履 歴 稿 紫 影子
北海道似湾編
吹 雪 10の2
そして、保君の話が真実となって、私に身近な体験をさした。
保君が言ったように、風も確かに音を立てて唸った、そして深夜に大木の幹が、バリバリと言う音を響かせて裂る音もしばしば私は聞いたのであった。
郵便函を開函するために、市街地へ毎日往復して居た私は、幾度か吹雪の猛威にも遭遇をした。
積雪と言う物を、生れて始めて踏む私は学校で授業の休憩時間中に保君はもとよりのこと、高学年の男、女生徒の少年少女が、下駄スケートを履いて学校の坂をとても面白そうに滑って居たのだが、そうしたことに経験の無い私は、低学年の橇を借りて「オイ、これは下まで滑って行っても大丈夫か」と言って、その操縦方法を教わってギコチ無く滑るのが、精一パイの者であった。
また、あの時の保君が沢山の人が吹雪で死ぬと言ったが、そのことを真実であることをも、私は身を以て体験させられる日が待って居た。
私の兄は、似湾へ移住をした四月からずうっと自宅でぶらぶらして居たのだが、それは十月中旬の或夜のことであったが、父が役場を退宅をして夕食をすました所へ、突然郵便局長が訪れて来て、「義章さんが毎朝市街地へ往復をして元気に函開けの仕事をやって居るのに、その兄さんが毎日ぶらぶらして居るのは、あまり外見の良いものではないですぞ、それでですな、今私の局では、生べつ方面の集配を担当して居る集配人が、今月限りで辞めるんですよ、それでどうです、その後を兄さんに一つやらして見ませんか、日給は四十銭ですが、多少は生活の足しになりますよ。」と、兄の集配人就職を父に勧誘をした。
結局「皆と良く相談をして、明朝必ずお伺いしてご返事を致します。」と言って、局長さんを送り出してから、「義潔、お前も傍で聞いて居たんだから、お父さんと局長さんとの話しの内容は判ったと思うが、お前ももう十五歳だ、昔なら元服をして大人の仲間入りをする歳だ、義章も働いて居るんだから、お前も一つやって見ないか。」と言って、兄の説得に努めたのだが、「郵便配達になるのなんか嫌だ。」と兄は、再三拒否をしたが、「義章が毎朝市街地まで行って函開けをやって働いて居るのに、大きいお前がぶらぶら毎日遊んで居て体裁が悪いとは思わ無いのか。」と言われて、「仕方ない、やるよ。」と、吐き出すように答えて、渋々ながら就職を承諾したので、父は翌朝出勤の途中に局長さんと逢って、兄の集配人就職の手続を済ませた。