#photobybozzo

沖縄→東京→竹野と流転する、bozzoの日々。

【Somerset Maugham】月と六ペンス

2009-07-10 | BOOKS&MOVIES
「運が良かったよ。エイブラハムはちょっと偏屈なとこ
ろがあったんだろうな。かわいそうに、すっかり零落し
ちまって。アレグザンドリアで何かくだらん医者仕事を
やっている、検疫官か何か、まあそういった仕事だ。醜
い年取ったギリシャ女と同棲して半ダースの腺病質な子
供がいるって話だよ。結局アタマが良いだけじゃダメな
んだな。大切なのは人格だよ。エイブラハムには人格っ
てもんがない。」

人格だって?他の生き方に更に切実な重要性を見抜いた
時、半時間の熟考の末、出世の道を擲つには、よほどの
人格者でなければできんことだと、私は思う。しかもそ
の出し抜けの行動を一度も後悔しないためには、更に立
派な人格を要しはしないだろうか?

       (Somerset Maugham「月と六ペンス」)

            ●

そうそうボクの歳も2039年には「ある」かどうかわか
らないわけで、そう考えるとこの2009年のもがきを今
頃になって立派に生きてるだとか、いつもおまえはそう
やって理屈こねて現実から逃げてばかりいるとか、いろ
いろ言ってくれるだけでも嬉しく思ったりするんだけど、
そんな同時代的共時的な営みがまさにリアリティという
か今の時代と呼応した末の行動というかまさに理屈こね
てるだけかもしれないけど、自分なりの精一杯な「生き
ざま」だと思ってるんだよね。やっぱりボクにはボクな
りの目線で「今」を切り取りたいし、「今」を表現した
いし、共鳴したい!という思いが強いんだと思う。

なんだろうね。

男と女という性別のたがいだけじゃなくて手を握った感
じだとか眼と眼を合わせた感じとか「あ」と言ったら「
うん」と返す調子だとかそんなコミュニケーションの部
分に人と人とのつながりを見て「ああ生きてるなぁ」と
初めて思えるんだ。その「生きてる」感覚がそのまま写
真に定着できたらボクはおそらく嬉しいんだと思う。

そんな他人事みたいな感慨…今更いらないけどね。

            ●

我々はどこから来たのか?我々は何者か?我々はどこへ行くのか?
Where do we come from? What are we? Where are we going to?
(D'ou venons-nous? Que Sommes-nous? Ou allons-nous?)


結局死ぬまで探求し続けるしか、生きていけない。
なんだか本末転倒だけど、そんな呪縛を引き受けてきたから、
ボクは今、こうやって居られるんだと、思ってるよ。

「ゴーギャン展2009」@東京国立近代美術館
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