アコギおやじのあこぎな日々

初老の域に達したアコギおやじ。
日々のアコースティックな雑観

「クライマーズ・ハイ」の見方

2011-01-16 | Weblog

 「クライマーズ・ハイ」のドラマを久しぶりに見た。

横山秀夫氏原作の同名小説のテレビ版。2005年12月にNHKで2回シリーズで放送された。

1985年8月、群馬県の山中に国内便旅客機が落ちた「日航ジャンボ機墜落事故」に、地方紙の全権デスクとして向き合う記者の苦悩を描いたものだ。乗客乗員524人のうち520人が犠牲になった、あの巨大な事故である。悲劇の概要はよく知られており、小説自体も非常に有名なので詳細な内容の説明は省略するが、ドラマも秀逸だったと思う。


このドラマが放送された2005年の3月まで、私自身報道に携わっていたこともあり、かなり身近な感覚をもってこのドラマを見た。原作はもちろん秀作だが、では映像ではどう表現されるのか。興味をもっていた。このドラマの出来が良かったためだと思う。数年後には映画化された。

                ◇

 新聞づくりの最前線、締め切り間際の緊迫感や各部署の職制など、新聞づくりの現場の描写に関しては原作を超えていたと思う。いや、そういった描写に関しては、文字より映像の方が適していたというところか。文字のみでは表現し得ない、「雰囲気」をうまく再現していたと思う。

 最も感心したのは、キャストの顔。仕事の内容で男の顔は変わるものだ。報道の顔、整理の顔、次長や部長、営業部員、元記者の販売局長など、それぞれの職制が肩書きを示さなくても顔で判別できるほどだ。社長や局長になると新聞社っぽさは抜けてくる。どんな職種の会社でも社長や管理職者はこんな風体に落ち着いてしまう、といった感じ。


 デスクと現場記者とのイザコザ、報道部と整理部の駆け引き、報道、整理、販売のそれぞれ違う締め切り観、さらには仕事観。これらも上手に再現されていた。

共同電の入電を知らせるチャイム、通称「ピーコ」が編集フロア全体に響く。思えば、この音が新聞づくりのために自分を昂揚させるスイッチだったのかもしれない。テレビだとは分かっていても、やけに気ぜわしくさせる。かつて、目眩がするほどの緊迫感が仕事場を支配していた。


              ◇


 加えて、新聞記者の家族の描写だ。これも非常に実際の例を忠実になぞっていたように思う。報道に携わっていた時期の大半、私は独身だったが、先輩方の生活を思い出した。

 家庭を顧みないで仕事をする男たちが、ごく普通にいた。「家庭を犠牲にする」、そんな言葉が、かえってある種、男の勲章のように使われていた。直属の先輩はひどいときは午前4時くらいから午前2時くらいまで働く日が1週間ほど続いた。一緒にいた1年間で2度だけ、付き合わされた。

その先輩が新婚のころ、午前4時過ぎに帰宅したら、奥さんがご飯を用意して起きていたという。「気を遣わせている感じで、なんだかイヤだった」。照れもあったろう。「早く帰ってこいって言われてるようなもんだしな」。張り込み中の車の中で憎まれ口をきいていた。

車の助手席側のフロントガラスの隅に、「おとうさんへ おしごとがんばって」と拙い文字が書かれた色紙が下がっていた。その10年ほど後、再会した先輩は「最近、娘がよそよそしくて」と嘆いていた。無理からぬことだろう。子どもが最も父親を必要とする時期に、本意ではないにせよ子どもを優先順位の第2位にしてしまっていたのだから。


 そんな先輩たちに憧れ、自分も体と、しばしば心を削りながら仕事をしていた。ただ、妻と子どもを持つ今、子育てに特段の熱意を示さなかったかつての記者たちに、ある種の哀れを感じる。必死に生きていただけに、なおのこと。

              ◇

 「クライマーズ・ハイ」は、かつて新聞づくりに携わった人のための抒情詩とも取れた。ただ、6年ぶりに見返した直後のいま、家庭を顧みないで仕事をしてきた男たちの悔恨の詩とも、受け取れる。特に、最後の「衝立」でのシーンが。


 何も失わないで生きていきことなどはできない。ただ、最も失っていけないものは、と深く考えさせられる


 プロ野球・阪神タイガースで活躍した強打者バース選手が、ペナントレース中に息子が大病を患ったためにアメリカに帰国したことがあった。「大切な仕事のさなかに、大の男が子どもなんかのために職場放棄するとは」というようなことを根性論者の野球解説者たちが言っていた。熱狂的なことで知られる阪神ファンも、バース選手の存在がチームにとって大きかったからこそ、解説者たちの言に乗って、バース選手にひどいバッシングを浴びせていた。

 私も当時は、仕事のために家庭を犠牲にすることは当たり前という認識だったが、それでも、仕事よりも家庭大切にするという、このアメリカ人の認識に快い新鮮さを覚え、バース選手が日本に戻ってきてからさらに大活躍したときには、前述の根性論者たちより「男らしい」と思ったことを覚えている。


          ◇


 同じドラマでも、時間を経て見ると、随分と受け止め方が変わった。良かった、と思っている。


 ところで、ドラマの中で事故の第一報の場面。NHKの実際のニュース映像を使っているが、現場から事故の様子を伝えている記者が、社会部時代の池上彰氏。ニュースを分かりやすく解説してくれる、あの池上さんだ。



 現場を知っている人であることをあらためて思い出した。そりゃそうだ、今でこそ芸能人相手の番組が多いけれど、あんなにたくさん引き出しをたくさん持っている人なんだから。
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