建設現場の卵

建設現場からのエッセイ。「建設現場の子守唄」「建設現場の風来坊」に続く《建設現場の玉手箱》現場マンへ応援歌。

九月の虫の音

2021-09-12 17:31:05 | 建設現場

…………………………(九月の,虫の音)…………

 暦が一枚めくれただけなのに、九月という言葉の響きから暑さも忘れてしまいそう
である。

 この時期はまだ残暑も厳しく残っているが、お盆を含めて8月後半から工事がスロー
ダウンしていたのを一気に取り戻すように、気合いを入れる事から始まる。

眠っていた訳ではないのだが、準備運動もせずして急激に走り出られても困りものだ。

「さあ、気候も良くなったし、稼ごうぜ!」
と張り切っているのは私だけでカラ元気の様でもある。

お盆に故郷に帰り家族団欒を過ごした余韻を引きずったままの職人さん達に、ホーム
シックから抜け出せるようにと、安全大会で―――

「来週の金曜日に『焼き肉大会』をするから……」
この後の工事安全注意事項は右から左に聞き流されていて、大会のすぐ後に、
「所長、鉄板をもう一枚段取りしましょうか?」
「そうだよね、やっと元気回復しそうだね…」
やっと現場に笑顔と活気が戻って来たようで、明るい雰囲気も取り戻せそうになった―――

現在、工程的には遅れてはいないが、7月末には進んでいた工程の貯金日数がどうやら
『お盆休暇』の延長によって、目減りし始めているようでもある。

でも真夏に炎天下の中で休憩をしながら頑張ったような事は、もうさせないつもりで
ある。
これからは陽が短くなるし、台風もやって来るから、工程監理・雨対策に抜かりなく
現場を監理するように気を引き締めるところである。

 そんなところに支店から、
電話を待っているのに、何故して来んのだ!
(えっ?電話!?何それ…)

「済みません、一時間前に設計事務所さんが来られていまして―――」
と焼き肉大会の話題でテン張っていたのを、咄嗟に言い訳をする技も身についている。

「工程の状況と最終益(下期決算益)の見通しを連絡しろ!」
「設計事務所の方が帰られたら報告入れます…」

(何とか時間を稼がなくちゃ・・・)
「お前の所とあと二つがまだだけど、急いでくれ…本社へ報告時間が……」

(そんな事だろうけど、毎度の事でもあり―――)
「工程は順調ですけど、利益はちょっと計算してみますので……」
だんだんと虫の居所が悪くなって行くのが、声からでも分る。

竣工まで半年もあるのに、いま《最終利益見通し》を吐き出して報告するバカはいない。

この先何が起きるかわからないし、お金を頂けない設計変更工事は必ず発生するし、
地震倒壊はなくても台風接近による対策費も直接台風被害も、これから出て来る時期
なのである。

一言でも見通し額面を言おうものならば、最終精算時に目標の達成値が少しでも下がっ
ていたら、何を言われるや分りやしない。

本社に対して支店としての『下半期業績見通し』の報告が必要なのも分る。
でも眠っていた《腹のムシ》の眼が覚めたのは確かである。

今更計算しなくても自分なりの最終目標値は決めていて、それに向かって原価監理を
しているのだから、電話の対応に即答出来るのをあえて言わなかったのは背広族に
対して、
「シッポを振っているのではないからね」
との抵抗でもあろう。

工事予算書を申請した後、予備費も無く、私の含み余裕枠は総て削られていて、
「これでやれ!」
って渡された実行予算書から、やっとの思いで利益を上乗せしている所を、
「報告しろ!」
って簡単に言われて素直に答えられる程、私は人間が出来ていない。

 むしろ、微たる現状利益を全部遣って、

「決められた予算書で精一杯ですから……、赤字には致しませんから……」

といつかは言えるように力をつけようと、今は耐えているところである。

余裕の無い予算書から、協力業者の見積り書の額面を抑え、更に端数を削って契約し、
利益アップさせると出世は早いようだが、私は協力業者の首を絞めてまで利益は出し
たくないのだ。

私も一応、会社人間であるから、予算から収まる金額で契約し、或る程度は首を絞めて
いるようだが、首を吊るす《松の木》まで準備するような事はしない。

無事故・無災害で工事が竣工すれば、ボーナスとして何らかの形(感謝)である程度
職長さんに還元しているから、突貫工事・赤字受注工事でも協力業者からそっぽを
向かれた事が無い。

裏を返せば《業者と癒着している》と勘ぐられていたかも知れない。

利益アップした金額の数%でも個人的に頂けるなら、私も首を絞め《松の木とその枝》
まで手配するだろうが、ポケットマネーの回収能力も無い所長だったから、リストラ
候補の筆頭にもなったのであろう。
催促の電話が入るまで待っていたら、

「おい、なんぼ残るんや!?」
案の定、情けも愛情も感じられない上司の声が聞こえて来た。

(銭しか頭にねえのかよ…訊(たずね)方もあろうに……)

と、ますます虫の居所が悪くなり、暴れ始める。

「五十万円位は何とかなりそうですが……」
「もう少し頑張ってくれ、頑張れるよな?」

(べエ~ッだよ)

舌を出しているのが電話では分らないのをイイ事に《半値報告》の生返事である。

予算厳しき折、現場はギリギリの状態に追いやられても、建物を竣工させ、儲けようと
頑張っているのに、労をねぎらう言葉も出ないでゼニ・銭・利益・頑張れ・・・

全く現場の実態を御存知ないのなら許せるが、電話の主様は数年前までは現場を束ねて
いらっしゃったお方であるのだから、もう少し現場に対してモノの言いようもある筈だ。

支店のデスクからの電話だから周辺に上司の耳もあるし、まあかつては自分の部下だっ
た所へ、単刀直入な会話をして、周囲の視線に力の程を知らせる……とのポーズも見え
隠れしている。

(かつて同じ様な電話が入って、ムカついていた人だったのに・・・)

作業服から背広族に変わって、立場が変われば発言も変わる人を多く見させてもらって
来たが、所長時代の人格・人脈が繋がっている振舞いを見せて頂ける『目標上司』
いらっしゃる。

腹の探り合いなんぞしたくないし、こちらの能力を見越されての話は、会議上の話でも
嫌な雰囲気になるし、結論までも……お互いに見えているものだ。

夜遅くまで現場事務所に残っていて、工程・安全・品質そして原価監理の『現場四監理』
の未熟さに気付かされて、フト月を見上げる事も多くなるのも秋、枯葉が舞う季節に
なると―――

     秋の夜は更けて すだく虫の音に
     疲れた心いやす 吾が家の窓辺
      静かに ほのぼのと 
      倖せは ここに…

石原裕次郎の「倖せはここに」を口ずさみ、虫の音を聞けば腹の虫さんが鎮まって
くれる……
秋の夜長になり、虫の音を聞く頃には何故かこの歌を歌っている。
現場の軋轢(あつれき)に疲れた時、悔し涙で星を煌(きら)めかせた時にも歌ったなあ・・・

   星のまばたきは 心のやすらぎ
   明日の夢をはこぶ やさし君が微笑み
   静かな 吾が窓辺
   倖せは ここに…

    10月へ続く………

 


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