かまくらdeたんか 鹿取未放

馬場あき子の外国詠、渡辺松男のそれぞれの一首鑑賞。「かりん」鎌倉支部の記録です。毎日、更新しています。

馬場あき子の外国詠草

2023-03-20 15:28:02 | 短歌の鑑賞
 2023年版 馬場あき子の旅の歌28(2010年5月実施)
  【飛天の道】『飛天の道』(2000年刊)171頁~
参加者:曽我亮子、F・H、藤本満須子、渡部慧子、鹿取未放
レポーター:渡部 慧子 司会とまとめ:鹿取 未放


214 丹後風土記の小さき湖のかなしもよ老仙は樵(せう)となり飛天娶りき

         (レポート抄)
 風土記は713年詔により、地名の由来、旧聞、伝承について各国庁が報告したもの、出雲、常陸、播磨、豊後、備前の5カ国が完本として現存し、一方「釈日本紀」「万葉集注釈」などに逸文が収められている。そのなかに丹後風土記もある。
 掲出歌の丹後とは現京都府北部にあたる。「老仙」というのも213番歌(老仙は哈密(はみ)の黄土を打つ人なり水精(みづは)棲む大き瓜を売りゐつ)とは違った意味で詠われていよう。たとえば中国では道教に生きる人、日本では修験者、そんな匂いがするのだが、道を外れてしまったのか、とにかく「樵となり飛天娶りき」というお話が「小さき湖」のほとりに生まれ、風土記に伝えられている。夫婦となる二人の縁、その後を語らず、「かなしもよ」と全てを「小さき湖」に託して、余情漂う一首である。(慧子)


     (まとめ)
 私がネットで調べた丹後風土記は、いずれの記述もおおよそ「天女の羽衣を隠したのは老人だったので養女にした。天女は酒造りに才を発揮して養父母は大金持ちになるが、自分の本当の娘ではない事を理由に追い出し、天女は各地をさまよう」というものだった。この歌では老仙は天女をめとった。仙人のままでは飛天との結婚はタブーだったので、木こりに身を落として結婚したというのだろうか。湖はその天女が舞い降り、後に夫婦となったふたりがそのほとりに住んだのだろうか。(鹿取)

コメント
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