特殊清掃「戦う男たち」

自殺・孤独死・事故死・殺人・焼死・溺死・ 飛び込み・・・遺体処置から特殊清掃・撤去・遺品処理・整理まで施行する男たち

冬の花(後編)

2007-03-04 10:21:25 | Weblog
最大の敵・真の敵は、人間の腐敗脂。
目の前の基礎コンクリート床には、2㎡ くらいの腐敗脂痕がクッキリ浮き出ていた。
本当に大変なのは、実はコレ!なのだ。

極端に腐乱現場を忌み嫌う依頼者は、絶対に現場を見に来るはずがない。
しかし、床の状態を見てもらう必要はある。
私は、依頼者に見せるためにその模様をデジカメに撮り、それから依頼者のオフィスに向かった。
過日と同じようなミスをしないよう、自分が「ウ○コ男」であることを意識して。

「外の空気が吸いたいから」
と言う理由で、今度は私の方から依頼者を外へ誘った。
依頼者は、どことなく安心した表情でイソイソと出て来た。
もちろん、今回も私が風下に立ったのは言うまでもない。

私は、デジカメの画像を見せながら、状況を詳しく説明。
依頼者は、私が渡したデジカメを遠くに持って目をしかめた。
画面的には、普通のコンクリートの一部が単に濡れたように見えるだけ。
なのに、その正体が人間の脂だと知らされているものだから、気持ち悪くて仕方ないのだろう。
一般の人にとっては当然と言えば当然の感覚かもね。

コンクリートに浸みついた脂を除去するのは至難の技。
素人はもちろん、清掃のプロでも誰もができることではない。
でも、私にはできるのだ(ちょっと自慢)。
その具体的なやり方を披露したところで話が面白くなる訳でもないので、ここでは省略しておこう(実は、マル秘だったりしてね)。

我々は、今後の作業についての打ち合わせを進めたながら世間話。
「ところで、もともとの片付け・清掃は誰がやったんですか?」
「亡くなった本人の友達です」
「え!?友達ですか?」
「ええ、古い友達らしいです・・・若い人達が何人か来てました」
「へぇ~!」
私は、素直に感心した。

他の現場でも、色々な事情から自分達で何とかする人達はいる。
でも、そのほとんどは家族・親戚。
今回のように、友達が片付け・清掃を行うのは珍しいケースだった。

私は仕事だから(金がもらえるから)やってるけど、身内でも何でもない友達が腐乱現場の片付けを奉仕でやるなんて、
「人間も、まだ捨てたもんじゃないかもな」
と、ちょっと嬉しかった。

腐敗脂と 戦う日。
私は、万全の装備を引っ下げて挑んだ。
「時間の余裕はある」
「落ち着いてジックリやろう」
私は、手の届く範囲に薬剤・器材を揃えて、腐敗脂の除去作業を始めた。

床に広がる腐敗脂は、既に私にとって故人ではなくなっていた。
だから、私の精神はいたって冷静、ただひたすら作業に集中するだけだった。

コンコン!
しばらくすると、玄関ドアをノックする音がした。
気のせいかと思っていたら、再度ノック音。
その部屋に訪問してくる人はいるはずがなかったので、私は怪訝に思いながら玄関を開けた。
すると、ドアの前には、花束を持った若い女性が立っていた。

女性は、私に深々と頭を下げてから尋いてきた。
「中を見たいんですけど、いいですか?」

中途半端なところで作業を中断させられたら困るので、
「作業が終わるまで待っていただけませんか?」
と、私は冷たく断わ・・・れなかった。
別に、女性に弱いわけではないし優しいわけでもない。
ただ、気が弱いだけ。

「失礼します」
女性は意味もなく足音を忍ばせながら、ゆっくりと部屋に入って来た。
そして、コンクリ床のシミを見て、
「これは?」
と尋いてきた。

私は、説明に困った。
正確に説明すると、
「人間が腐り解ける過程で溶け出した脂です」
となる。
でも、そのままじゃグロ過ぎて素人の女性は聞くに耐えないはず。
何とかソフトな表現ができないものかと思案したが、私が持つ限られた語彙からは、なかなかいい言葉が見つけられなかった。

私が返答に困って黙っていると、先に何かを察知した女性が一言。
「まさか、○○の?・・・」(意味:故人の身体の一部?)
私が黙って頷くと、女性はうずくまって泣き始めた。

「弱ったなぁ・・・こういう時は、一人にしてあげた方がいいのかな・・・」

私は、懲りない想像を始めた。
「一体、この女性は誰だろう」
「部屋の掃除をした友達の一人っぽいな」
「故人の恋人?・・・だったら腐乱する前に気づいてもいいよな」
「だったら元恋人?・・・イヤ、遠距離恋愛?片思い?」

一人でシクシク泣く女性を前に、私は、自分が部屋にいる必要性がないことに気がついて、ソッと部屋を出た。
そして、ビルの谷間の四角い空を見上げて深呼吸した。

少しすると、泣き顔の女性がでてきた。
「スイマセンでした」
「いえ・・・」
「どうか、(脂を)きれいにしてあげて下さい」
「できるかぎり、頑張ります」
「よろしくお願いします」
女性は、私に深々と頭を下げて去って行った。

私は、女性の想いを受け取って再び部屋の中に入った。
女性が置いて行ったのだろう、脂シミの上には花束があった。

作業は長期戦になったが、薬剤の空瓶に活けた花は、私を支えてくれるかのようにずっと咲いていた。

きれいに咲く花とその下の元人間が描き出す生死のコントラストに、私は冬の花を見るような気がした。





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