特殊清掃「戦う男たち」

自殺・孤独死・事故死・殺人・焼死・溺死・ 飛び込み・・・遺体処置から特殊清掃・撤去・遺品処理・整理まで施行する男たち

マ田力気 ~前編~

2015-11-03 09:37:22 | ゴミ屋敷 ゴミ部屋 片づけ
ある日の午後、私は、街中に建つマンションに呼ばれた。
その上階にある一室で、住人が腐乱死体となって発見されたのだ。
依頼者は、マンションの管理会社で、私はそこの担当者と待ち合わせ。
私より少し遅れて現れた担当者はハイテンション。
近隣から苦情がでているわけではなかったが、苦手な何かにプレッシャーをかけられているようにピリピリしていた。

このエリアは一等地。
間取りは1Rや1LDKばかりで、独身者用の造り。
高級マンションではなかったが、築年数は浅く家賃は高め。
経済的に余裕のある学生や独身のビジネスマン等が多く居住。
部屋ごとにオーナーがおり、それぞれが賃貸で運用するタイプ・・・いわゆる投資型マンション。
そして、問題の部屋のオーナーは故人の父親だった。

1Fエントランスで担当者から鍵を預かった私は、専用マスクを脇に隠すように持ち、エレベーターで上階へ。
現場の部屋の玄関前に立ち、とりあえず深呼吸。
そして、周囲に人影がないのを確認して開錠。
マスクもつけないままドアを開け、素早く身体を室内に滑り込ませた。

ドアの奥には薄暗い部屋が。
それも、どこかに何が隠れていてもおかしくないようなゴミ部屋。
そんな光景に、慣れた私でも少なからずの不気味さを覚えた。
また、室内の悪臭は脳が判断する間も与えず、鼻から胃を直撃。
悪臭を肺に入れたくなかった私は、そそくさと専用マスクを装着した。

遺体痕は探すまでもなかった。
玄関を入ってすぐのところが台所で、そのシンクの前の床にあった。
結構な時間が経っていたようで、色はドス黒く変色。
見慣れたものであっても、その異様さは、どことなく気分を下げるものだった。

更にインパクトがあったのは酒。
故人は、相当の量を飲んでいたとみえ、部屋には焼酎の大型ボトルが数え切れないくらい放り投げられ、隅のほうには高く積み上げられていた。
死因は病死らしかったが、それは自殺をも思わせる光景。
何が自分とダブるというわけでもなかったが、私は、他人事とは思えない雰囲気に呑まれ、落ちていた気分を更に深く落とした。

調査を終えた私は、身体が臭くなっていたため、エレベーターを使わず、長い階段を使って1Fへ。
そして、そこで待っていた担当者に部屋の状況を伝えた。
が、担当者は、この件には深く関わりたくないようで、
「あとのことは遺族と直接やりとりして下さい」
と、丸投げ。
そして、
「くれぐれも、近隣住人から苦情がこないように注意して下さい!」
と釘を刺したうえで、私に遺族の名前と連絡先を書いたメモを渡し、そそくさと立ち去っていった。


私は、正直、遺族に電話をかけることに気が進まなかった。
言葉だけで状況を理解してもらう難しさと、自分が怪しい人間ではないこと(実は怪しい人間なのかもしれないけど)をわかってもらう難しさを知っていたから。
場合によっては、八つ当たりにも似た悪口雑言を浴びることもあるから。
しかし、遺族に連絡をとらないと事が先に進まない。
私は、一旦、車に戻り、何かを覚悟しながらメモに書いてある番号に電話をかけた。

故人の母親だろう、数コール鳴った後、老齢の声の女性が電話にでた。
管理会社の名を出して用件を話すと、女性は慌てた様子。
私の話を途中で止めると、電話の向こうで誰かを呼んだ。
そして、電話の相手は男性に代わった。
その声と口調も明らかに老齢で、名乗られなくても、男性が女性の夫、つまり故人の父親であることがわかった。

管理会社の担当者同様、男性も、この件には関わりたくなさそう。
しかし、親子である以上、また、部屋の所有者である以上、それは通用しない。
この現実に憤りを感じているのか、自責の念の表れか、悲しみのせいか、私が何か失礼なことを言ったわけでもないのに、私に対しても無愛想・・・というか、どことなく喧嘩腰。
私は、男性の態度を不快に思う反面、その心情もわからないではなく、例のごとく、仕事と割り切って事務的に捌くことにした。

男性は、私と会話すること自体 嫌悪感を覚えるみたいで、余計なことは語らず。
社交辞令的な言葉の潤滑剤も一切なし。
必要最低限の質問を私に投げかけ、それに対し私も簡潔に応え、必要な作業内容と費用を説明。
すると、「説明は理解できないけど頼むしかないだろ!」と言わんばかりに憮然と承諾。
“死体に群がるハイエナ”のように思われたのか・・・とにかく、男性にいい印象を持たれていないことがハッキリ伝わってきて、私は気分を一層悪くした。
同時に、現場に来れば一発で理解できることを言葉だけで伝えなければならないジレンマと、理解できないにも関わらず現場に来ようとしない男性に苛立ちを覚えた。


部屋を片付けていると、知ろうとしなくても故人の個人情報は知れてくる。
私は、荷造・梱包をする過程で色んなモノが現れ、色んなモノが目についた。
そして、それらは自然と私の頭で組み上がり、一人の人間の晩年の生き様ができあがっていった。

故人は、私より年上ではあったが、大きく括ると同年代。
数年前まで大手企業に勤務。
しかし、自己都合で退職したのか解雇されたのかまではわからなかったが、晩年は・・・いや、最期の数年は無職。
履歴書は何枚もあり、求職活動をしていた形跡はあったけが、安定した仕事に就いていた形跡はなし。
それでもこのマンションに暮せたのは、オーナーが男性(父親)だからで、築年数からみると故人(息子)に住まわせるために購入した可能性も大きかった。

ただ、そこは一等地に建つ投資物件。
一般庶民が気安く買えるような物件ではない。
それなりの経済力はないと、まず手は出ない。
なのに、男性はこの部屋を手に入れたわけで・・・ということは、男性は、それなりの経済力を持っているということになる。
となると、無職の故人が生活するうえで、住居以外にも親から援助を受けていたことも容易に想像できた。
でないと、酒を飲むことはおろか、食べるにも事欠いてしまうわけで、そうだとしたら、これだけの膨大な飲食ゴミが溜まるはずもないから。


そう・・・故人は、親の庇護のもと、働くことなく生活していた。
しかし、それは決して楽なものではなく、いくつもの紆余曲折を経ての不本意な結果。
本当なら、きっと、社会で一人前に生きたかったはず。
たけど、何かが邪魔をして、それが叶わなかった。
年齢?学歴?経歴?労働条件?・・・いや、プライド・世間体・怠け心・・・そう、邪魔をしたのはもう一人の自分かもしれず・・・
それに勘付くと、自分の弱さが露になり、自分を攻撃してくる。
すると、その弱さが恐くなる。
そして、それに耐えきれず、それを紛らわすために酒を飲む。

また、働き盛りの成人男性にとって、失業は社会的な死を意味する。
仕事に就けない理由は人それぞれだけど、働きたいのに働けないのはまさに地獄。
一流企業の勤務歴をもっている人には尚更かもしれない。
敗北感と劣等感と罪悪感に苛まれ、そのうちに精神がやられてしまう。
結果、少しでもそれを中和させようと酒に走る。
そして、それを繰り返すことによって、精神と肉体は闇に蝕まれていく。

故人が、日々、かなりの酒を飲んでいたことは、空容器が証明。
多分、外出もほとんどせず、人と関わることも避けていただろう。
食料を買いに出る以外は、ほとんど部屋に引き篭もりっぱなしの生活だったのではないだろうか。
そんな中で、とうとう身体は限界を迎え、一人倒れてしまった・・・


晩年、故人は、何を考えて生きていたのか・・・
最期、故人は何を思ったのか・・・
辛いこともたくさんあっただろう・・・
悲しいこともたくさんあっただろう・・・
悩みもたくさんあっただろう・・・
生きることに疲れ、生きることがイヤになり、生きることの意味、生きなければならない理由を考えたことがあったかもしれない。

勝手な想像は程々にしておかなければならないが、人生の局面に立たされたとき、特に苦境に置かれたとき、人は誰しも似たようなことを考えるのではないだろうか。
誰にも相談できず、誰に相談しても役に立ちそうな答が望めず、自分一人の胸の内で質疑応答を繰り返すことってないだろうか。
そうして、導けないとわかっている答を探し続ける・・・
それで、這い上がれればいいのだが、虚しく落ちていくこともある・・・

私は、自らが踏んできたそれらの考えを頭に巡らせながら、黙々と作業を進めた。
そして、タンスの引き出しにしまってあったある物を見て涌いてきた身につまされるような思いに息を呑んだのだった。

つづく
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