曾呂利新左衛門は、又、ある時、太閤に対して、
「願くば一日御耳の匂いを嗅せられたし」
と申し上げます。太閤は
「一体、こやつ、又、何たくらんでいるか」
と訝しくお思ひになられます。
なお、ここにある「こやつ」と云う字はどう書くのかおわかりですか。なんと「頓智夫」の字をあてて、そう読ましているのです。
その企んでいる事は何か、ちょっと見てみるのも面白いことではないかと太閤も思われたのでしょう、
「汝がよきに嗅れよ」
と、新左衛門の願いをお許しになったのだそうです。
そんなある時です。諸国の大名たちが、大阪城に、秀吉公のご機嫌伺いに出ていた時です。新左衛門もその場に同席していたのでしょう、やおら、何お思ったか太閤に近付き、その耳元に口を寄せて何やら言うような仕草をします。
それを見た総ての諸大名は
「今、頓智夫(あやつ)は殿下の耳元で何を言たのだろうか。もしや、拙者の悪口でも太閤のお耳に入れているのではないだろうか。自分を讒言するものではないのだろうか。あやつは頗る殿下の寵愛する者であるから、あやつの言う事を本気にしてご機嫌でも悪くされたらそれこそ一大事だ」
と、大層心配になられて、大名たちは、家に帰られてから、早速、新左衛門に金銀財宝を密かに送ったという。数日の内に、財宝が山のように集まったと、言われます。
是を、黙って自分の物としてせしめて入ればいいものを、後日、新左衛門は
「我が家には、近頃、贈り物が多く来て金銀財宝で埋まってしまい、座る場もない程です。是も殿下のお耳を嗅がしていただいたおかげです」
と、秀吉に、ご丁寧に、報告したと言うのです。それを聞いて太閤も大層驚かれたと言う事です。
話は、ただ、これだけです。賄賂を贈るのが普通の社会だったのですから、それによってお咎めを受けることもなかったのです。人の弱みに付け込む相当な悪徳の匂いがせんでもないのですが、それがしゃあしゃあと言って通り、人々の間でも笑い話になるくらいです。美談ごとではないのでしょうが、ちょっとへんてこりんな社会だったのです、武家の世の中は。後からお話します仇打ち話と共に。
これだけですから、此の話を聞いた当時の、戯作者たちは、それに羽を付けたりお尾付けたりしてこのお話をより面白く作ったお話がいっぱいあるようです。
「願くば一日御耳の匂いを嗅せられたし」
と申し上げます。太閤は
「一体、こやつ、又、何たくらんでいるか」
と訝しくお思ひになられます。
なお、ここにある「こやつ」と云う字はどう書くのかおわかりですか。なんと「頓智夫」の字をあてて、そう読ましているのです。
その企んでいる事は何か、ちょっと見てみるのも面白いことではないかと太閤も思われたのでしょう、
「汝がよきに嗅れよ」
と、新左衛門の願いをお許しになったのだそうです。
そんなある時です。諸国の大名たちが、大阪城に、秀吉公のご機嫌伺いに出ていた時です。新左衛門もその場に同席していたのでしょう、やおら、何お思ったか太閤に近付き、その耳元に口を寄せて何やら言うような仕草をします。
それを見た総ての諸大名は
「今、頓智夫(あやつ)は殿下の耳元で何を言たのだろうか。もしや、拙者の悪口でも太閤のお耳に入れているのではないだろうか。自分を讒言するものではないのだろうか。あやつは頗る殿下の寵愛する者であるから、あやつの言う事を本気にしてご機嫌でも悪くされたらそれこそ一大事だ」
と、大層心配になられて、大名たちは、家に帰られてから、早速、新左衛門に金銀財宝を密かに送ったという。数日の内に、財宝が山のように集まったと、言われます。
是を、黙って自分の物としてせしめて入ればいいものを、後日、新左衛門は
「我が家には、近頃、贈り物が多く来て金銀財宝で埋まってしまい、座る場もない程です。是も殿下のお耳を嗅がしていただいたおかげです」
と、秀吉に、ご丁寧に、報告したと言うのです。それを聞いて太閤も大層驚かれたと言う事です。
話は、ただ、これだけです。賄賂を贈るのが普通の社会だったのですから、それによってお咎めを受けることもなかったのです。人の弱みに付け込む相当な悪徳の匂いがせんでもないのですが、それがしゃあしゃあと言って通り、人々の間でも笑い話になるくらいです。美談ごとではないのでしょうが、ちょっとへんてこりんな社会だったのです、武家の世の中は。後からお話します仇打ち話と共に。
これだけですから、此の話を聞いた当時の、戯作者たちは、それに羽を付けたりお尾付けたりしてこのお話をより面白く作ったお話がいっぱいあるようです。