草薙 剛が演じる主人公の自閉症の青年が自転車のロードレースに出る。彼は、ツールドフランスの優勝者の名前を全部暗記している青年であり、ここで彼は、たとえそれが小さなロードレースであろうと、自分に出来ることの全てを出し切るのである。知っての通り、彼は動物園の飼育係であり、彼のその時の関心事はもっぱらトビの鳴き声にあった。自分の力の限りを尽くして自転車をこぐが、彼は殆どビリに近いレースの終わりを迎えようとする。と、その時、彼の耳にトビの鳴き声が唐突に聞こえてくるのであった。彼はレースコースをそれ、トビの鳴き声の方に向かってひたすら自転車をこぐ。そして彼はついに、樹にとまったトビを発見し、その向こうには広大な風景が広がり、海がうねっていた。
主人公の草薙は、その時、トビの鳴き声を聞き、その姿を見て、無表情な感動の姿をテレビで演じてみせる。その瞬時草薙と自閉症の青年は一体化して、無言の感動を僕たちに訴えてくるのであった。主人公にとって、レースに出場することが大事なことであるのと、トビの鳴き声とその姿を観るのは、等価なのである。ここが、このドラマのすばらしいところなのである。自閉症の青年の、レースを一見放棄したかに見えた行動にこそ、人間の本来の生き方が描かれているのではないか、と僕は思った。
人生には、猛進する時があってもよいが、時として、その動きから解き放たれて停止する瞬時があることこそが必要なのである。走り続けることが、人生の価値を決めるのではない。走り続けて、失うものの方が大きかったという人生が、僕たちのまわりには腐るほどあるではないか。熟年離婚は流行りではない。それは、団塊の世代やそれ以上の年代の人々が、息せき切って走り抜いてきた日本の発展の結果と言おうか、失敗の結果と言おうか、それは評価が別れるところであろう。が、しかし、何故人生の後半になってから、お互いに別れなくてはならないのだろうか? それは停まることを忘れた人間が置き忘れてきた、愛や誠実さや、互いの癒しの欠如の結果ではないだろうか?
ドラマの終盤には、彼をいつもかばってきた女性獣医と自転車で並走する姿が描かれている。それは何を暗示しているのであろうか? 自閉症の青年は動物園の飼育係として、人間の尊厳を周囲の人々に認められ、そして彼を加護の許に置いていた家から出て、自閉症の施設に入る。彼は人間として、自閉症という難物を抱えてはいるが、自立の可能性を暗示しているのが分かる。そして、彼を小さな時から守ってきた男まさりの女性獣医は、不倫関係であった獣医との結婚を破棄することによって、新たな人生の出発をこの青年と同じ動物園で働きながら、探し当てることが出来るという、生の明るさを暗示してはいないだろうか? と、そんなことを思いながら、僕はぼんやりとテレビの最終回を見終わった。
〇推薦図書「回転木馬のデッドヒート」村上春樹著。講談社文庫。人生には様々なかたちがあってよいのです。人間の数だけ。人生に疲れた人、何かに立ち向かっている人。そういうある種のスケッチブックと思って読んでください。
主人公の草薙は、その時、トビの鳴き声を聞き、その姿を見て、無表情な感動の姿をテレビで演じてみせる。その瞬時草薙と自閉症の青年は一体化して、無言の感動を僕たちに訴えてくるのであった。主人公にとって、レースに出場することが大事なことであるのと、トビの鳴き声とその姿を観るのは、等価なのである。ここが、このドラマのすばらしいところなのである。自閉症の青年の、レースを一見放棄したかに見えた行動にこそ、人間の本来の生き方が描かれているのではないか、と僕は思った。
人生には、猛進する時があってもよいが、時として、その動きから解き放たれて停止する瞬時があることこそが必要なのである。走り続けることが、人生の価値を決めるのではない。走り続けて、失うものの方が大きかったという人生が、僕たちのまわりには腐るほどあるではないか。熟年離婚は流行りではない。それは、団塊の世代やそれ以上の年代の人々が、息せき切って走り抜いてきた日本の発展の結果と言おうか、失敗の結果と言おうか、それは評価が別れるところであろう。が、しかし、何故人生の後半になってから、お互いに別れなくてはならないのだろうか? それは停まることを忘れた人間が置き忘れてきた、愛や誠実さや、互いの癒しの欠如の結果ではないだろうか?
ドラマの終盤には、彼をいつもかばってきた女性獣医と自転車で並走する姿が描かれている。それは何を暗示しているのであろうか? 自閉症の青年は動物園の飼育係として、人間の尊厳を周囲の人々に認められ、そして彼を加護の許に置いていた家から出て、自閉症の施設に入る。彼は人間として、自閉症という難物を抱えてはいるが、自立の可能性を暗示しているのが分かる。そして、彼を小さな時から守ってきた男まさりの女性獣医は、不倫関係であった獣医との結婚を破棄することによって、新たな人生の出発をこの青年と同じ動物園で働きながら、探し当てることが出来るという、生の明るさを暗示してはいないだろうか? と、そんなことを思いながら、僕はぼんやりとテレビの最終回を見終わった。
〇推薦図書「回転木馬のデッドヒート」村上春樹著。講談社文庫。人生には様々なかたちがあってよいのです。人間の数だけ。人生に疲れた人、何かに立ち向かっている人。そういうある種のスケッチブックと思って読んでください。