かまくらdeたんか 鹿取未放

馬場あき子の外国詠、渡辺松男のそれぞれの一首鑑賞。「かりん」鎌倉支部の記録です。毎日、更新しています。

渡辺松男『寒気氾濫』の一首鑑賞 15

2023-03-26 10:36:59 | 短歌の鑑賞
    2023年度版 渡辺松男研究3
      (13年3月)【地下に還せり】
      『寒気氾濫』(1997年)12~
       参加者:崎尾廣子、曽我亮子、渡部慧子、鹿取未放
       司会と記録:鹿取 未放


15 同性愛三島発光したるのち川のぼりゆく無尽数の稚魚

    (当日意見)
★上の句は読者をびっくりさせる。発光は性的なエクスタシー、無
 尽数の稚魚は精子。それで解釈できるが、これだけではつまらな
 いので頭に同性愛を入れたのではないか?(慧子)
★いや、同性愛は付け足しで入れた訳ではありません。(鹿取)
★同性愛の三島がそれを世間に発表したので、そういう気持ちを持
 っている若者達が稚魚のように多く続いたということかなあと思
 ったけど。(曽我)
★発光は切腹のことではないのですか?(崎尾)
★私は「発光=切腹」とは思わないですが、三島と言われたら誰で
 も切腹の情景は思い浮かべますよね。松男さんもその点には文学
 的興味は持ったと思いますが、まあ、いろんな解釈があっていい
 んじゃないの。(鹿取)
★(会員の発言に対して)今の発言は同性愛や夫婦別姓に対して差
 別的意見なので発言はここには載せません。同性愛は生まれつき
 の性向だから他人がどうこう言えることではないです。三島は確
 かに同性愛をカミングアウトしましたが、それで同性愛が増えた
 訳ではないです。人目につきやすくなったことはあると思います
 が、同性愛が増えて日本が悪くなったというのはおかしいです。
 それに、有史以来同性愛はあったし、僧坊にだって教会にだって
 武家社会にだっていくらでもあった。生まれつきの性向という面
 のほかに、男だけ女だけの社会という特殊な環境も影響する。そ
 れから、歌を道徳的な意味合いで解釈したり断罪するのは反対で
 す。松男さんの歌はそういうふうには作られていませんし。私は
 慧子さんや曽我さんの説に同意します。そして放出された精子の
 イメージとして無尽数の稚魚が置かれている。それが生まれ故郷
 を求めて川を遡るのだが、この辺りはわりと爽やかなイメージが
 すね。(鹿取)
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渡辺松男『寒気氾濫』の一首鑑賞 14

2023-03-25 10:37:37 | 短歌の鑑賞
    2023年度版 渡辺松男研究3
      (13年3月)【地下に還せり】
      『寒気氾濫』(1997年)12~
       参加者:崎尾廣子、曽我亮子、渡部慧子、鹿取未放
       司会と記録:鹿取 未放


14 恍惚と樹が目を閉じてゆく月夜樹に目があると誰に告げまし

     (当日意見)
★月の光が空にあがって西の空に落ちてゆくまで、そういう月の光
 の推移する時間を自分が樹になったような感じで歌われたのでは
 ないか。月の光の強弱を樹の肌 で感じるというのは普通の人間
 の感覚。それを樹の目で感じているところが渡辺さん。下の句は
 誰か言う、とか馬場あき子の歌にもたくさんある。(慧子)
★馬場先生の歌は自分の内面のつぶやきのようなものを誰かが言っ
 たよという形で表現したものがたくさんありますね。でもここは
 「まし」だから馬場先生の歌とは違う。「まし」の文法上の意味
 は「ためらいの意思」ですね、この辺りは「樹に目があると誰か
 に告げたいけれど、誰に告げてもきっと信じてはもらえないだろ
 うな、でも自分は樹に目が有ることを知っているよ」という気分
 でしょう。でもそれは日常的感覚では誰にでも納得してもらえる
 ことではないので、そのあたりをレポーターの崎尾さんはどう考
 えるの?ということを聞きたかった。(鹿取)
★人間も深くものを感じたいとき目を閉じるが、樹にもそういうこ
 とがあると渡辺さんが感じていらっしゃるのかなあと思った。あ
 まりにもほれぼれする月光だったので樹は目を閉じたのかなあと
 思う。(崎尾)
★やわらかい月の光のなかで目を閉じる樹というのは分かる気がす
 る。(曽我)


     (後日意見)(2023年)
 自分の心のつぶやきを誰かに代弁させる馬場あき子の技法。たとえばスペイン旅行詠「慶長使節の支倉は老いて秘むれども夢に大西洋かがやけり一生」に続く歌「支倉の老いの寝ざめに聖楽の幻聴澄むと誰か伝へし」の「誰か伝へし」は「誰かが伝えた」という意味だが、その誰かは実際には存在しない。「誰も伝えた者はいなかった。けれども自分馬場あき子は(支倉の老いの寝覚めの幻聴に澄んだ聖楽が聞こえた)と思ってやりたい」という祈りのような気分なのだろう。ちなみに支倉は藩主伊達政宗の命によって慶長使節として派遣され、苦難 の末フェリペ三世に謁見したが、帰国後は冷遇されたまま世を去った。(鹿取)


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渡辺松男『寒気氾濫』の一首鑑賞 13

2023-03-24 18:37:26 | 短歌の鑑賞
    2023年度版 渡辺松男研究3
      (13年3月)【地下に還せり】
      『寒気氾濫』(1997年)12~
       参加者:崎尾廣子、曽我亮子、渡部慧子、鹿取未放
       司会と記録:鹿取 未放


13 月光に眠れざるもの樹にありて風切りの羽つくろいていん

      (当日意見)
★「ふくろうのごとき月光ほおほおと潤いおびて樹海にそそぐ」
 という前の歌の続きだから主語はふくろうとかを想定すればい
 いのではないの。夜行性の動物は昼間寝て夜活動するので。
 たとえば眠れない〈われ〉がいて、今頃はふくろうも風切りの
 羽をつくろったりして目覚めているんだろうなあと想像してい
 る。(鹿取)
★夜眠らない鳥、と考えると歌が物足りなくなるような気がする
 けど。本来眠れるものが眠れない方が深い。(崎尾)
★私はふくろうの続きの歌とは思わなくて、鳥でも眠れないもの
 がいるのかなあと思った。(慧子)
★そうか、ふくろうは夜行性だから「眠れざる」ではないわけね。
 木にいて風切り羽をつくろうのは明らかに禽類で、何の鳥と言
 わないで「眠れざるもの」と言っているところが松男さんなん
 だけど。まあ、比喩的に読めば眠れずに闘志を燃やして闘いの
 準備をしている人間ともとれないことはないけど、それでは私
 はつまらないな。作者の姿からは遠いものになる。(鹿取)
★なんとなく雰囲気が優しい。絵をみているよう。(曽我)
★童話の挿絵みたいですよね。(鹿取)


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渡辺松男『寒気氾濫』の一首鑑賞 12

2023-03-23 11:00:19 | 短歌の鑑賞
    2023年度版 渡辺松男研究3
      (13年3月)【地下に還せり】
      『寒気氾濫』(1997年)12~
       参加者:崎尾廣子、曽我亮子、渡部慧子、鹿取未放
       司会と記録:鹿取 未放


12 ふくろうのごとき月光ほおほおと潤いおびて樹海にそそぐ

     (当日意見)
★ふくろうのごとき月光というのは普通では考えられない比喩。ふ
 くろうって膨れた感じがするのでふっくらとした気分が出てい
 る。(曽我)
★ふくろうって知恵者といわれている。また月も知恵の女神であ
 る。だからそんな感じで比喩にされたのかなと思う。(慧子) 
★ふくろうという生き物の温かみかなあ。「ほおほお」が鳴き声で
 あるとともに、ふわふわとした柔らかさの温感を出している。や
 さしくやわらかく体温のある月の光が樹海に注いでいる、恩寵の
 ような風景。(鹿取)


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渡辺松男『寒気氾濫』の一首鑑賞 11

2023-03-22 11:19:51 | 短歌の鑑賞
 2023年度版 渡辺松男研究3
   (13年3月)【地下に還せり】
   『寒気氾濫』(1997年)12~
    参加者:崎尾廣子、曽我亮子、渡部慧子、鹿取未放
    司会と記録:鹿取 未放


11 月天心嬬恋村に森ありてふところふかく家々を抱く

     (当日意見)
★誰が何を抱いているのかは分からない。しかし上の句に「抱く」
 とあって「嬬」が出てくるので、エロスですか、そういうものを
 感じて嬬恋村に仮託しているのだと思う。また月天心、嬬恋村と
 タ行音を重ねた出だしが漢字表記なのになめらか。(慧子)
★妻を思い出している気分がある。妻を森のように暖かく抱く気
 分。(曽我)
★家々には慧子さんが言うような妻を愛する場面もあるんだろうけ
 れど、個々の家々を森が抱いて、その森を月が照らしている。そ
 ういう自然そのものがエロスをはらんでいるが、月の光が浄化あ
 るいは荘厳している感じ。与謝蕪村の「月天心貧しき町を通りけ
 り」はいかにも画家らしい句で通り過ぎる自分を含めて俯瞰して
 いるようなイメージだけど、松男さんの歌は自分はその画面の中
 にはいなくて、月と一体化して風景を俯瞰している感じ。蕪村の
 月はすさまじく冷たい光を放っているようだけど、松男さんの月
 はやさしくやわらかい印象を受ける。とても深々とした安堵感の
 ある歌。(鹿取)  
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