「医療先進国」のはずの日本、なぜ遅れる国産ワクチン開発…技術育てず「蓄積」なし
新型コロナウイルスの感染拡大が第4波の様相を呈し、医療者以外のワクチン接種も遅々として進まない中、こんな疑問を抱く人は少なくないだろう。「医療先進国のはずの日本で、なぜ国産ワクチンの開発が遅れているのか」。欧米など海外の開発に大きく後れをとった背景と課題を検証し、わが国がこれから取り組むべき方策を考えてみたい。
未知の感染症への備えは安全保障
欧米では、中国での流行が始まって1年弱という驚異的なスピードでワクチンの実用化に成功した。一方、国内では主に5社が開発に取り組み、うち4社が臨床試験中だが、年内に供給できる見通しは立っていない。
昨年5月、政府はワクチンの研究開発や生産体制整備に約2000億円の補正予算を組んだ。一方、米国は同月、1兆円以上を計上した。予算規模の差が影響した面はあるにしても、では、日本でも1兆円の支援があれば開発できたかというと、答えはノーだろう。平時の研究開発の「蓄積」の差が大き過ぎるからだ。
わが国では1970年代以降、相次ぐ予防接種禍の集団訴訟で国が敗訴し、ワクチン政策に及び腰になった。
だが、本来、未知の感染症から国民を守るワクチンの開発技術を育てておくことは国の責務だ。その機会が近年あったとすれば、2009~10年の新型インフルエンザの世界的流行に違いない。日本でも推計約2000万人が感染し、200人余が死亡した。
流行がほぼ終息した10年6月、政府の有識者会議は報告書で、「国家の安全保障という観点から」としたうえで、ワクチン製造業者の支援や開発の推進、生産体制の強化を提言した。
提言生かせず
しかし、政府はこの提言を生かせなかった。

厚生労働省は提言前の09年春、約1000億円の補助金を拠出して、国内企業3社に新型インフルエンザワクチンの生産工場を整備させた。結局、感染の流行が終息し、製造はされなかったが、企業は有事に対応できるよう、使わない設備も維持し続けなければならない。毎年、億単位かかる維持管理費に国の財政支援はなく、企業の負担だ。
14年には国内企業が、遺伝子組み換え技術によるインフルエンザワクチンを、厚労省所管の「医薬品医療機器総合機構」に承認申請した。鶏卵で培養する従来型ワクチンより製造効率や有効性が高く、米国ではすでに承認されて使われていた。だが、同機構は承認に難色を示し、メーカーは17年、申請を取り下げた。
ところが昨年1月、新型コロナウイルスは、鶏卵を使う従来型技術ではワクチン開発が難しいことが判明。新しい開発技術を育てていない日本では、迅速な対応は不可能だった。
予算もカット
一方、米政府は国家安全保障の観点から、新たな感染症に備えて治療薬やワクチンの研究開発を平時から支援してきた。
米バイオ企業のモデルナは、13年に国防総省から約27億円、16年に保健社会福祉省から約135億円の支援を受け、実用化の例がなかったmRNAワクチンの技術開発を続けた。昨年1月に新型コロナワクチンの開発に着手し、早くも翌2月に完成させることができたのは、こうした蓄積があったからだ。
日本でも、国立研究開発法人の医薬基盤・健康・栄養研究所がmRNAワクチンの開発を進めてはいた。しかし、感染症対策におけるワクチン臨床試験の予算がカットされ、18年に計画が凍結された。
日本ワクチン学会理事長の岡田賢司・福岡看護大教授は、こう指摘する。
「わが国のワクチン行政は長い間、厚労省所管の『健康部門の施策』にすぎなかった。しかし今回のコロナ禍で、日本も学んだはずだ。ワクチン開発は、産官学の力を結集して取り組むべき、重要な国家の危機管理である、と」