特殊清掃「戦う男たち」

自殺・孤独死・事故死・殺人・焼死・溺死・ 飛び込み・・・遺体処置から特殊清掃・撤去・遺品処理・整理まで施行する男たち

秘宝(前編)

2007-03-12 09:21:34 | Weblog
「身内が、人に言えない死に方をしまして・・・」
ある女性から、そんな電話が入った。
トーンの低い声と喋りにくそうな口調から、女性の精神状態が低迷していることが伝わってきた。

どんな死に方か直ぐに察しがついた私は、死因を尋ねるような野暮なマネはしなかった。
そして、こういうときは、動揺をみせずに淡々と受け応えした方が依頼者も気が楽なのではないかと考えているので、あえて明るい声で事務的に応対した。

現場の状況はこうだった。
部屋は古い公営団地の一室、故人は布団に横たわって最期を迎えた。
女性は、警察から現場の状況を聞かされただけで、それ以上の詳しいことは分からない。
自分で確認したい気持ちがありながらも、恐くて現場に行くことができない。

どちらにしろ、私は現場に行かなければ仕事にならない。
女性の都合と私の都合を調整して、見積見分の日時を約束した。

約束の時間を守ることも大事な礼儀。
私は、いつものように約束の時間より早く現場に到着した。
そして、それに少し遅れて女性が現れた。

その姿だけでは、依頼者の女性かどうか分からない。
いきなり声を掛けるのも変なので、車の中からしばらく様子を見ていた。

女性は、出入口にある集合ポストに近づいてポストに手を伸ばした。
そして、現場となった部屋のポストから郵便物を回収し始めた。
それから、落ち着かない様子で辺りをキョロキョロ。
その動きを見て「依頼者の女性だ」と確信した私は、車を降り静かに声を掛けた。

「○○さんですか?」
「ハイ・・・」
声を掛けた女性は、やはり依頼者だった。
電話の声から想像していたより、若い感じの女性だった。

「この度は・・・どうも」
と簡単に挨拶。
本当は、「御愁傷様です」と言おうとしたのだが、女性の気持ちを余計に暗くしてしまいそうだったので、その決まり文句は喉元でUターンさせた。

「本当に来て下さったんですね・・・来てもらえないんじゃないかと心配してたんです」
そう言って、女性は目を潤ませながら私に一礼した。

女性は故人の娘、つまり故人は女性の父親だった。
特段に親子仲が悪いわけでもなかったが、親しい付き合いもなかったとのこと。
「親密な疎遠関係」「疎遠な親密関係」、今の社会にありがちな親子関係だ。

女性は、部屋に入って、貴重品や形見・とっておきたいものを選びたい。
しかし、遺体(父親)が発見されてから手つかずのままになっている部屋に入るのは、どうしても抵抗があるとのことだった。

「とりあえず見て来て、状況をお伝えしますよ」
私は部屋の鍵を預かり、とりあえず一人で部屋に向かった。

まず、玄関ドアの前でクンクン。
「ここまでは臭ってきてないな」
次に、ドアの隙間をマジマジ。
「ここまではウジも来てないな」
そして、鍵穴にキーを差込み回した。
鉄製の扉は、軽くはない。
特に、こんな現場では余計に重く感じるもの。

ゆっくり扉を開けて中に入った私の目にはウジ・ハエが、鼻には強烈な悪臭が飛び込んで・・・くることを覚悟していたのに、実際の部屋にはウジ・ハエの姿も少なく、臭いらしい臭いもなかった。
いい意味で拍子抜けした私だった。

「あれ~?調子が狂うなぁ」
ゴミが散らかる部屋の窓際に、故人がいたと思われる布団はあった。
その布団は、多少の汚れがあったものの汚腐団にはなってなく、普通の布団に見えた。
「表が普通ということは、中がイッちゃってるのかな?」
私は、掛布団の端をつまんでゆっくり持ち上げた。

「ん゛ー」
布団の中には得体の知れない汚れがあり、微妙な臭いがあった。
「腐敗はたいして進んでなかったな・・・どうやって自殺したんだろう」
少々怪訝に思いながらも、作業を想定する私は汚染の軽いこの状況を歓迎した。

一通りの観察を終えた私は、外で待つ女性のもとに戻った。
そして、現場の状況・必要な作業内容と費用を伝えた。
女性は、怯えたような表情で私の話を真剣に聞いていた。

「今日中に部屋に入れるようにできますよ」
そう伝えると、女性は急に泣きだした。
予想してなかったその反応に、私はすぐに次の言葉がでてこなかった。

聞くところによると、父親が死んで発見されただけでもショックだったのに、残された部屋をどうすればよいのか、片付けを頼むあてもなく、不安で不安で眠れない日々を過ごしてきたらしい。
そして、当日も、私がバックレて来ないんじゃないか、仮に来たとしても現場を見たら断ってくるんじゃないかと心配が尽きなかったらしい。

「心配御無用、私に片付けられない現場はありませんよ」
自分の頭と心はいつまでも片付けられないくせに、涙の女性に頼られるのが嬉しくて強気な発言をする私だった。

つづく






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