代々木八幡宮への参拝を終えて、再集合すると再度萩原さんがマイクを握り、まずは東京ジャーミーの概略の説明があった。
東京ジャーミー・トルコ文化センターは2000年にトルコ本国から直接資材が送られ、職人も来日して完成された。オスマントルコ様式のモスク(礼拝所)で、一日に5回の礼拝が行われている大きなモスクのことをジャーミーと言い、今回の見学ではジャーミーの内部と礼拝の様子も見せて頂ける。その為女性の方は、ストールかスカーフを使用して下さい、場内は撮影禁止ですとの注意もあった。
更に話は、1890年に和歌山県串本町沖で起きたオスマン帝国(その一部は現在のトルコ)の軍艦エルトゥ―ルル号遭難事件の話に及んだ。ジャーミーのことも遭難事件のことも薄っすらとしか知らなかった。特に海難事件のことは大変興味深く聞き、その後事件について調べたりビデオを見たりしたが、そのことは後日のブログに回し、先を急ぐ。
一通りの説明を聞いて一行140名は徒歩でジャーミーへと向かった。歩くこと30分、ジャーミーは代々木上原駅そばにあった。遠くからでも寺院の高い尖った塔の建物が望めた。
ホール内に着席しトルコ人の広報担当と思しき方から寺院や礼拝の話だけでなくトルコに纏わる色々な話が聞けた。これが実に面白かった。
その話の幾つか。
その1 チューリップの花はオランダからの花と思われているが、実はトルコが発祥の地で、トルコからヨーロッパに伝わりそれが日本にもたらされた。”ヨーロッパの様な暗い土地であんなに明るい花が咲くわけがない”と彼は言った。
その2 日々の礼拝は1日に5回行われ、礼拝はメッカの方角を向き横一列になって行われる。その形は皮膚の色や民族の違い、貧富の差を超え人間は等し存在であるということを意味している。
その3 東京にモスクができたのは、ロシア革命(1917年)で難民となったタタール人の手によるもので、彼らは中央アジアのトルコ系の民族。シベリア、中国を経由し、日本にやってきた。イスラム教徒である彼らが日本で行ったことは、子供たちの学校やモスクを建てることだった。その学校の出身の一人に「外国人タレント」の草分的存在のロイ・ジェームスがいる。
その4 ラマダン(断食月)に因んで6月6日~7月4日まで、毎夜、イフタール(断食明けの食事)を提供する。ご希望の方はホームページから予約を。
話を聞いてから寺院内を見学した。12時からの礼拝に参加された方は10名程度。日本人と思しき人もいた。話の通り横一列になっての礼拝。この撮影は許されなかったが、場内撮影は許された。建物や場内の装飾は私が見たことの無い世界で、特にステンドガラスは色鮮やかだった、私は2階からも撮影した。
見学を終え、昼食のトルコ料理は鶏肉の料理。豚肉はダメだが他の肉は可なのだ。今回の昼食は認証されたハラーラ食品で作られているとのこと。食べやすい食事だった。ヨーブルトも頂いたが食塩が入っていて、妻は大変美味と語っていたが、私は甘いもののほうが好みだ。
昼食後、古賀政男記念館に回る予定だが、暑さのなかを歩いたせいか妻の調子が芳しくなくなり、夜は歌舞伎座への予定も考え、私達はここでリタイヤーした。