おはようございます。
千本通の走りの続きと行きます、この辺りは国道1号線の西側で交通の主要はそちらに譲っているものの、それでもそんなに広くない通りでも国道の渋滞を嫌ってこちらに入ってくる車も多い。やがて鴨川が進行方向左手側に沿ってきて名神の下をくぐって橋を渡って写真3枚目、4枚目にある場所にたどり着く、そこには道標とその横に「鳥羽伏見戦跡」の碑が立っている。川を挟んで筋違いとなってしまったが、千本通はここからまた再開して南へと進んで行く。
道はここも国道1号線を補助するような感じで車の通りは多い、落ち着いて走っていられないと言ったところだがそれを言ってしまうと車の方から「自転車道を走ったらよろしおまへんか」と言われてしまいそう。実は千本通のすぐ右手側の鴨川沿いには嵐山八幡木津自転車道が通っている、車にしてみたらすぐ隣にある自転車道を走ってくれた方が助かると言った気分だろう。でもね、ここの自転車道あんまり走りたくないんだよなあ、自転車道と言うと何か「ここは俺たちの道だァ」と言った感じで猛スピードで飛ばしていくサイクリストが多いし、普通に自転車で走っている人たちも多くて走りにくくて仕方ないイメージがある。風景も川くらいしか見るものもなくてつまらないし、だから風景に見所が多い千本通の方を走りたくなるわけなんですよ、まあ自分(一人称)のわがままな意見なわけですが。その風景と言うのが上の写真にある旧街道の雰囲気が漂う緩やかに曲がった道と町並、愛らしいお顔を為されているお地蔵様、歴史を感じる酒造工場の建物など。この辺りは四角い枠に捉えておきたいものがいろいろとあってその度に相棒を停めることになる、自転車道でそんなことしていたら迷惑がられて仕方ない、まあここでも車から鬱陶しく思われるかも知れないが・・・。
道はやがて伏見区に入り横大路の町並へと差し掛かる、写真2枚目にあるように進行方向右側には一段高くなった所に自転車道が沿って通りその向こう側は鴨川、町並が途切れた所では涼しい風が吹き込んで来て走りも快調!と言ったところ。横大路も旧街道を思わせる古い町並が軒を為している所だが、写真3枚目、ここでも見られる鳥羽伏見の戦いの跡の碑があるように幕末には血生臭い争いが繰り広げられた所。この戦に関わらず伏見と言うと以前にもお伝えしたことがありますが幕末の混乱の舞台となった所、その跡はいろいろな場所で見ることができるが現代がこれだけ穏やかだと、そんな出来事がつい150年ほど前にあったとは思えないし思いたくもない。大政奉還が為されて「日本の夜明けじゃ~」と坂本龍馬は叫んだが、夜明けになるどころか戦乱はまだまだ続きこの地から戊辰戦争が始まって行くことになる。千本通はそんな幕末の混乱のまさに通り道となった場所だと言うことになる、でも今は5月の空に覆われて穏やかな風が流れてくるところ、町並が途切れると進行方向左手側には伏見の町並が見えてくる。ややっ、その向こう側に見えているのは京都競馬場、この日は開催日だったので歓声がこの辺りまで聞こえてくる、千本通走りももうすぐ終わりだしチョイと寄ってみることにするか・・・って急な思い付きで行っては勝てるものも勝てない、意気込んで行っても勝てないから行かないのが一番、と言うことで真っ直ぐ奈良へと向けて走ることにしよう。
その競馬場のある淀の町並に入ったところが写真6枚目、そこにある石橋から少し行った所にあるのが写真7枚目にある納所の道路元標、やがて道が6方に分かれる納所交差点へとたどり着く。1本の幹線に小さな道が分岐する交差点だがたくさんの警備員が立っていて物々しい雰囲気、それもそのはず、ここが京都競馬場の最寄りの交差点となり車の行き来、歩行者の安全を誘導してくれている。交差点の一角には最後の写真にあるように千本通の表示が掛かっている、確かにここが千本通の始まりだと言うことを示してくれている、それにしてもここの横断歩道は警備員さんの目があって渡りにくい、とりあえず指示に従って信号を渡り京阪淀駅の方へと向かって行く。この辺りも駅が高架化されて変わったなあ~、その話はもう1枠設けて続けていくことにしましょうか、その時にまたお付き合い願えたらありがたいことです、今回はここまでとしておきましょう。 まちみち
千本通の走りの続きと行きます、この辺りは国道1号線の西側で交通の主要はそちらに譲っているものの、それでもそんなに広くない通りでも国道の渋滞を嫌ってこちらに入ってくる車も多い。やがて鴨川が進行方向左手側に沿ってきて名神の下をくぐって橋を渡って写真3枚目、4枚目にある場所にたどり着く、そこには道標とその横に「鳥羽伏見戦跡」の碑が立っている。川を挟んで筋違いとなってしまったが、千本通はここからまた再開して南へと進んで行く。
道はここも国道1号線を補助するような感じで車の通りは多い、落ち着いて走っていられないと言ったところだがそれを言ってしまうと車の方から「自転車道を走ったらよろしおまへんか」と言われてしまいそう。実は千本通のすぐ右手側の鴨川沿いには嵐山八幡木津自転車道が通っている、車にしてみたらすぐ隣にある自転車道を走ってくれた方が助かると言った気分だろう。でもね、ここの自転車道あんまり走りたくないんだよなあ、自転車道と言うと何か「ここは俺たちの道だァ」と言った感じで猛スピードで飛ばしていくサイクリストが多いし、普通に自転車で走っている人たちも多くて走りにくくて仕方ないイメージがある。風景も川くらいしか見るものもなくてつまらないし、だから風景に見所が多い千本通の方を走りたくなるわけなんですよ、まあ自分(一人称)のわがままな意見なわけですが。その風景と言うのが上の写真にある旧街道の雰囲気が漂う緩やかに曲がった道と町並、愛らしいお顔を為されているお地蔵様、歴史を感じる酒造工場の建物など。この辺りは四角い枠に捉えておきたいものがいろいろとあってその度に相棒を停めることになる、自転車道でそんなことしていたら迷惑がられて仕方ない、まあここでも車から鬱陶しく思われるかも知れないが・・・。
道はやがて伏見区に入り横大路の町並へと差し掛かる、写真2枚目にあるように進行方向右側には一段高くなった所に自転車道が沿って通りその向こう側は鴨川、町並が途切れた所では涼しい風が吹き込んで来て走りも快調!と言ったところ。横大路も旧街道を思わせる古い町並が軒を為している所だが、写真3枚目、ここでも見られる鳥羽伏見の戦いの跡の碑があるように幕末には血生臭い争いが繰り広げられた所。この戦に関わらず伏見と言うと以前にもお伝えしたことがありますが幕末の混乱の舞台となった所、その跡はいろいろな場所で見ることができるが現代がこれだけ穏やかだと、そんな出来事がつい150年ほど前にあったとは思えないし思いたくもない。大政奉還が為されて「日本の夜明けじゃ~」と坂本龍馬は叫んだが、夜明けになるどころか戦乱はまだまだ続きこの地から戊辰戦争が始まって行くことになる。千本通はそんな幕末の混乱のまさに通り道となった場所だと言うことになる、でも今は5月の空に覆われて穏やかな風が流れてくるところ、町並が途切れると進行方向左手側には伏見の町並が見えてくる。ややっ、その向こう側に見えているのは京都競馬場、この日は開催日だったので歓声がこの辺りまで聞こえてくる、千本通走りももうすぐ終わりだしチョイと寄ってみることにするか・・・って急な思い付きで行っては勝てるものも勝てない、意気込んで行っても勝てないから行かないのが一番、と言うことで真っ直ぐ奈良へと向けて走ることにしよう。
その競馬場のある淀の町並に入ったところが写真6枚目、そこにある石橋から少し行った所にあるのが写真7枚目にある納所の道路元標、やがて道が6方に分かれる納所交差点へとたどり着く。1本の幹線に小さな道が分岐する交差点だがたくさんの警備員が立っていて物々しい雰囲気、それもそのはず、ここが京都競馬場の最寄りの交差点となり車の行き来、歩行者の安全を誘導してくれている。交差点の一角には最後の写真にあるように千本通の表示が掛かっている、確かにここが千本通の始まりだと言うことを示してくれている、それにしてもここの横断歩道は警備員さんの目があって渡りにくい、とりあえず指示に従って信号を渡り京阪淀駅の方へと向かって行く。この辺りも駅が高架化されて変わったなあ~、その話はもう1枠設けて続けていくことにしましょうか、その時にまたお付き合い願えたらありがたいことです、今回はここまでとしておきましょう。 まちみち