床屋の2階、マイルーム。
引っ越しをしたときエアコン上部にある小さな窓にカーテンを付けなければ、と思った。午後になると直接日射しが指し込んで部屋の中がサウナのように暑くなるからだ。しかしフィリピンで小さなカーテンを取り付けようとすれば規格品などなく、業者に依頼するしかない。うまいこと業者に発注したところでいつカーテンを取り付けるなんてわからない。だから放っておいた。それから引っ越しをしたときはエアコンがなくて穴の空いた壁を塞ぐ板が1枚打付けられている状態だった。建物を管理している叔父さんとはエアコン設置を条件に部屋を借りるはずだったが大家の爺さんが渋ったため約束は反古された。扇風機1台で生活する日々が続いた。
但し、そんなことをこといちいち気にしていたらフィリピンで暮らしていけない。気の強い妻は引っ越しをした直後から別のところへ引っ越しをしたいと言い始めた。当時、何か商売を始めるため空き店舗を探すついでに空き家を探したが店舗同様なかった。空き部屋ならにあったがどうせ気に入らないと言うに決まっているから妻の希望する引っ越しも放っておいた。それに最初、床屋2階の部屋は壁が白く汚れていたけど契約を終えると大家の爺さんが何故か青色で壁を塗り替えてくれた。たぶんエアコン設置をする代わりの措置だと思うけど不思議な青い部屋が気に入った。そうこうして妻の日本行きが決まり、妻が高層コンドミニウム借りて部屋を出て行ったので、独身生活を楽しんだ後、エアコンを設置するプランを練った。妻が家出して1ヶ月が過ぎていた。
エアコンを設置する際、穴の空いた壁を塞ぐ板を取り外さなければならないが、その青い板をそのまま上部にある小さな窓に打付けて遮光しようと考えていた。ただイメージすると貧乏臭くてカッコ悪い。そこで前出のストリート・アーティスト、ジョンにその板に何か描いて貰うことを思いついた。窓を塞ぐ板が壁に飾られた絵画へと変わるアイデアだ。早速ジョンにそのアイデアを話し、部屋に呼んでミーティングをした。まずジョンは板がヒビ割れて使いもにならないから新しい板を買ってそこに描くことをアドバイスした。ジョンは採寸してマカロロバーの工房へ戻り壁と同色の青いカラーベンキを持ってきて下地の色合わせをした。そして最大の難関、何を描くかを話し合ったが行き詰った。ジョンはアートデザインを考えていたがプリンスはジョンのドローイング、アブストラクト(抽象画)を高く評価していた。結局、コンセプトはプリンスが考えそれをテーマにして青と白の2色でジョンがアブストラクトを描くことで合意した。ジョンとプリンスはミーティングからエキサイトした。
At the sound of the
trumpet,all the
dead will arise and
see the glory of god
- ARISE AND SEE -
ジョンとのミィーティングを終えたプリンスは翌朝からコンセプトワークに勤しんだ。が、50のおっさんにこれといったいいアイデアは浮かばない。どうしたものか。不思議な青色の部屋に飾る画だから「ブルー」から考えた。そして思い浮かんだのが「ブルーハーツ」。日本男児のこの単純な発想に我ながら恥ずかしくなった。
ブルーハーツはねぇよな。フィリピン人のジョンにブルーハーツと言っても誤解するだけだろーが。
それから「ブルー、ブルー、ブルー」と連発して考えていたら本当に気分がブルーになり滅入ってしまった。
そして昼メシ食べ終えたワンちゃんにナニかいいアイデアがないか尋ねたところ
「プリちゃんゴメン、よくわからない、アイデアない」
「ワンちゃん、君はアンジェロ(天使)だろ、ヘルプミー、助けてちょ」
と言ってゴネたあと、イケルアイデアが思い浮かんだ。それがブルーアンジェロ(エンジェル)。
なんだブルーハーツと同じじゃねぇか、なーんて思うなかれ。ブルーエンジェルはニューヨークにある有名な老舗のナイト・クラブ。天使がラッパを吹くデザインが店のロゴマーク。このロゴは大天使ガブリエルを表す。聖書には大天使ガブリエルがラッパを鳴らすと最後の審判が行われ光と闇の闘いに光が勝利すると記されている。青い部屋に飾る画も遮光して闇の世界を作るからブルーエンジェルのコンセプトはピッタリだった。
ジョンにブルーエンジェル、大天使ガブリエルが鳴らすラッパをテーマにしたアブストラクトを依頼した。
フィリピンはアジア唯一のキリスト教国家。ジョンはクリスチャン。心の底から描くと約束して制作に入った。
Blue Angel JOHN 3/23 2011
ジョンは3日3晩掛けてブルーエンジェルを制作し、完成させた。といっても最後は、満足できないが筆が入らない膠着状態が続いて、それはもう作品は完成しているのだからサインしてブルーエンジェルから離れたほうがいいとアドバイスしてワンちゃんとマカロニバーで待つこと2時間、ようやく引き渡されたのだった。
で、作品を床屋2階宴会場の壁に立てかけ、ワンちゃんと2人でブルーエンジェルを鑑賞しながらワインを飲んだ。作品の左側には天使のウイングが描かれ光が勝利するためのエコーが表現されていた。さすが、ジョンだ。そしてプリンスは大天使ガブリエルのラッパの経験はこれで生涯、2度目となることを思い出した。
最初はピーター・ガブリエルの代表作BIKOだった。ビコは南アのアパルトヘイト黒人解放運動家スティーヴ・ビコの拷問死を歌った名曲で国際人権擁護団体アムネスティのキャンペーンソングとして使われた。
BIKO (ピーター・ガブリエル 1980)
1977年9月
ポート・エリザベスは晴天なり
警察の619号室ではいつもの仕事
ビコ、ビコであるがゆえ
魂は降臨する
ビコは死んだから
夜、眠ろうとすると
赤く染まった夢だけを見る
外の世界は黒人と白人がいて
片方の色だけが死んでいる
ビコ、ビコであるがゆえ
魂は降臨する
ビコは死んだから
ろうそくの火を消すことが出来るが
大きくなった炎は消すことは出来ない
一旦燃え上がったら
風がその炎をさらに高く舞いあげる
ビコ、ビコであるがゆえ
魂は降臨する
ビコは死んだから
そして今、世界中の目が注目している
注目している
(訳詞プリンス)
ビコは人間の内面を描いたサードアルバムに収められ、次のアルバム”SO”が大ヒットした。ピーター・ガブリエルはコンサートで必ずビコを歌った。そして世界中で反アパルトヘイトの気運が高まるなかある英音楽雑誌が反アパルトヘイトの特集をした。きっかけとなったピーター・ガブリエルへは様々なミュージシャンが賛辞を呈したが、そのなかで鬼才フランク・ザッパは「大天使ガブリエル、ラッパを鳴らせ」とだけ異様なメッセージを送った。ガブリエルに掛けただけでなく、つまりビコの歌詞は聖書の物語、神の言葉と言うワケだ。
果たしてザッパのメッセージ通り大天使ガブリエルのラッパが鳴り、南アに最後の審判が下り、白人政権は崩壊してアパルトヘイトは終焉した。大天使ガブリエルのラッパはピーター・ガブリエルのビコが耳の経験とするならジョンのブルーエンジェルは目の経験だった。酔いながらブルーエンジェルを壁に掛けて眠りについた。
翌朝目覚めると、ブルーエンジェルの両脇からから光が漏れていた。これはジョンのアイデアでボードの上下に圧を加えソリを作った。自然光によってブルーエンジェルはライトアップされる。画家バルテュスのアトリエに入るとき十字を切るU2のボーノって気分。バルテュスのアトリエは光の教えを学ぶ聖堂なのだ。プリンスの何もない青い部屋もジョンのイコン(聖画)によって聖堂になった。但し、プリンスはクリスチャンではない。
そんなワケで罪深き奥さん、大天使ガブリエルのラッパが鳴って最後の審判が下ると天国か地獄へ行く。
天国へ行きたければ罪を悔い改めなければならない。今すぐ教会に行って懺悔しなさい。ではまた。