昔から『楽しみは 背中に柱 前に酒 左右に女 懐に金』なんどと申します、男と生まれて酒飲みとなったからにはこれほどの楽しみもそうはないのでございましょうが。
さてここにおりますこの男、元置屋の下宿の部屋で壁から15センチほど離れたところにニュウっと突き出ております床柱を背にして缶ビールを目の前に置いておるところまでは好かったんでございますが、左右に女をはべらかせるほどの甲斐性もなし、懐はといえば真夏の炎天燃えるような暑さの中でさえも絶えず寒風が吹き荒んでいようかという至って頼(たよ)んないのでございまして、今日も今日とて電話で呑もうとお誘いを受け、取り敢えず飲み物をば準備して相手の来るのをいまや遅し、と待ち構えております。
とんとんとん、ノックの音がいたしますというと。
「うぇーい、開いてますよぉ」
『開いてますよぉ』言うて、普段あんまり鍵をかけたことがないというんでございますからな、そら開いてるも開いてへんもあったもんやないのではございますが。ガラっと開けて入ってきたのが古邑さん、この男同様というような呑気なお方。
「うーす、なにちょっと早かったか?」
「あぁ、まぁみんなぼちぼち来るでしょう」
「ほんで今日だれが来るん?」
「え? 知りませんよ。古邑さんが呼んだんとちがうんですか?」
「いや知らんど、おれ佐宗から松田のとこで呑むっていわれたんよ」
こういうことが、往往にしてあったのでございます、誰が言い出しっぺで誰が来るもんやらわからへんという、まぁ待ってたらわかるやろ、と言うておりますところへまた一人やってきた様子。
「あー、どうぞぉ」
「こんちは、じゃまします、ほんで一応こんなんもあった方がええか思てな」
とフォア・ローゼズのブラックラベルを差し出したのは栄地な訳でございまして、この男は妙に義理堅いと申しましょうかなんと申しましょうか、頑(かたく)ななまでに『どこにも借りは作らん』という姿勢を貫き通しております。
「な、やっぱりこうなるやろ。おれもなんか買ってこようかと思ったけど、こういうことがあったら困ると思ってなんも買ってこんかったんよ」
手ぶらで来た古邑さんがなんか言うたはります、別に困ることなんもないのんでございますがね。
「邪魔すんでぇ」
「邪魔すんねやったら帰って」
どぉたぁ、っと古邑さんと栄地と一緒になって今入ってきた宇津平さんがひっくり返っております、ベタもエエとこなんでございますが、こういうのんがお約束だった訳ですね。わぁわぁ、わぁわぁ言うておりますうちに佐宗さんがくる、鞍多がくる、房野と大和田もやってきて、メンバーも揃ったところでさて始めよか、となる訳でございます。
「かんぱーい」「おつかれー」
いや別に疲れてる訳とてないんでございますけど、乾杯の時やみな、こう言うのでございますね。形ばかりの乾杯が済みますというと、あとはもう思い思いに好きなことを喋り散らしながら呑んだ食うた呑んだ呑んだ呑んだ。大学生の家呑みですからな、碌な食べ物とて準備してない、ましてやメンバーがメンバーですから食べるよりも呑む方に力が入って、しばらくするともう酒が足らんの何が足らんの、という話になってまいります。「あ、じゃぁぼくらが買ってきましょか?」と、いち番後輩の大和田が申し出てくれましたので、ほんなら悪いけど、房野と一緒に頼むわなぁ、と送り出したあとになってからこんなことを言い出しよった。
(鞍)「ねぇ、なんか食べるもんないの?」
(古)「そうやなぁ、ちょっと腹減ったなぁ」
(栄)「まぁ、あいつら何か買って来るんとちがいます?」
(佐)「そこまで気が回るかなぁ」
(松)「あー、せやったら近所の焼鳥屋でなんか見繕って持ち帰りしましょか」
(宇)「それエエな、オレも一緒にいくわ」
と、宇津平さんと松田とが連れ立って焼鳥屋へ。焼鳥屋に着きましてね、焼いてもらうのんを待ってる間も手持ち無沙汰ということで「なぁ、ちょっとだけ呑まへんか」「いいですねぇ」と、始まってしまうわけでございますね。宇津平さんという人がまた酒が自然にすぅっと入っていくような綺麗な呑み方をしはる人で、一緒に呑んでて気持ちが良い、二人それほど口数も多くはありませんがなんじゃかんじゃと話をしながら、2、3本も呑んだ頃合いでしょうか。
「今何時?」「あ」
ハタと気づけば小一時間、下宿にいる6人を待たすだけ待たしといていーぃ心持ちになっておった訳でございますね。
「冷めてるで、これ」「まぁ、食って食えんことはないでしょ」「それもそやな、でも怒ってるやろなぁ、おれ帰るわ」「あんたアカンで、そんなん!」
ふたりでこっそり部屋をのぞいてみますというと、佐宗さんと栄地と大和田と房野、この四人で何やら話し込んでおります。その横で古邑さんは大の字になってこう伸びてますわ。
「お待たせ」
「いやー、焼鳥屋がまた待たす待たす、なぁ」
「うそつけ!」
「ナニをしとったんや、鞍多もう帰ってもたで」
「さよか」取り敢えず悪いと思って電話をしてみたのでございますね。
「おう、俺。悪ぃ!」
「バカ」ガシャ!ぷー、ぷー、ぷー... って、うわちゃー。
「せやからやめとこ言うたやん」
「いや言うてへん言うてへん、あんた全っ然言うてへん」
「せやったか?」
「なにこれ、この焼き鳥えらい冷めとうな」
「ナンや古邑起きてたん」 ― かくしてみんながへべのレケレケ、酒宴は続くのでございます。
さてここにおりますこの男、元置屋の下宿の部屋で壁から15センチほど離れたところにニュウっと突き出ております床柱を背にして缶ビールを目の前に置いておるところまでは好かったんでございますが、左右に女をはべらかせるほどの甲斐性もなし、懐はといえば真夏の炎天燃えるような暑さの中でさえも絶えず寒風が吹き荒んでいようかという至って頼(たよ)んないのでございまして、今日も今日とて電話で呑もうとお誘いを受け、取り敢えず飲み物をば準備して相手の来るのをいまや遅し、と待ち構えております。
とんとんとん、ノックの音がいたしますというと。
「うぇーい、開いてますよぉ」
『開いてますよぉ』言うて、普段あんまり鍵をかけたことがないというんでございますからな、そら開いてるも開いてへんもあったもんやないのではございますが。ガラっと開けて入ってきたのが古邑さん、この男同様というような呑気なお方。
「うーす、なにちょっと早かったか?」
「あぁ、まぁみんなぼちぼち来るでしょう」
「ほんで今日だれが来るん?」
「え? 知りませんよ。古邑さんが呼んだんとちがうんですか?」
「いや知らんど、おれ佐宗から松田のとこで呑むっていわれたんよ」
こういうことが、往往にしてあったのでございます、誰が言い出しっぺで誰が来るもんやらわからへんという、まぁ待ってたらわかるやろ、と言うておりますところへまた一人やってきた様子。
「あー、どうぞぉ」
「こんちは、じゃまします、ほんで一応こんなんもあった方がええか思てな」
とフォア・ローゼズのブラックラベルを差し出したのは栄地な訳でございまして、この男は妙に義理堅いと申しましょうかなんと申しましょうか、頑(かたく)ななまでに『どこにも借りは作らん』という姿勢を貫き通しております。
「な、やっぱりこうなるやろ。おれもなんか買ってこようかと思ったけど、こういうことがあったら困ると思ってなんも買ってこんかったんよ」
手ぶらで来た古邑さんがなんか言うたはります、別に困ることなんもないのんでございますがね。
「邪魔すんでぇ」
「邪魔すんねやったら帰って」
どぉたぁ、っと古邑さんと栄地と一緒になって今入ってきた宇津平さんがひっくり返っております、ベタもエエとこなんでございますが、こういうのんがお約束だった訳ですね。わぁわぁ、わぁわぁ言うておりますうちに佐宗さんがくる、鞍多がくる、房野と大和田もやってきて、メンバーも揃ったところでさて始めよか、となる訳でございます。
「かんぱーい」「おつかれー」
いや別に疲れてる訳とてないんでございますけど、乾杯の時やみな、こう言うのでございますね。形ばかりの乾杯が済みますというと、あとはもう思い思いに好きなことを喋り散らしながら呑んだ食うた呑んだ呑んだ呑んだ。大学生の家呑みですからな、碌な食べ物とて準備してない、ましてやメンバーがメンバーですから食べるよりも呑む方に力が入って、しばらくするともう酒が足らんの何が足らんの、という話になってまいります。「あ、じゃぁぼくらが買ってきましょか?」と、いち番後輩の大和田が申し出てくれましたので、ほんなら悪いけど、房野と一緒に頼むわなぁ、と送り出したあとになってからこんなことを言い出しよった。
(鞍)「ねぇ、なんか食べるもんないの?」
(古)「そうやなぁ、ちょっと腹減ったなぁ」
(栄)「まぁ、あいつら何か買って来るんとちがいます?」
(佐)「そこまで気が回るかなぁ」
(松)「あー、せやったら近所の焼鳥屋でなんか見繕って持ち帰りしましょか」
(宇)「それエエな、オレも一緒にいくわ」
と、宇津平さんと松田とが連れ立って焼鳥屋へ。焼鳥屋に着きましてね、焼いてもらうのんを待ってる間も手持ち無沙汰ということで「なぁ、ちょっとだけ呑まへんか」「いいですねぇ」と、始まってしまうわけでございますね。宇津平さんという人がまた酒が自然にすぅっと入っていくような綺麗な呑み方をしはる人で、一緒に呑んでて気持ちが良い、二人それほど口数も多くはありませんがなんじゃかんじゃと話をしながら、2、3本も呑んだ頃合いでしょうか。
「今何時?」「あ」
ハタと気づけば小一時間、下宿にいる6人を待たすだけ待たしといていーぃ心持ちになっておった訳でございますね。
「冷めてるで、これ」「まぁ、食って食えんことはないでしょ」「それもそやな、でも怒ってるやろなぁ、おれ帰るわ」「あんたアカンで、そんなん!」
ふたりでこっそり部屋をのぞいてみますというと、佐宗さんと栄地と大和田と房野、この四人で何やら話し込んでおります。その横で古邑さんは大の字になってこう伸びてますわ。
「お待たせ」
「いやー、焼鳥屋がまた待たす待たす、なぁ」
「うそつけ!」
「ナニをしとったんや、鞍多もう帰ってもたで」
「さよか」取り敢えず悪いと思って電話をしてみたのでございますね。
「おう、俺。悪ぃ!」
「バカ」ガシャ!ぷー、ぷー、ぷー... って、うわちゃー。
「せやからやめとこ言うたやん」
「いや言うてへん言うてへん、あんた全っ然言うてへん」
「せやったか?」
「なにこれ、この焼き鳥えらい冷めとうな」
「ナンや古邑起きてたん」 ― かくしてみんながへべのレケレケ、酒宴は続くのでございます。