「いっぽ」のつぶやき

健康に福祉にボランティアにと、自分らしい人生を過ごすために、一歩ずつ歩んでいる「いっぽ」のつぶやきです。

和太鼓TAO

2007-07-07 07:11:26 | 感動した話
昨日は、主人と娘と三人で、和太鼓のTAOの公演にいってきました。
実は先月から主人が和太鼓を習い始めたんです。
場所は太鼓の販売や修理もしてくれる「やまびこ太鼓店」で、各年代別に太鼓教室が開かれていて、最初、一般のクラスの見学に行ったんですが、若い人たちが多く、とてもハードでついていけそうにないのでと、シニアのコースに入りました。
女性が多いそうですが、みなさんから歓迎してもらえたみたいで、楽しそうに通っています。
みなさんに追いつこうと、家でも練習し、やっとの思いで覚えたら、3回目で他の方が半年もかかって覚えたところをマスターしたからすごい!と言われ、次の課題をどーんと与えられ、覚えるのが大変みたいです。
今回のTAOの公演では、和太鼓や和楽器の販売を担当されることもあり、授業の一環として観るように、チケットをもらってきました。
TAOの公演は前から観たかったので、私と娘の分も買ってもらい、いっしょに連れていってもらったんです。

会場に着くと、さっそく主人の太鼓仲間のご婦人たちが声をかけてくださいました。
もうすぐ還暦とおっしゃいますが、元気はつらつでとても生き生きされていました。
いっしょにしませんか?と誘われて、やってみたい気持ちもあるんですが、覚えられないんじゃないかな、というのと、手に豆でもできるとフットケアやエステを教えるのに支障がでてしまいますので、我慢です。

席は前から二列目、あまりに近いのでどうなんだろうと、思っていましたが、間近で迫力ある演技をみられてよかったです。
太鼓と言うと、大きな音を立てるばかりかと思っていましたが、演奏の中にも静と動がきちんと表現されているんですね。
一人ひとりの技もすばらしいし、全員で打ち鳴らす太鼓のすごさと躍動感、2時間の間、圧倒されっぱなしでした。
それに男性の引き締まった筋肉と汗、女性のしなやかで力強い腕に魅了されました。
これまではTAO-1とTAO-2で海外演奏組と国内公演組に分かれていたそうですが、7月からの九州公演で合体して演奏を行なっているということでした。

太鼓も素晴らしかったのですが、女性陣が奏でる篠笛の音もとても素敵でした。
染み入るような澄んだ音色でうっとりさせるかと思うと、楽しくリズミカルに飛び跳ねながら吹いたりと、その技術の高さに感服です。
娘は高校生のときフルートを吹いていましたので、吹けるんじゃないかな、と帰りに練習用の安い篠笛を買ってきました。
指の使い方が違うので戸惑っていましたが、ちょっと練習したらできるようになっていました。
私もやってみましたが、穴の上に指がうまくおさまりません。
こちらの方も、私には無理みたいです。
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ウルトラマラソンランナー

2007-06-04 07:28:51 | 感動した話
6月2日、「第18回阿蘇カルデラスーパーマラソン大会」が開催されました。
阿蘇のカルデラの中からスタートし、外輪山を走るもので、100kmと50kmのコースがあります。
その大会を始めて知ったのは、7年前、地雷廃絶を訴え、サハラ砂漠マラソンなどの過酷なレースで走り続けていたクリスムーン氏が参加したときでした。
熊本のボランティア団体がクリスムーン氏を招聘したのですが、その活動に参加したのが、私が地雷廃絶のボランティアを始めるきっかけにもなりました。
彼は地雷で右手、右足を失っていて、義足での参加です。
大雨の中、義足をぐしゅぐしゅといわせながら、13時間あまりかかって完走しました。

100kmを走るなんて、特別な人たちだろうと思っていましたが、応援に行って、あまりにたくさんの人たちが参加しているので、びっくりしました。
そのときは、100kmに500名、50kmに200名の参加で、中高年の方もたくさんいます。
中でも、女性でトップでゴールしたのが、坂本明子さんで私と同世代です。
小さな身体で、100kmを9時間ほどで駆け抜けてきたのです。

なんとすごい人だろうと思っていたら、その後、2003年9月には、なんと246kmを走るギリシャのスパルタスロン大会に参加していました。
その様子をテレビ中継でみましたが、想像以上にハードなコースでした。
阿蘇も坂道がありますが、高い山を越えなくてはいけないので、その高低差は比べ物になりません。
日中は真夏の暑さですが、ちょうど山越えをするときに夜になり、かなり気温が下がります。
途中、足や腰の痛みに加え、胃がけいれんを起こして嘔吐を繰り返し、食べ物を食べることができなくなり、体力を消耗してしまい、ふらふらしながら走っています。
見ている方が辛くなるくらいで、もう止めるだろう、これ以上は無理だろうと思っていたのですが、それでもあきらめずに走り続け、二位に30分ほど差をつけて、29時間07分44秒の新記録でゴールしたのです。

先日、彼女のことをNHKが取り上げ、番組を作っていたのを偶然みました。
スパルタスロンのあと、腰を痛め、走れなくなっていたようです。
腰椎すべり症で腰椎がずれて神経を圧迫しているのですが、身体を酷使したせいでした。
しかし彼女は、それでも走りたい、と治療を続け、今年、復活したんです。
4月の終わりには、熊野路を走る100kmマラソンに参加し、途中、やはり腰の痛みと胃痙攣に悩まされながらも、一位でゴールしていました。
さらに、今年もう一度、スパルタスロンに参加したいと家族に告げていました。
ご主人は、走ることには反対しないけど、なにもそこまでしなくても、と身体のことを心配されていましたが、坂本さんは、まだまだチャレンジしたいから走らせて、と説得されていました。

6月2日のマラソンでは、全部で1138人の参加者があったそうですが、そこでも坂本さんは9時間19分8秒のタイムで、100kmの女子の部で、3年ぶり8回目の優勝を飾っていました。
これから9月のスパルタスロンに向けてさらに過酷な練習が続くのでしょう。
普通だったら、もう53歳だからとあきらめてしまうのでしょうが、夢をかなえたいという彼女の強い思いがそうさせるのでしょうね。
彼女のハードな毎日を考えたら、私ももっと頑張らなくっちゃと改めて思いました。

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人生を決めた一言

2007-05-19 07:02:24 | 感動した話
先日、テレビ番組で普通の男の子が3年間の研修を終え、歌舞伎役者の卵として活躍する様子が放映されていました。
歌舞伎の世界は今も世襲制が続いていて、一般人がその世界に入るのはとても難しいと言われています。
それでも3年に一度だけ、歌舞伎役者養成所の一般募集があり、15歳から23歳までの男子が応募できるそうです。
3年間修行を積んだ後、それぞれ歌舞伎の一門に入って、役者として舞台に立つことになります。
歌舞伎の家に生まれた子どもは、小さいときから親の姿を見たり、指導を受けたりして、自然に身についていくのですが、まったくの素人が3年間でそれに追いつくのは並大抵のことではありません。

今年の春、養成所を卒業して歌舞伎役者の道に入った22歳の男性が紹介されていたんですが、彼が歌舞伎の世界に入ったきっかけがユニークです。
彼は高校で野球選手として活躍していたのですが、たまたま英語の女性教師が応援にきていて、彼が二塁ベースに滑り込んだ姿を見たとき、それが歌舞伎の姿に重なり、とてもきれいに見えたそうです。
それで彼に「歌舞伎を観に行ったら・・」とチケットを渡したところ、彼もまた、なんのことかわからないまま一人で観に行ったそうです。その数日後、先生から養成所の案内書を渡され、それがきっかけで養成所に入ったというのです。

そんな彼が3年間の修行を終えて、4月から中村京純として中村芝雀一門に入ったのですが、最初はなにをどうしていいかわからず、おろおろするばかりです。
そんな中、いきなり5月に大舞台に参加することになりました。若手が大勢で主役と立ち回りを演じるんですが、最後に一人だけ、崖から落ちるときにトンボを切って着地する、という重要な役です。でもこれで失敗したら、次の役はまわってこなくなるかもしれません。
なんども練習し、うまく出来ていたのですが、前日の通し稽古で、はじめて舞台の上でやってみるとうまくいきません。二度もすってんころりんと転んでしまい、三度目にやっと着地できましたが、本番でうまくいくかどうか不安になってしまいました。
師匠も周りも心配顔です。

翌日の舞台初日、先生を招待していたのですが、どんな役をするかは教えていませんでした。
当日、いよいよ幕があき、最後の場面で登場です。
小坊主が大勢でてきて、主役と立ち回りをします。そして、いよいよ最後のトンボを切るシーンです。こちらまで緊張が伝わってきます。
着地でバランスを崩し、尻餅をつきそうになりましたが、なんとか持ちこたえて、無事に終わりました。

芝居が終わって、先生もまさかそんな大役とは知らなかったの大感激でした。
実は、彼は舞台に立つことが決まったあと、先生を誘ってお好み焼きを食べに行っていました。
その席で、「先生は、僕を変な道に進めてしまったと気にしているかもしれませんが、僕はこの世界で生きていきますので、安心してください」と伝えていたのです。
先生の「歌舞伎を観たら?」という一言がなかったら、今の彼はいません。
人の一生とは、ほんとうにわからないものですね。

ちょうど主人が今月の観音寺寺報にも、そんなことを書いています。
人には運、不運というのがありますが、それって決まっているのでしょうか?
生まれたときから持っている運というのもありますが、この世に生を受けた後でも、私たちが一生懸命努力していれば、それを見守っている仏さまや守護霊さまが、周りの人を介して運を運んできてくれるというのです。
彼が歌舞伎の道に進むきっかけを作ってくれた先生は、まさにその運を運んできてくれた人だったんでしょうね。
運を逃さないように、人の言葉、忠告はきちんと聞くようにしないといけませんね。



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ハチドリのクリキンディ

2007-04-22 07:42:12 | 感動した話
先日、「いま、私にできること」と題して、環境運動家の辻信一氏の記事が熊日新聞に掲載されていました。
先月、ブータンを訪れたそうですが、それが「GNHツアー」と銘打ったものだったそうです。
GNHとは何か。それはブータンの国王がつくった言葉で、GNP(国民総生産)をもじってGNH(国民総幸福)ということです。
「GNHの方が、GNPより大事だ」という国王。経済成長より国民のH(ハピネス)幸福を重んじるものです。
実際にブータンの村々を訪ねると、豊かな生態系、自給型農業、コミュニティの助け合い、伝統文化、スローライフが健在で、人々の幸福度、満足度はかなり高そうということで、何より子どもたちの輝く瞳が印象的だったそうです。

それに引き換え、物質的には高水準を保っている日本ですが、食糧自給率はわずが1%。エネルギーや水、ゴミ問題など、満足な生活には程遠いものです。子どもたちを取り巻く環境も、子どもたちが安心して暮らせる環境とはいいがたいですしね。
そして、地球温暖化による環境破壊。経済発展を目指し続け、自分たちの生きる基盤そのものを壊してしまっては何にもなりません。
美しい山河や農業、伝統的な技術や歴史的な町並みが押し流され、幸せを構成するはずの楽しさや美しさ、安らぎやおいしさが犠牲になっていると書かれています。
豊かな生活を追及していった結果が、地球や人の心が貧しくなってはなんにもなりません。
次回は「私に出来ることをしている」人々を紹介されるそうなので、楽しみです。
自分自身が出来ることは何か、そのヒントとして、南アメリカの先住民に伝わるハチドリの話を紹介してありました。
このお話は以前に、国際交流会館で学生さんが開いているフェアトレードのお店「ハチドリ」の由来として、聞いたことがあります。

 森が燃えていました
 森の生きものたちは
 われ先にと逃げていきました
 でもクリキンディという名のハチドリだけは
 いったりきたり
 くちばしで水のしずくを一滴ずつ運んでは
 火の上に落としていきます
 動物たちはそれを見て
 「そんなことをしていったい何になるんだ」といって笑います
 クリキンディはこう答えました
 「私は、私にできることをしているだけ」

「小さな一歩の会」活動もまさにこの精神です。
いろんなことに、みんながこんな気持ちで取り組んだら、世界は平和で住みよいところになるでしょうね。
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双子の姉妹

2007-04-04 06:47:46 | 感動した話
テレビ番組で、アメリカの双子の姉妹が紹介されていました。
16歳のかわいい女の子で、元気に高校に通っています。
でもその姿に驚きを隠せませんでした。
なんと首から上は普通の顔なのに、身体は一つなのです。
これまでシャム双生児といわれる身体の一部がくっついている子は何度か見たことがあります。ベトナムのベトちゃん、ドクちゃんのように身体の切り離しに成功した例もありました。
でも彼女たちのように身体がまったく一つなのは始めてみました。
身体の中の心臓や肺や胃はそれぞれにあるのだそうですが、小腸、大腸などは共有していて、見た目には一つの身体に頭だけ二つ付いているように見えます。

自分の側にある手足をだけをコントロールし、相手側の手足の認識はないというのですが、走ったり、ピアノを弾いたり、パソコンを入力したりと、普通にやってます。
16歳になったので、車の免許も取得していました。
でも好きなものや考え方はそれぞれで、洋服選びも一日ごとに交替で好きな服をえらぶのだそうです。
学校の勉強でも、二人別々に試験を受け、成績も違うというのです。
何から何まで驚くばかりです。

両親は生まれてきたこの子達をみたとき、切り離しとかはせず、普通に育てようと思ったそうで、現にそのとおりに育てています。
二人とも明るくて、将来の夢をもち、生き生きとしています。
自分の外見にコンプレックスを持ったり、ちょっと悪口を言われただけで落ち込んでしまう人が多い中、なんと強く生きているのでしょう。
みんなそれぞれこの世に生を受けたのには、それなりの意味があると思います。
その命をそまつにすることなく、彼女たちのように自信をもって生きて欲しいですね。
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人間の可能性

2007-03-16 23:29:18 | 感動した話
昨日のアンビリーバボーで父と息子の話が紹介されていました。
息子は生まれるときにへその緒を首に巻きつけていたため、脳に障害を起こし、体も全身硬直した状態でした。
医師からは、一生治る見込みはないし、脳の機能も期待できないので目も見えず耳も聞こえないかもしれない、と告げられました。
それでも両親は子どもの可能性を信じて、わずかな動きも見逃さず、コミュニケーションをとろうと努力しました。
そして高校へ入る年令に達したとき、ほんの少しだけ動く頭を使って、パソコンで会話できるようになり、猛勉強をして高校への進学も果たしました。
さらに努力を重ね、大学にまで進学しましたが、相変わらず体は動かないままで、自分に何ができるのだろうと悩む日々でした。
そんなとき、チャリティーマラソンのことを知り、自分も誰かの役に立ちたいので、マラソンに参加したい、と息子は父親に告げました。
それを聞いた父親はすぐにトレーニングを始めて、息子の車椅子を押して走り、8kmをやっとの思いでゴールすることができました。
すると、息子はすごく喜んで、次はフルマラソンに参加したいと言い出し、父親はその夢を叶えるために努力し、完走したのです。
それから父と息子は、つぎつぎにマラソンに参加するようになり、その記録を伸ばしていき、ついには普通に走っても出せないような2時間43分という驚異的な記録を作りだしました。
それが評価され、父親にトライアスロンへの参加が認められたのですが、息子は泳げないし、親子でなければ参加する意味がない、と父親は断りました。
すると、息子が「僕もトライアスロンに出てみたい」と言ったのです。
そのとき父親はまったく泳げなかったんですが、それから猛特訓をして、5年後、息子を乗せたボートを引いて4kmを泳ぎ、前に息子を乗せられるように改良した自転車で走り、最後にフルマラソンを車椅子を押しながら、ついに完走したのです。
父親は、最初は普通のお父さんでしたが、息子と走るために体を鍛え、筋肉隆々の体になり、本来なら早死にしたであろう体が健康になることができたのです。
息子の夢をかなえたいという一途な思いが、父親をここまでさせるなんて・・・
息子が何かに挑戦するとき、いつもパソコンに書き込む《CAN》という言葉、それを現実にする人間の可能性って、ほんとにすごいですね。
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世界最高齢

2007-02-20 23:24:46 | 感動した話
世界最高齢になった福岡県の114歳の皆川ヨ子(よね)さんの記事がありました。
1893年(明治26年)1月4日生まれだそうです。
私の祖母も明治生まれで93歳まで生きていましたが、その祖母よりさらに年上です。
家族の話では、とにかくじっとしていない人で、きれい好きでしょっちゅう家の掃除や畑の草むしりをしていて、かなり高齢になるまで急な斜面の果樹園の手伝いをしていたそうです。
昔の人は、なにをするにも自分の体を使ってしなくてはいけなかったので、鍛え方が違いますよね。
車もなく、水道もなく、ガスもなく、洗濯機もなく、すべて手作業で行なっていたわけですから、今の生活からは信じられません。

私の祖母も働き者で、小さいときに泊まりにいって、一緒の布団に寝るんですが、祖母が寝ている姿を見たことがありません。
農業のかたわら、雑貨屋もしていて、朝早くから畑に行き、川で洗濯をし、薪でご飯を炊いたり、井戸で水を汲んでお風呂を沸かしたりと、本当によく働いていました。だから、亡くなる直前まで、寝込むということはありませんでした。
祖父は、お店番の傍ら、ちびちびお酒を飲んでいて、あまり動かなかった所為でしょうか、60代で亡くなってしまいましたけどね。

皆川さんは、特別養護老人ホームで過ごしているそうですが、自分で車椅子を動かすし、食事も人から食べさせられることを嫌がるほど自立心旺盛で、みんなからおめでとう!と言われると、「ありがと、サンキュー」と返すユーモアも持ち合わせているそうです。もっともっと長生きされることでしょうね。
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