センター突破 これだけはやっとけ 鳥取の受験生のための塾・予備校 あすなろブログ

鳥取の受験生のための塾・予備校  あすなろ予備校の講師が、高校・大学受験に向けてメッセージを送るブログです。

ファッションのはなし

2012-05-24 16:11:11 | 洛中洛外野放図

 「あれ、どうや」
 「えー、あれはちょっと…、せやったらあっちの方がええかなぁ」
 「ほぉ、そうくるかぁ」

 「ちょっと!」

 講義室に行くと開講5分前だというのに誰一人いない。校舎の前まで戻って掲示板を覘いてみると休講と大書してある。どうやら数日前から貼りだされていたらしいということ込みでそのときに気づいた。その後の講義も取っているし、下宿に帰ったりどこかに出かけたりすると戻ってくるのがもう面倒くさい。どうしてくれようかとベンチに腰をかけてぼんやり周りを眺めていると佐川さんが通りかかったので声をかけたら何かの約束の時間まで同じく暇をもてあましているらしい。話をしているうちにどういう経緯(いきさつ)でそんな話になったものだか、男であろうが女であろうがお構いなしに目の前を行き交う学生たちの出で立ちについて選り好みをしていた。明るめの色の軽装でいつでも小奇麗にまとめている佐川さんと並んで選り好みをしている当の本人はといえば洗ったままアイロンを当ててないシャツに草臥れたチノを穿き、古ぼけたデッキシューズのかかとを素足で履きつぶした上からこれまたクタクタになったロングコートを羽織って剃刀の替え刃を買い忘れたまま数日間ほったらかしにしてある無精髭をこりこりと搔いている。新緑が萌え立ち薫風の吹き渡る爽やかな朝にそぐわないそんな格好をしたのに選り好まれては立つ瀬もなかろうが、二人してやれあの組み合わせはないだろうの、やれマラリアを患ったトラフグみたいの、髪型似合(にお)てへんぞー、だのと好き勝手に言っていたら、これまた通りすがりに二人の会話を聞きとがめたらしい皆川女史に怒鳴られてしまった。

「なんちゅうことしてんの!佐川さんまで一緒になって、やっていいコトと悪いコトとあるでしょ!」二人して不意を付かれたようになって唖然と聞いていたら、どうやら皆川女史は容貌によって女性のランク付けを行っていると思ったらしい。男女同権について、ともすればジェンダー・フェミニズム寄りに傾きそうな、どちらかというとラジカルな考え方を持っていることを鑑みれば彼女の怒りも無理からぬものではあるのだが、今回のは誤解に基づくものである。二人で謂れのないお叱りを受けながらそれを是正するのもままならず「おあずけ」をくらった狆コロのように大人しく聞いていた。「頭を下げてたら小言が上を通り過ぎてっちまう」というアレである。

「もう!こんなこと二度としないでくださいよ!松っちゃんも、わかった!?」

「「すいませんでした」」二人揃って頭を下げたものである。

「…キョーレツやったなぁ…」
「ねぇ…」

プリプリと小さくなっていく皆川女史の後姿を見送って、約束の時間だという佐川さんも見送って、あらぬ誤解を受けたまま気分転換が急務である。少し前から気にかかっていた調べ物をするために府立図書館に向かうことにした。もう授業なんかに出てらんねぇ。

 グランドの脇を通って正門を抜けて、その前に飲み物を買って行こうと時計台の付いた校舎の地下に降りていった。外の階段から降りていくと、食堂の大きな窓の前を通った先にソフトドリンクコーナーの入り口がある。窓の前を歩いているとどんどんとガラスを叩く音がする。見ると鞍多で、食堂のテーブルで友達と喋っていたらしいのが大きなサッシ窓を開けようとしている。いやそれは迷惑では?と思うまもなくガラス戸をはり開けて「どこ行くのー」と、目の前にいるのに道の向かいに呼びかけるような大声を出す。「おぉ、ちょっとなぁ」と答えながら、食堂にいる全員の目が向けられてどうにも居心地が悪い。そのまま素通りして反対側の階段に向かっていくと背後から「またねぇ!」と、これまた大きな声をかけられた。気分転換の必要性を重ねて感じながら正門を出て、向かい側のバス停から59系統のバスに乗る。結構長くかかるけれど好きな路線なので、ぼんやりと外を見ながら右側のひとり掛けの席に座ってうつらうつらと、終点の三条京阪前まで気持ちよく揺られていった。バスを降りて東へ向かい、東大路通を越えて三筋目を北へと折れる。小さな川に沿った小路を抜けて、そちらからだと国立近代美術館の向こう側に当たる府立図書館へは平安神宮の大鳥居を潜っていくことになる。

 図書館の中は静かだとは言っても人が多いとその気配だけでなんだかせわしない感じがするが、平日の昼下がりのことで閲覧室にいる人数はそれほど多くない。ゆったりと落ち着いてことに臨むことができる。目当ての本を借り出していくつか必要なメモをとっている最中に何かの気配につられて目を向けると、少し離れた席に女性が座るところだった。耳が出るほどのショートカットとかけている黒いセルフレームの眼鏡が中性的な雰囲気を作り出している。白い、ゆったりとした開襟のブラウスの袖を軽くまくって厚さ10数センチはあろうかという冗談みたいにバカでかい古びた本のページを繰り始めた。右手にペンを持っているから右利きなのだろうけれど、腕時計を右腕に着けている。その細い革ベルトも黒い。よほどメイクが巧いのだろう、不自然でなく目立っている唇の色が厭味のない女性らしさを醸し出していた。それを除けばぼんやりと明るい午後の光の中にモノクロの絵面が出来上がっていて、時代も場所も自分のいるところとは切り離されているかのような様子を面白く眺めていたら、彼女が顔を上げかけたので慌ててメモに戻った。

 帰りのバスの中で彼女はああやって自分と周りの雰囲気を演出しているのだなと思ったらなんとなく物悲しく感じられて、授業の終わっている大学に戻っていつものメンバーで呑みに出かけた。