「1960イチキューロクマルvol.3」@中野テレプシコール
作・出演/立石裕美 Yumi Tateishi
美術コーディネート/福島奈央花 Naoka Fukushima
写真UPしました。
【on_Flickr】1224_YUMI
2年ぶりの『イチキューロクマル』。3度目の正直…というか、
作品の質が飛躍的に「硬直」した舞台だった。
「踊りを志す上での矛盾や葛藤が、主に日本社会と自分自身との會田に立ち塞がる障壁に起因している」
と気づいてからの愚直なクリエイションが、見事に起ち上がった「渾身」の作品だったと思う。
立石裕美の2011年から2017年までのあいだに、いったいどれだけの変化があったのか。
そのトリガーとしての「大震災」が、彼女のからだに何をもたらしたのか、
具体的なものは知る由もないが、踊りが確実に世界と直結する行為であることを、
彼女は身を以て訴えていると思った。
それはつまり、「生きる」ことが世界の映し鏡であることを、体現する行為とも言えた。
今日1日で3度の「提起」お疲れ様でした。臓物にしかと居残る作品でした。
作・出演/立石裕美 Yumi Tateishi
美術コーディネート/福島奈央花 Naoka Fukushima
写真UPしました。
【on_Flickr】1224_YUMI
2年ぶりの『イチキューロクマル』。3度目の正直…というか、
作品の質が飛躍的に「硬直」した舞台だった。
「踊りを志す上での矛盾や葛藤が、主に日本社会と自分自身との會田に立ち塞がる障壁に起因している」
と気づいてからの愚直なクリエイションが、見事に起ち上がった「渾身」の作品だったと思う。
立石裕美の2011年から2017年までのあいだに、いったいどれだけの変化があったのか。
そのトリガーとしての「大震災」が、彼女のからだに何をもたらしたのか、
具体的なものは知る由もないが、踊りが確実に世界と直結する行為であることを、
彼女は身を以て訴えていると思った。
それはつまり、「生きる」ことが世界の映し鏡であることを、体現する行為とも言えた。
今日1日で3度の「提起」お疲れ様でした。臓物にしかと居残る作品でした。