190131 僧侶も模索する <生老病死、四苦に立ち向かう~僧侶・高橋卓志>を見ながら
今日は終日雨模様。しかもかなり強い雨の中、和歌山まで往復しました。ちょっと車の具合が悪かったので、とくに帰りは慎重に運転しました。
昔カナダ滞在中、友人の教授が訪ねてきたので、カルガリーから250km離れたところにある自然保全委員会に案内して既知の委員長との会談をセッティングし、そのドライブ途中で天候が急変して、前も見えないほどアラレだったか雨だったか襲ってきて、道路上で立ち往生したことを思い出しました。友人2人は恐怖を感じていたようでしたが、私も案内した手前、落ち着いたふりをしながらどうなることやらと不安を覚えたのを思い出しました。
時折フラッシュバックのように、過去の一瞬が思い出されることがあります。人の一生は長いようで短く、短いようで長いかもしれません。家康のように重い荷を背負っていくのが人生とまでは思いませんが、なかなか厄介なようで、気楽でもあるようで、不思議なものかもしれません。そんな人の一生、とくに死後にかかわる仕事のプロと言えば僧侶ですね。
NHKの<プロフェッショナル 仕事の流儀>番組は時折見ていますが、昨夜録画していた<生老病死、四苦に立ち向かう~僧侶・高橋卓志>を見ました。現代は葬送のあり方もいろいろで、檀家離れ、葬儀離れ、墓離れなどなど、お寺、住職にとっては大変な状況かもしれません。他方で、葬儀業者というのでしょうか、どんどん進化して昨日ブログで書いたエンバーミングもしっかり取り入れたり、故人の生き様などを遺族からしっかり聞き取り、告別式・葬儀のプロローグとして演出に入れ込むくらいは普通のようです。僧侶は葬儀業者を通じて派遣されるプロ?という役割を担っていることも少しずつ普及していますね。僧侶もなかなか大変な時代となっているようです。
そんなときNHK番組は、僧侶高橋卓志氏の僧侶として、人としての仕事の流儀を披露してくれました。これは一見の価値がありました。
高橋氏のお寺では檀家が700軒というのですから、最近の減少傾向に反する多さです。では高橋氏の人気はどこから生まれるのか。番組はいくつかの家族の死への旅立ちに高橋氏がどうかかわるかを密着取材で、紹介しています。私の記憶でそのいくつかを取り上げたいと思います。
高橋氏はお経を上げるのが僧侶の仕事と固執していません。彼は葬儀というものを死者の旅立ちであるとともに、残された遺族への死者の思いと遺族の新たな旅立ちの契機となる舞台を提供するものといったとらえ方をしているように思いました。
そのために、高橋氏は、遺族、とくに喪主となる人から丁寧に時間をかけて、故人の生き様、それに対する遺族の思い、残念に思っていることなど、必要な情報を聞き取ります。そして葬儀の前日深夜まで、原稿を校正しながら、写真などビジュアルデータを合成して、自らスライドデータを作り上げるのです。つまり手作りの葬儀シナリオであり映像なのです。
それだけではありません。葬儀の式場全体を自分が故人や遺族のことを考えて設定するのです。それは業者に依頼すると費用がかかることをも考慮するだけでなく、故人・遺族に寄り添うスタイルを貫こうとするのです。
それはある意味、葬儀のマニュアル化、儀式化したものに対する、仏教徒としての思いもあるのでしょうか。
高橋氏自身、元々は寺の跡取りとして、いやいや仏教大学を出て、小さいころから父である住職について葬儀に連れられていた延長上に、自分の僧侶、住職としての仕事も型どおりに行い、ある種心のないお経を読み続けていたようです。彼の転機は第二次大戦の遺骨収集団の一員として参加したときに経験した遺族の取り乱しにお経を読めなかった自分に渇を入れられたことでした。
それから初めて本気で、生老病死の四苦に立ち向かう必要を感じ、その一つである死を弔う、葬儀の場で、故人・遺族・会葬者が納得できるような死の苦に直接対応する心構えになったようです。
ですので高橋氏の取り組みは、死者や遺族に対することにとどまりません。生きる苦しみ、病気や老齢の苦しみにも目を閉ざさず、取り組んできたのです。たとえばNPOバンクを立ち上げ、社会のために事業をしたいが資金の乏しい団体に貸付をするのです。あるいは末期がんでしたか、病気で苦しむ高齢者に付添い、ユマニチュードのようにその人に触れながら笑顔で語りかけるなど、病苦や高齢に苦しむ人に寄り添うのです。
たしかデイケアセンターとか、配食サービスとかの事業もやっているとか・・・?いろいろな事業を展開しているとのこと。
僧侶は決して葬儀や法要を行う人と行った偏った見方はしていません。私自身、道昭、行基といった本来の仏教徒が、生きる人のために、薬の処方、橋の建設、困窮者への救済など、多様な慈悲的活動を行うことこそ、本来の行いではないかと思うことがあります。その中に法要も含まれるでしょうけど。
で高橋氏は、寺の新しいあり方も追求して、その持続性を考え、副住職にその地位を継承したのです。この場合お子さんではなさそうな感じでした。その寺の業務を継ぐのに適切な人格、能力を持った人が適切ではないでしょうか。住職の地位は相続されるといった見方もあるようですが、本来仏教はそのような教えではないですね。妻帯自体禁止でしたからね、すい最近、明治維新くらいまで・・・親鸞みたいな人は一応、例外中の例外だったはずですね。
最期に、高橋氏は、住職の地位を退いた後、仏教国、タイに渡り、新たに仏教というものを勉強しているそうです。今後の高橋氏の動向を注視し、期待したいと思います。
今日はこの辺でおしまい。また明日。
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