特殊清掃「戦う男たち」

自殺・孤独死・事故死・殺人・焼死・溺死・ 飛び込み・・・遺体処置から特殊清掃・撤去・遺品処理・整理まで施行する男たち

魂の休息

2009-06-26 19:41:49 | Weblog
周知の通り(?)、世間一般と比べると、私は、休暇が少ない。
もちろん、こんな私なんか序の口で、休日はおろか睡眠時間さえ削って複数の仕事を掛け持ちしているような人も、たくさんいるだろう。
しかし、まぁ、一般論にまとめると、私の労働時間は長い方だと思う。

しかも、労働時間が長い・・・休暇が少ないだけではない。
労働の時間も内容も、極めて不安定・不規則。
休暇の計画(予定)を入れていても、その通りにいかないことも日常茶飯事。
慣れたこととは言え、これにはストレスがかかる。

そんな日々だから、休日は極めて貴重。
〝アレをしたい、コレもしたい〟〝アレをやらなきゃ、コレもやらなきゃ〟と、限られた時間に用事を詰め込む。
結果、休日なのにクタクタになって、何のための休暇なのかわからなくなる訳である。


調査を依頼された現場は、大規模なマンション。
〝超高級!〟と驚くほどでもないけど、それなりに高級感が漂う建物。
エントランスも、なかなか広くてゴージャス。
私は、管理人室からくる視線を横目に、携帯電話が示す時刻を気にしながら、依頼者が現れるのを待った。

そうして待つことしばし。
エントランスに、一組の男女が現れた。
二人は夫婦のように見えなくもなかったが、自己紹介はなし。
女性の方はヤケに暗い顔をしていたし、私も、その関係を知る必要はなかったので、余計な事は訊かずにそっとしておいた。

男性は、私と普通に挨拶。
状況が状況なので笑顔こそなかったけど、それでも一通りの社交辞令を交換できた。
一方、女性の方は無言で、私とは目も合わせず。
男性の後ろに顔を背けて立ち、辛気なムードを漂わせていた。

異質な雰囲気を醸し出す女性が気にならなくもなかったが、気にしても仕方がない。
男性も、女性の存在を無視するかのような物腰。
私は、頭を仕事モードに切り替えて、男性の話に耳を傾けた。

男性は、イヤなことを思い出しまで説明してくれたのに、結局のところ〝百聞は一見にしかず〟ということに。
私は、申し訳ない気持ちを引きずってエレベーターに乗り、二人にも同乗を促した。

狭い空間に他人と身を寄せ合うのって、どことなく気マズいもの。
それは、エレベーター内も同じこと。
しかも、そこは、女性が醸し出すどんよりした空気に支配され、わずかな時間とはいえ、極めて居心地の悪い場所となった。


目的の階に着くと、次は目的の部屋へ。
他人のマンションなのに、何故か、先頭は私。
男性の方向指示を背に受けながら、歩を進めた。

玄関前に着いて振り向くと、側には男性のみで女性はおらず。
私は変に思ったけど、男性は意にも介していない様子。
部屋に近づきたくないからだろう、エレベーター前に残ったらしかった。

男性は、手にしていた鍵で玄関を開錠。
そのままドアを開けて入ると思いきや、進路を私に譲って横に退避。
やはり、部屋に入りたくない気持ちは女性と同じようで、気マズそうな顔をして私に頭を下げた。

私だって、腐乱死体があった部屋に入りたいわけではない。
しかし、私の場合は仕事。
〝入らない〟なんて選択肢は持たされてなく、仮に、好き嫌いがあっても、黙って入るしかなかった。


中は、快適な生活が送れそうな、広めの3LDK。
家財生活用品は少なく、小ぎれいな状態。
しかし、そこは、死人発生・異臭発生・汚染痕残留etc・・・
普通の家にはあり得ない・・・尋常ではない雰囲気が、いっぱいに漂っていた。

私は、男性から得た事前情報にもとづいて、部屋の観察を開始。
男性から教わった間取りと部屋の配置を頭に思い浮かべながら、慎重に前進。
目的の部屋をすぐに見つけて気を緩めたが、すぐさま、背中に悪寒にも似た緊張感に身震いを起こした。

その部屋のドアを開けると・・・
部屋の隅には、見慣れた汚染が残留。
そこに遺体があったことは、明らかだった。

私は、汚染痕に近づいて、よく観察。
その形状は自然死のそれとは異なり・・・
男性は、意図してか、それとも無意識のうちにか、肝心なことを私に伝えていないようだった。


極めて残念なことだが、本人の意思によって能動的に決せられる自殺は、周りの人間は防ぎきれないもの。
しかし、本件の場合、周囲の人間がそれに気づくのに、そんなに時間はかからないものと思われた。
どこかに行方をくらました上でのそれならともかく、故人は、自宅で決行したわけで・・・
妻である女性は、すぐに気づくのが当然ではないだろうか・・・
勤務先の会社だって、無断欠勤が続いたら不審に思うのが普通ではないだろうか・・・
それなのに、腐乱するまで誰も気づかなかったのは何故か・・・
私の中には、そんな疑問が沸々と湧いてきたのだった。


その答は、以降の作業を進める中で、結果的に知ることができた・・・

亡くなったのは、中年の男性・・・一流企業に勤めるビジネスマン。
男性は、故人の兄・・・正確に言うと義兄。
つまり、男性と女性は、夫婦ではなく兄妹・・・女性は故人の妻だった。

勤務していた会社は、業界では中堅らしかったが、縁のない私でも、名前くらいは聞いたことがある大手企業。
故人は、そこで営業系の職務を担当。
何年にも渡って好成績を残し、見返りとなる報酬も肩書も誇りも高いものを得ていた。

しかし、世の中の景気に影響を受けてか、営業成績は波打つように。
自信を失っていく故人に会社のプレッシャーが追い討ちをかけ、鬱病を罹患。
社交的な行動は内向的に、明るかった性格は暗く、ポジティブだったキャラクターはネガティブに変わっていった。

そのうち、心身の状態は、満足に仕事を遂行することができないくらいにまで悪化。
本人のやる気も虚しく、何をやっても空回りし、全てが裏目にでるように。
そんな状態で完全に行き詰まってしまった故人は、退職を勧めたい会社が難色を示す中、有名無実の就業規則を盾にして休職することにした。

しかし、精神疾患休職は、復職の道が狭い。
それまで以上に頑張って、それまで以上の成績を残してみせればいいのだろうが、もはや、故人にはその意志も力もなく・・・
その行く末は、自主退職かクビ・・・それが免れたとしても〝窓際〟だった。

女性(妻)は、そんな生活も忍耐。
できる限りの策を用いて故人をサポート。
しかし、その長期戦は女性の精神力を削ぎ落とし、それをあざ笑うかのように故人の状態は悪化の一途をたどっていった。

そうこうしていると、今度は、女性が鬱病を罹患。
その症状は、次第に深刻化していき、夫婦二人の生活は危機的な状況に。
誰かの助けなしには生きていけないくらいにまで、状況は悪化した。

そんなある日、女性は兄である男性に苦悩を告白。
プライドも世間体もかなぐり捨てて、SOSを発信。
慌てて駆けつけた男性は、以前の面影をなくした二人の表情に、事の深刻さを知った。

話し合いに話し合いを重ねて、二人はしばらく別居することに。
故人は故人の親族が、女性は女性の親族がそれぞれ面倒をみるということで、とりあえずの期間をしのぐことに決定。
早速、女性は、自宅マンションを離れて、遠方の実家に身を寄せたのだった。

しかし、本人のプライドが許さなかったからか、実家の世間体が邪魔したからか、故人は、実家には戻らず。
妻(女性)という支え手を失っても尚、一人、マンションに残って、苦悩の生活を続行。
故人の死は、まさにそんな最中での出来事だった・・・


「疲れた!疲れた!」と、年柄年中、溜息をついている私。
この疲労感は、一日くらいゴロゴロしてたって、改善されない。
同じように、〝休んでも休んでも、疲れがとれない・疲労感が癒えない〟という人は、多いだろう。

適宜の食事や充分な睡眠など、身体を休めることは、大切だし必要。
しかし、それだけで疲労感は癒えない。
本当に疲れているのは、その精神・心・魂かもしれないから。

では、それらが抱える疲労感は、どうしたら癒えるのだろうか・・・
どうしたら、その疲れがとれるのだろうか・・・
その答は、ぼんやりと見えている。
そして、わずかながら、身に沁みている。

少なくとも言えるのは、
「〝死〟よって魂の休息は得られない」
ということ。
つまり、
「与えられた人生をまっとうすること・・・一生懸命に生きる中で、何かが魂に休息を与える」
ということなのである。






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