルピー!」と言われた。
まぁ、確かに上手に撮ってくれたからと納得する。




どの角度から見てもため息が出る世界一美しい墓・タージマハルは、22年の歳月を費やして
建てられたとのこと。これだけの大理石をよく集められたものだと思う。
また、タージは完全に左右対称に造られたシンメトリーでその完璧さに驚かされた。


タージマハルからすぐ近くにあるアグラ城へ向かう。ここも世界遺産である。


西洋と東洋が混ざったような装飾が印象的であった。
ここからは、タージマハルを望むことが出来るがこの日はあいにくの濃霧で何も見えず。
ゆっくり観光して、一旦ホテルへ戻った。


夕食まで時間があったので、アグラの街を散策する。
路地裏に一歩入れば、もうそこは庶民の生活の場である。
子どもが楽しそうに走り回って遊び、牛や犬があちこちにいる。
私たちが珍しいのか仕切りに「hello!」と挨拶してくれる。
インドの子どもたちは、無邪気で本当に可愛い。なんか、みんな自由に生きているなぁと感じた。


ポストだけど、ちゃんと集配しているのだろうか・・・?


レストラン・タージマハルにて夕食。迷わず注文したタリーはかなりのボリューム。
タンドリーチキンも食べたかったが、ムリと思い諦めた。
食べ過ぎたな・・・と思いながら、ホテルに戻り就寝したのだが・・・
夜中、ワタシは激しい腹痛で目覚めた。おかしい、生水や生野菜は一切口にしていない。
しかも、何故ワタシだけ?
その後、24時間もの間ワタシは腹痛に悶絶し絶食状態が続いた。悲しい・・・

1/8~9 アグラからデリーへ車移動後、観光。夜、空路にて帰国


アグラから車でデリーへ移動すること約5時間。
世界遺産のクトゥブ・ミナールは腹痛で歩くことが出来ず、観光できなかった。
インド門は、辛うじてなんとか歩いて見学した。この日は日曜日とあって、地元の人たちで大賑わい。
それにしても、インドはどこに行っても人が多い。そして、活気がある、いや、ありすぎる。


築80年の大統領官邸。立派な宮殿のようである。


日も暮れて、空港へ向かう時間が迫ってきた頃ようやくワタシの体調は快復してきた。
まだ、お楽しみの買い物をまったくしていなかったので最後にマーケットへ寄る。
夜8時でもこの人の多さ、この熱気、あぁ楽しい!これが毎日、インドでは日常なのである。


屋台で買ったインド版焼き芋は、マサラとレモンをふりかけている。
モモズという水餃子はもっちり感のないシュウマイみたいらしい。
美味しそうに食べる相方がうらやましかった。(ワタシは、用心してこの時何も食べていない)
そうこうしているうちに時間は過ぎて、空港へ向かう。

ガイドのギャネンドラさんと再びインドでの再会を誓って握手をして別れた。
インドで私は、今まで行ったどの国にもない不思議なパワーをもらった。
これは、行った人でないと分からないように思う。
是非、人生に一度でいいのでインド旅行をお勧めしたい。

帰国後、次のインド旅行に向けて語学力を身に付けようと決意した。頑張るぞ!












 





 


ナマステ!インド旅行記~前半~

2012年01月15日 | 日常のこと

随分前からインドには興味があった。ただ、行く機会がなかっただけだった。
年明け、上手い具合に休暇が取れたので念願のインド旅行をついに現実のものに!
とは言え、5日間の強行スケジュールではあったが・・・
事前に、インドに関する書籍を出来る限り読みあさり、予備知識をそれなりに習得。
海外旅行用の英単語帳なんかも引っ張り出して、ブツブツ言いながら覚えて・・・
年末年始、冬山縦走から帰宅後休む間もなく、私たちはインドへ向けて出国したのでした。

1/5 関西空港~香港乗り継ぎ~デリー(インディラー・ガーンディー国際空港)

関西空港から香港まではほとんどが日本人乗客だったのに、そこからインドへの
乗り継ぎ便はほぼ現地人ばかり。
飛行機もキングフィッシャーというインドの航空会社のもので、今までにない独特の雰囲気。
「ついにインドに来た~」と興奮気味の私たち。
機内食もとても美味しく、さらにインドへの期待は高まる。
そして到着した国際線ロビーは新しく出来たばかりのターミナル3。
あまりの規模の大きさに、かなり驚く。ホントにここはインド!?


現地時間24時30分に、デリー市内のホテルにチェックイン、日本時間で午前4時。
かなりの疲労感、また空腹感・・・お風呂入って寝よう、となかを覗くとシャワーのみ。
インドではよほどの高級ホテルにでも宿泊しない限りバスタブ付きの部屋は期待できない。
それでも、シャワーからお湯が出るだけでも贅沢だと思い気にしないことにする。

1/6デリー~空路にてベナレス~寝台列車にてアグラへ

翌朝は6時半起床。1月のデリーは霧が多いとのことで、この日も太陽はぼんやり見えない。
インド第一日目の朝、ホテルで朝食を頂く。かなりの空腹だった私たち、朝からカレーを食べる気満々。
しかし、インド人の朝食は意外とシンプルでカレーらしきモノはなかった・・・
それでも、インドゴハン主食のチャパティはとても美味しかった。
これに、アチャールというインド版漬物を一緒にはさんでワタシはたらふく食べてしまった。


ホテルのエレベーター内にて。
0階って?


朝食後、すぐにチェックアウトして再び空港へ。
ここからベナレスまでは国内線で移動すること1時間半。
ちなみに、デリーの空港はアジアで第6番目の大きさとのこと。
あぁ、日本ももっと大きなハブ空港を作らねば、と思う。


ブッダ初転法輪の地、サールナートへ訪れる。奥に見えるのはダメーク・ストゥーパ。
この周辺は鹿公園と言われ、ポカポカ陽気でお昼寝がしたくなるような、のどかな場所だった。
ガイドのギャネンドラさんは、とても上手な日本語で説明をして下さり分かりやすかった。


先に見えるのは、ムールガンダ・クティー寺院。
ブッダの生涯を描いた壁画があった。



さぁ、いよいよ今回の旅で最も訪れたかったガンジス河へ向かう。
街は、人、車、バイク、自転車、リクシャー、野良犬、野良牛・・・もう、ごちゃ混ぜだった。
そして、これこそインドだ!という熱気が感じられワタシは何だかとても楽しい気分になった。



ガートからは、ボートに乗ってガンジス河の沐浴風景を見させてもらった。
また今回は出来なかったが、次回は是非自分が沐浴をやってみたい。
そしてガンジス河は思っていたよりもキレイだった。


とにかく、牛天国のお国である。ヒンドゥー教にとって聖なる牛・・・
牛たちは、とてものんびりしていて人間がそばに居ようが居まいが関係ないといったマイペースさだ。
いや、牛だけではない。犬も猫もサルも生きている動物全てが人と共存しているように感じた。



ベナレスのバザールを散策中、歩きながら途中で食べたサモサ。
作りたてアツアツのサモサは1個4ルピー(日本円で約7円!)美味しいことこの上ない。
また、鍋でグツグツ煮えているチャイも絶品だった。
飲んだ時に使った一口大の陶器は、使い捨てだった。

この後、私たちは夜行列車に乗ってアグラへ移動する。
さぁ、ここからはまだまだインドの未知の世界が待っていたのだった。

 

 

 

 

 



 

 

 



 

 

 

 

 

 


年末年始は奥秩父縦走

2012年01月10日 | 縦走

新年明けましておめでとうございます。
今年も、いろんなスタイルで山登りを楽しみたいと思っています。

年末年始は奥秩父縦走に行ってきました。
2010年の暮に金峰山だけは登っていたものの、縦走はしていなかった。
そこで今回は金峰山から甲武信ヶ岳、最終は十文字峠を経て下山という
4泊5日の山行を計画した。
また、今回の山行計画者である同行のK氏はさらに先の雲取山まで7日間の日程だ。
歩荷トレの成果を発揮すべく、私たちは長野へ向けて出発した。

12/29神戸~韮崎~瑞牆山荘~大日小屋

韮崎駅11:30にK氏と合流してタクシーで移動。良いお天気である。
登山口である瑞牆山荘を13時出発。なんと今年はまったく雪がない。
果たして12本爪アイゼンとワカンの出番はあるのだろうか・・・
重い荷を担ぎながら、少し拍子抜けした感で歩くワタシ。15時過ぎに大日小屋到着。
雪はなくとも、外は寒い。昨年同様、小屋の中でテントを張り一晩を過ごす。
小屋の水場は凍っていたがピッケルで掘り起こすと下から水が出てきたので、それを
汲んできて使うことが出来た。
夕食のキムチ鍋でしっかり身体を温めて19時就寝。

12/30大日小屋~金峰山~朝日岳~大弛小屋

5時起床。小屋の中でも気温はマイナス18度だった。
朝食に家で焼いてきたパウンドケーキとトマトスープを食べてから7時半に出発。
雪が少ないのでノーアイゼン。順調に先を進む。昨年は道中、他の登山者と出会うことは
なかったが今回は結構登っていた。
この日は朝から快晴、富士山もスッキリ見えた。


五丈岩が目前に見える。この辺りでも雪は非常に少なかった。


11時過ぎに金峰山到着。青空の下、素晴しい眺めである。
雲がかかっていることの多い八ヶ岳も今日は全貌だ。
記念撮影をしてから先を進む。


朝日岳へ向かう道もとくに危険な箇所はなく、ノーアイゼンで通過。
13時45分に朝日岳到着、小休止して再び先を行く。この日は富士山が終日姿を見せてくれていた。


15時、大弛小屋に到着。小屋は冬季開放してあったので、小屋の中にテントを張る。
雪が少ないわりに、結構疲れてしまったワタシ。やはり風邪をひいているせいなんだろう。
夕食は、うどん鍋とK氏持参のブリ照り焼き。今回の山食はペミカンを持ってきて使っているので
美味しいが重い・・・しかし、食べることは山行中の大きな楽しみのひとつであるので、やはり
ここは頑張るしかない。

12/31大弛小屋~国師ヶ岳~甲武信ヶ岳

4時半起床。モルゲンロートで赤く染まる南アルプス。外気温はマイナス18度。
朝食にお雑煮を食べて、6時半出発。今日は長丁場であるので気合を入れる。


国師ヶ岳には8時前に着いた。山梨百名山だけあって、眺望は抜群。
それにしても毎日快晴で、風もほとんどなく雪も少ない。
厳しい冬山を覚悟してきただけに、ワタシとしては少し残念。


雪が少ないといっても国師ヶ岳から東梓、富士見までは長い。
水師を過ぎると、千曲川方面からぞくぞくと登山者が登ってきた。
そうか、今日は大晦日だった。
甲武信小屋で新年を迎えて、山頂で初日の出を見ようということらしい。


甲武信ヶ岳山頂に15時半到着。初めて登った甲武信ヶ岳は、見晴らし最高だった。
ここから15分先の小屋のテントサイトに幕営。
年末年始は甲武信小屋が営業していて、小屋の中は想像以上の登山者で賑わっていた。
大晦日のメニューらしくない気がしたが、この日の夕食はシチューとパスタを作り食べた後は
早々に就寝。だが、夜中0時に「あけおめ~」と外で叫ぶ若者たちの大声で目を覚ます。
「新年かぁ」と思いつつ、また直ぐに寝てしまった。

1/1元旦 甲武信小屋~三宝山~十文字小屋

元旦なので、日本人らしく朝食はお雑煮。
今回の山行ではお餅10個を持参したが、この日ですべて消費できた。
食料係のワタシのザックは食材消費のおかげで随分軽くなった。
この日は小屋前でK氏とお別れ。お互いの無事を願って各々出発した。


再び山頂まで登り返して、十文字峠を目指す。
この日も朝から快晴、樹氷が素晴しく美しかった。


十文字小屋まで楽勝だろう、と勝手に想像していた私たち。
とんでもなく険しい登山道に、時間を要してしまった。
ここの登山道は逆コースで歩いたほうが賢明であろうと思われる。
十文字小屋には13時到着。ここの小屋も年末年始のみ営業していた。
甲武信小屋と違って誰もいない。テントも私たちのみ、とても静かだった。
K氏に借りたゴアテックスの4人用テントは2人だけでは広すぎて夜は何だか寒かった。

1/2十文字小屋~毛木平

翌朝7時半に出発、小屋で事前に毛木平までタクシーを呼んでもらった。
結局、アイゼンもワカンも使わないで終わってしまった。
まぁ、こういう年もあるんだろうなぁ。
9時に無事に下山、タクシーで信濃川上駅へ向かった。

今回は、たまたま天候に恵まれ積雪もほとんどなかったため、技術・体力ともに
苦労することが少なく済んだ。
それでも次の時はまったく違う状況になったりするのが冬山の怖いところ。
いつも緊張感を失うことなく、今シーズンの冬山を頑張ろうと思う。

追記 K氏は、その後予定通り雲取山までの山行を終えて無事に下山されました。