特殊清掃「戦う男たち」

自殺・孤独死・事故死・殺人・焼死・溺死・ 飛び込み・・・遺体処置から特殊清掃・撤去・遺品処理・整理まで施行する男たち

悪癖

2021-03-08 08:36:33 | 孤独死 遺品整理
「今年いっぱいはダメだろうな・・・」
首都圏の緊急事態宣言が再延長された中での個人的な感想。
事実、待望のワクチン接種が医療従事者からスタートしてはいるけど、「この社会が今年中に集団免疫を獲得するのは難しい」という見方が主流らしい。
私のような基礎疾患のない中年男に回ってくるのは、早くても夏~秋頃になるのだろうし、ほとんどの国民が摂取し終わるのはもっと先。
一人二回の摂取が必要となると、それはもう年内で済む話ではない。

そんな状況にあっても、流れるニュース映像からは、顕著に人出が抑えられているような光景は見受けられない。
インタビューを受ける市民も「思ってたより人が多い」「人手は減っていない」等と、批判めいたコメントをしているけど、そういう自分だって不要不急で街に繰り出している一人なわけで、まさに本末転倒。
結局のところ、他人事か・・・
「自分一人くらいならいいだろう」「自分一人が自粛したところで何も変わらない」という甘えた考えが、コロナで窒息しかけている人々の首を更に絞めているのではないかと思う。

信念なく迷走してばかりの政府、国民目線をうたった猿芝居に没頭する与党、重箱の隅をつつくような批判しかできない野党、そして、他人事のような振る舞いをやめない一部の市民・・・
今夏には第四波も予想されているし、こんなんじゃダメなんだろうけど・・・
・・・「下々の者は、黙って税金だけ納めてろ!」ってことか。
何はともあれ、対策は確実に進めていかなければならない。
例えそのスピードが遅くても、国は確保できるだけのワクチンを買い、配れるだけ配り、打てるだけ打っていくしかない。
そして、我々は、それにできるだけ協力していくしかない。

当初、私は、今回のワクチンについては、突貫製造感が否めず、いささか懐疑的で、
「俺の番が回ってきても、やめておこうかな・・・」
と思っていた。
しかし、ワクチンにもいろいろなタイプがあり、今現在 摂取されているF社のものは安全性が高いこと等、色々な情報が重なっていくうちに、摂取を受ける方向に考えが変わってきた。
正直なところ、中国製やロシア製は受けたくないけど、それらは日本で認可される見込みはないそうだから、それらが勝手に注入される恐れはないし、今のところ、自分の番がきたら受けようと思っている。
それが、自分のため、周囲のため、社会のためになりそうだから。

しかし、ワクチンを打つと、一気に気が緩みそう。
私の場合、特に、何を我慢してきたということはないのだけど、世間の雰囲気に押されて不要不急の外出をしたくなるかもしれない。
多くの人も同様。
それまで、自粛自制で色んなことを抑えてきたし、多くのことが抑え込まれてきたわけで、その反動を考えると諸手を挙げて喜ぶわけにもいかない。
これで「Go to」でも再開されようものなら、たまった鬱憤が大爆発するかも。
一人のときは小さくなっていても、徒党を組んだ途端に気分が大きくなる。
人間が塊になると個人の理性は呑みこまれ、集団心理によって過激な行動に走る。
これが人間の悪い癖。
それで経済が活性化するのは大いに結構なことだけど、人々がはじけ過ぎて、変な事件や事故が起こらないともかぎらない。
高い道徳心をもって社会秩序を守りつつ、コロナ明けの生活を楽しみたいものである。



出向いた現場は公営団地。
古い団地で、建物の老朽化も顕著。
自治会がキチンと機能していないのか、住人のモラルが低いのか、周囲にはゴミやガラクタが散乱。
人の気配も少なく、実際はそんなことないはずなのに、どことなく治安の悪そうな雰囲気。
「ここは日本か?」と思わせるような、まるで発展途上国のダウンタウンを思わせるようなエリアだった。

訪れたのはその一室。
出迎えてくれたのは、私より年上に見える中年の男性。
ボサボサの白髪頭に無精ヒゲ。
身なりは、毛玉が目立つボテボテのスウェット姿。
失礼ながら、かなり冴えない風貌。
中へあがると、室内には独特の生活異臭。
それにも増して気になったのは、男性が放つ酒臭。
二日酔なのかどうか、昼前だというのに酒のニオイがプンプンしていた。

男性は、外見だけで判断すると、いい印象を持てない人物。
もっと言うと、不気味で、やや恐い感じ。
しかし、実際は、それに反して人柄は社交的で愛想も悪くない。
馴れ馴れしい口のきき方が気に障らなくもなかったけど、極端に横柄でもなく、まぁ許容できるレベル。
そんな男性は、訊きもしないうちから、一緒に暮らしていた母親が急に倒れたこと、救急車が到着したときは心肺が停止していたこと、運ばれた病院で死亡が確認されたこと等を事細かく説明。
そして、その後、警察の取り調べを受けたことに至っては、自慢話でもするかのように多弁に語ってきた。

母親の死因は、老衰による心臓発作。
しかし、密室で人が死んだわけで、他殺の可能性をつぶしておくことも警察の仕事。
で、一緒に暮らしていた男性は警察の取り調べを受けたよう。
「“念のため”って言われたんだけど、まったくヒドいよなぁ・・・俺を疑うなんてなぉ・・・」
目の前にいる男性が、舞台役者級のよくできた“殺人犯”に見える風貌なものだから、私は、内心で笑いながら、男性の話に耳を傾けた。

そんな男性について気になることは他にもあった。
それは、酒とタバコ。
業者とはいえ、外から客(私)が来ているというのに、タバコを吸い始めたかと思うと、次は冷蔵庫から安い缶チューハイを出してきて飲み始めた。
今の時勢、人前でタバコを吹かすだけでもマナー違反なのに、酒まで飲むなんて、一般的な良識をもった人なら、そんなことはしない・・・できないはず。
しかし、癖なのか中毒なのか、男性は、私に断りを入れるわけでもなく、お茶を出すわけでもなく、一人でスパスパ・グビグビ。
タバコ嫌いの私は、好き放題にやる男性に呆れるとともに、あからさまに顔をしかめた。

男性は、常識のない人間、礼儀をわきまえない人間。
露骨な私のシカメっ面もどこ吹く風で、神経の図太さは人並以上。
一方、私も、子供ではない。
それまでにも、たくさん“イヤな奴”に遭ってきた。
それに比べれば、男性の無礼悪態は可愛いモノ。
また、一応“お客さん候補”でもあるし、私は、男性の粗暴は気にせず、“なかなかお目にかかれない珍キャラに会えた”と思って割り切ることにした。

そんな男性が依頼してきた内容は特殊清掃の見積書作成。
しかし、故人(母親)は、倒れた直後に搬送されているため、汚れも異臭もなし。
誰がどう見ても、特掃の必要はなく、私の出る幕はない状況。
「特に汚れもニオイもありませんね・・・」
「やろうと思えば自分でもできると思うんですけど・・・」
と、私が、商売抜きの善意でそのことを伝えても、
「どういう菌が残ってるかわかんないからねぇ・・・」
「専門の人にちゃんと掃除してもらわないと気持ち悪いんだよね」
と、男性は執拗に食い下がった。

しかし、現場は、それ以前の問題。
建物自体が古いせいもあって、内装・建具もボロボロ、全体的に薄汚れている。
また、普段からの掃除もキチンとできておらず、生活汚損は顕著。
生活臭もキツく、部屋の空気さえ汚れているように感じるくらい。
家財生活用品も所狭しと雑然放置されており、故人(母親)が倒れていた場所はおろか、それに関係なく、あちこちが不衛生な状態。
そんな部屋に暮らす男性が潔癖症でないことは一目瞭然で、特掃を強く要求する目的が読めなかった。

また、住まいや格好で人を判断するのは軽率かもしれないけど、男性が裕福でないのは明らか。
仕事は、個人事業で何かをやっているらしかったが、事実上は、日雇生活と無職生活を繰り返しながらの暮らしのよう。
つまり、生活を支えていたのは、“母親のスネ”だったわけで、そうなると、見積金額は少しでも安い方がいいはず。
しかし、
「フツーの掃除じゃないから料金が高くなるのは仕方がないよ」
と、これまた妙なことを言う。
商売だから、業者が売り込むのは当然としても、客側が無駄金を遣おうとするなんて、その意味が解せなかった私は、妙な気持ち悪さを覚えた。

当初は怪訝に思った私だったが、話を進めていくうち、直感的に、あることに気づいた。
そもそも、男性は、私に作業を依頼するつもりはない。
目的は、私に見積書を提出させることだけ。
どうも、家屋保険なのか親族からの弔慰金なのか、何なのかわからないけど、それで、いくらかの金をせしめようとしているよう。
話の中で見え隠れしていた男性の魂胆が、話が進むにしたがってハッキリと見えてきた。

“こりゃ、仕事にならんな・・・”
そう判断した私は、男性を“お客さん候補”から“迷惑な輩”に格下げ。
スパスパ・グビグビとやりながら途切れなく続く男性の話をテキトーに聞き流した。
そして、早々に切り上げるべく、話が切れるタイミングを待った。
が、飲み続ける酒に酔いが回ってきた男性は、ますます饒舌に。
“愛想よく話を聴くのも仕事のうち”と、肯定的に相槌をうつ私に気を良くしたのだろう、なかなか話をやめようとしない。
「会社を経営していた」「高級外車に乗っていた」等と、次から次へと大口を叩いた。
しかし、どれもこれもウソかホントかわからない、仮に事実であっても今に至っては寂しいだけの どうでもいい話。
そんなくだらない自慢話は、“耳障り”を越えて気の毒に思えるくらいだった。

“まったく時間の無駄だな・・・”
しばらくは我慢していたものの、虚しい話に耐えられなくなった私。
「次がありますから、これで失礼します!」
と、男性の話を一方的に断ち切って腰を上げ、足早に玄関に向かった。
そして、変なところで責任が回ってきても厄介なので、
「必要のないものに見積はつくれませんので・・・スイマセン」
と言い、身に積もったホコリを振り払うように、そそくさと現場を後にした。


無駄な時間を浪費させられた私は、不愉快ついでに男性の行く末を想像した。
安定した収入もなく、定職に就ける見込みもなさそう。
おまけに、所かまわずタバコを吸う癖、時をわきまえず酒を飲む癖、そして、楽して金を稼ごうとする癖がある。
身体を壊すことになるのか、犯罪をおかすことになるのか、生活保護を申請することになるのか・・・
どう考えても、男性の人生に明るい展望はひらけなかった。
そして、それが、自業自得だとも思った。

ただ、男性だって、本当は怠けたいわけじゃないのかもしれない。
安定した職に就いてマトモに働きたいのかもしれない。
労苦があっても、そうやって清々しく生きていきたいのかもしれない。
しかし、世間は、その暮らしぶりだけをみて、「怠け者」のレッテルを貼る。
風貌だけをみて「放蕩者」のレッテルを貼る。
粗暴な振る舞いだけをみて「野蛮人」のレッテルを貼る。
それが意図せずして、光の届かない社会の隅へ追いやる。
そういう私も、想像の中で、男性の人生を暗い方向へ追いやった。
そして、得もいわれぬ優越感のようなもの・・・社会という表舞台では味わうことができない勝ち組のような気分を貪ったのだった。


自分の弱さを他人の失敗で紛らわそうとする・・・
自分の愚かさを他人の愚行で隠そうとする・・・
自分の悪性を他人の悪事でごまかそうとする・・・
そして、自分の心のあり方の誤りを他人の不幸で消し去ろうとする。
そういう心のしくじりが、自分の人生に暗い影を落としていることにも気づかす、いつまでもそうやって生きている。

「そんな人間は、俺だけじゃないさ・・・」
今も尚、私は、そういう悪い癖を直せないでいるのである。


特殊清掃についてのお問い合わせは
0120-74-4949

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