特殊清掃「戦う男たち」

自殺・孤独死・事故死・殺人・焼死・溺死・ 飛び込み・・・遺体処置から特殊清掃・撤去・遺品処理・整理まで施行する男たち

各室の確執

2009-06-21 07:55:43 | Weblog
近所付き合いにおいて、人間関係を円滑・円満に保つのは難しい。
アパート・団地・マンションetc、他人との距離が近い住宅では尚更。
私は、仕事柄、あちこちのお宅にお邪魔する訳だが、現場でそれを感じることが多い。

一般的な団地や分譲マンションでは、自治会や管理組合を組織されているところが多い。
それは、政府のような位置づけで、一定の権能を持つ。
同時に、警察のような機能もあり、些細なことにも目を光らせる。
結果、共通のルールのもと、住民間のトラブルは未然に防げる仕組みになっており、平穏な生活が守られるようになっている(実際は、それでも色々起こるようだけど)。
しかし、一般的なアパートには、自治会もなければ管理組合もない。
不動産管理会社はハードを管理するだけで、住民の生活スタイルまでは管理しない。
基本的には、住民の自由。
そして、この〝自由〟が、問題の種になることがある・・・


「一人暮らしをしていた身内が亡くなりまして・・・」
電話をかけてきたのは、〝遺族〟を名乗る男性。
ネタがネタだけに、〝元気がよく〟という訳にはいかないが、それにしても、その声はやけに暗く沈んだものだった。

「亡くなってから、しばらく経ってまして・・・」
男性は、何とも後ろめたそう。
故人の死を悲しむ気持ちの上に、それに気づかずにしばらく放置してしまったことの罪悪感がのしかかっているようだった。

「近所の人が、ニオイで迷惑してるようなんです・・・」
男性は、一度、現場に行ったよう。
どうも、そこで近隣住民の苦情を浴びたみたいだった。

「頭がうまく働かなくて・・・」
男性は、何をどう話せばいいのか、何をどうすればいいのかわからない様子。
〝凝った話をしても、男性の頭は混乱するだけ〟と判断した私は、男性への質問を必要最低限の事柄に抑えて、現地調査の段取りを組んだ。


「ここか・・・」
現場は、下に二世帯・上に二世帯、計四世帯の木造アパート。
建物に近づいただけで、私の鼻は腐乱臭を感知。
私は、中が相当なことになっていることを覚悟しながら、部屋に近づいた。

「結構、きてるな・・・」
玄関の前に立つと、悪臭は一段と濃厚に。
窓には、潤沢な食料を獲て丸々太ったハエが、縦横無尽に這い回っていた。

「・・・行くか・・・」
ニオイを嗅いでハエを眺めているだけでは、仕事にはならず。
私は、マスクと手袋を装着して、静かに玄関を開けた。

「クァ~ッ!」
ドアを開けた途端、充満していた悪臭とハエが一気に噴出。
私は、悪臭パンチとハエ弾丸を一通りやり過ごした後、中に足を踏み入れた。

「〝しばらく・・・〟ったって、二~三ヶ月は経ってそうだな・・・」
汚染痕は、布団を中心に残留。
ドロドロ・ベタベタの状態を通り越して、ガビガビに乾いた状態。
更に、その周囲には、粉状になった皮が、砂を撒いたように拡散していた。

「これじゃ、ほとんど白骨化してただろうな・・・」
髪・骨・歯・爪などを残し、肉のほとんどはウジと布団と畳が分け合ったものと思われ・・・
警察の遺体搬出作業が、実際は、拾骨作業になったことが連想された。

「それにしても、なんでこんなになるまで?」
部屋は、隙間だらけの古い木造。
〝周囲に悪臭が漂う〟とか〝窓にハエがたかる〟とか、もっと早い段階から異変が見受けられたはず。
それなのに、発見が遅れたことを怪訝に思った。

「うぁ!クサいっ!」
私が室内にいたのは、ほんの数分。
しかし、腐乱死体臭は、私の身体とバッチリ一体化。
外に出てマスクを外した私は、自分の臭さに閉口した。


「消毒の人!?」
一息ついていると、どこからともなく、女性の声。
声のする方に顔を向けると、上の階から階段を降りてくる中年の女性の姿があった。

「休憩なんかしてないで、さっさとこのニオイ何とかしてよ!!」
女性は、上の階の住人のよう。
私だって感情を持つ人間なのに、そんなのお構いなしに、怒鳴ってきた。

「不動産屋に言われて来たんでしょ!?迷惑してるんだから、早くなんとかしてよ!」
何をどう勘違いしてるのか、女性のモノ言いは、横柄を通り越して横暴。
その不快な態度は、私の許容範囲を越えていた。

「ここの家族は、あれっきり挨拶も来ないけど、何やってんのよ!!」
私が黙っているのをいいことに、女性は舌好調。
しかし、何をそんなに腹立てる必要があるのか、私にはいまいち理解でなかった。


駐車スペース・物音・ホコリ・異臭etc・・・
特掃撤去作業をやる上では、色んな事情が発生。
近隣住民の協力がないと、作業が極めてやりにくい。
ましてや、敵に回したりなんかすると、もう大変。
そのとばっちりは、自分や遺族が喰うことになる。
だから、私は、自分のためにも遺族のためにも、煮えそうになる腑を必死で冷やして、忍耐。
歯を食いしばって、女性を敵にしないよう努め、その場をしのいだ。


作業の初日。
女性に挨拶なく作業を始めるわけにはいかず・・・
私は、まったく気が進まなかったけど、作業説明と協力依頼で、二階の女性宅を訪問した。
出てきた女性には、極端な低姿勢と手土産をもって、反抗する隙を与えず。
更に、作業の味方になってもらうため、女性側に立った物言いで、コミュニケーションを図った。


当初、女性は、故人に対しての嫌悪感を丸出し。
だが、もともと、女性と故人とは、折り合いは悪くなかった。
結構、気も馬も合い、親しく付き合っていた。
しかし、それも始めのうちだけ。
付き合っていくにつれ、〝親しき仲に礼儀なし〟の状態に。
結果、良好だった人間関係は崩壊の一途をたどったのだった。

ゴミの出し方、共有スペースの使い方、物音etc
二人の間には諍いが絶えず、事ある毎にぶつかるように。
それだけならまだしも、生活スタイルを侵害するまで拗れるように。
そんな日々がしばらく続き、結局、絶交するまでに関係は悪化したのであった。


「もともとだらしない生活をしていたから、〝生ゴミでも溜めて腐らせたんだろう〟って思ったんですよ・・・」
話していくうちに、女性のテンションは下降。
話の内容は、故人を非難するものから、事の経緯を説明するものに変わっていった。

「ロクな死に方しないと言い合ってたけど、その通りになっちゃったじゃないのよ・・・」
口から出る言葉は乱暴でも、女性はどことなく寂しそう。
前回のような横暴な態度は影を潜め、元気なく呟いた。

「だらしない人だったから、酒ばっかり飲んで、ろくに病院にも行ってなかったんでしょ・・・」
私は、自分が言われているみたいな心境に。
その言葉には、女性の複雑な心境が滲みでていた。

「気にはなってたんだけど・・・」
女性は、心の優しい部分をポロリ・・・
押しの強いキャラに似合わない、弱々しい表情を浮かべた。

「(故人は)まさか自分がこんなことになるなんて、思ってもみなかっただろうね・・・」
女性は、そう言って溜息ひとつ。
女性の言う通り、現場経験を通じて、何度となくそんな思いを抱いてきた私は、大きく頷いた。


老若男女を問わず、誰しも 一生のうちに何度かは、身近な人の死を経験するだろう。
その様に、どんなに仲が良くたって、どんなに仲が悪くたって、人と人とは必ず死に別れる。
好きな人とも、嫌いな人とも、間違いなく死別するのだ。
その観点で人を見てみると、確執を生んだ原因がバカバカしく思え、それが自然と緩んでくるような気がしないだろうか。


「こんなことになるんだったら、仲直りしておけばよかった・・・」
「普段付き合いを続けていれば、死なずに済んだのかも・・・」
「もっと早く連絡すれば、こんな大事にはならなかったかも・・・」
女性が腹を立てていたのは、故人ではなく自分だったのか・・・
口にこそださなかったものの、その寂しげな表情からは、切ない思いが頭を巡っていることが伺えたのだった。





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