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じょうとんば

2010-10-08 08:56:26 | 職員徒然コラム(お茶受けにどうぞ)
祝 ご結婚ということで、松田先生に書いていただきましたヨ!



 入って右側に、奥のトイレへと向かう通路、入り口側の壁と通路を背にする形でL字型にカウンターがしつらえてあって、入り口側は6人、通路側は2人掛けの小ぢんまりとした細長い店である。お酒の趣味の合う連れと2人掛けのほうに並んで熱燗を注しつ注されつ。少し寒い時期で、おでんとちょっとした煮物、温かい料理が嬉しい。取りとめもない話をして、いつだって取りとめもないけれども、少し回ってさらに取りとめがなくなり始めたところで、連れが席をはずした。
「恋人さんですか」
取りとめのなくなっている頭には恋人にさんをつけるのが新鮮にきこえて、声のしたほうを見てみると6人掛けの真ん中あたりでかなりご年配の、口ひげまで真っ白な白髪の男性がめがねの奥で柔らかく笑っている。左側に同年輩の女性がいて、二人とも落ち着いた上品な印象である。すてきな笑顔にこちらもつられてニコニコしながらお相手をする。
「そう見えますか」
「いいですねぇ」
「だといいんですけどねぇ、そんなではないんです」
「いいですねぇ」
違うというのに、わからんのかおっさん。

 連れも戻ってきて、なんとなく会話に加わった。きけば息子さんに代をゆずって楽隠居となった貿易商で、現役時代には忙しすぎてなんにもできなかったので、たまにこうして奥さんと出かけてゆっくりと食事をされるのだそうだ。奥さんも横で莞爾(かんじ)とうなずいている。そういう店で双方が燗徳利を前にしているので、自然とお酒の話題になる。
「ぼくはねぇ」
このご隠居のように、京都ではどんな年代の方でも一人称に「ぼく」を使われることが多いように思われる。それで自然な感じで違和感はない。
「ぼくはねぇ、やっぱりお酒のほうがいいですねぇ。年中、夏でもお燗で呑むんです」
本当に旨そうに、目を細めてゆっくりと酒を含む。
「もう一本、つけてください」
ご隠居がマスターに声をかけたとき、横の奥さんがカウンターの下、こちらからは見えないところでご隠居の体を突っついているらしい。小声で何か言っている。ご隠居は右手をまぁまぁ、とでも言うように動かし、これも小声で何かを言った。聞こえてなくても見当はつく。たぶん、呑みすぎだとか何とか言われて、それについて交渉しているのだろう。連れとそんな話をして、微笑ましくもおかしくてクツクツと笑った。

 結局お銚子の「小」に落ち着いて、少しペースが落ちたように見えるのはたぶん名残を惜しんでおられるのだろう。それからまたいろんな話を承った。人生訓とも社会人としての心得ともつかない話になってきたが、お人柄と話しぶりのおかげでいやな印象はまったくない。それともこちらの頭がさらに取りとめがなくなったか。それが証拠にどんな話だったかまるで覚えていない。また奥さんが動き出した。今度は軽く体をはたきながら「こぉれっ、もう」という小さな声が聞こえる。そろそろ潮時だろう。マスターに会計を命じた。
「それからこちらのお二人に、お銚子を一本つけてあげてください」
こちらも大概呑んでいるが、望外の僥倖(ぎょうこう)に思わず二人で立ち上がり、腰から折れてお見送りした。
「学生のうちは何だってできるから、若いんだからいろんなことを経験してください」
「どぉもすいません、お邪魔しましたねぇ」
外へ向かってご隠居の背中を押しながら申し訳なさそうに奥さんが頭を下げた。

 お邪魔だなんて、とんでもない。とても楽しいお酒でした、ありがとうございます。

 言えばいいのに二人して取り止めがないので、もう目いっぱいの笑顔で頭を下げるだけである。きっとこの後ご隠居はたくさんお小言をくらうのだろう、目に見えるようである。連れとまたそんな話をして、微笑ましくもおかしくて、でも、いいご夫婦だね。

表題の「じょうとんば」は『尉姥』と書き、尉(じょう)と姥(うば)、つまりおじいさんとおばあさんの老いたカップルである。熊手を持ったおじいさんと箒を持ったおばあさんとして表現されることが多い。「おまえ掃くまでわしゃくじゅ熊手」、鶴と亀をあしらった松葉と海原の絵を背景にしてフィギュアケースに収まっている。「お前百までわしゃ九拾九まで」、結婚の行き着く一つのかたちであり、あのご夫婦の姿そのものである。


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