徒然なるままに…なんてね。

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ほとんど…小説…だったりも…します。

続・現世太極伝(第十五話 ほんとに…襲っちゃうよ…。)

2006-06-02 18:48:06 | 夢の中のお話 『続・現世太極伝』
 西沢のマンションはすぐ目と鼻の先…とは言っても、相手の攻撃をまともに喰らった衝撃で意識を失ったノエルを担いで、ふたり分の気配を消しながら301号室を目指すのは、結構、骨の折れる仕事だった。

ノエルが小柄で助かり…っと本気で思った。

 鍵を取り出すのももどかしくチャイムを立て続けに押した。
気配を感じた西沢が返事より先に飛び出してきた。

 すぐそこで…襲われてたやつがいて…巻き添えを食ったんだ…。
そんなことを言いながら西沢にバトンタッチした。

 やっとの思いでノエルを西沢の部屋に運び込んだ亮は、偶然その場に居合わせた自分の父親を見て少なからず驚いた。
 有は西沢の実の父親ではあるが、養父への遠慮もあって、近所に住んでいながら西沢とはできるだけ距離をおいていた。
 顔を合わせるようになったのは、幼少期を除けばまだ最近のことで、それまでは年に数回の電話だけが親子を繋いでいた。

 その有がひとりで西沢に会いに来ているなんて…。
事情はどうあれ親子だから、訪ねて来ても何の不思議もないのだが、亮はなんとなく胸に引っ掛かるものを覚えた。

 今夜は滝川が来ていないので、代わりに有が居間のソファに横たえられたノエルの状態を調べた。
 幸いなことに怪我らしい怪我はしておらず、単純に衝撃で気を失っただけのようだった。
 身体にそれほどのダメージはないが、媒介能力者は時に精神的なダメージを受けていることがあるから注意するようにと西沢に言った。

 負け知らずの喧嘩ノエルが拳を過信していることは、普段の態度からよく分かっていただけに、自分がもっと強く戒めるべきだったと西沢は後悔した。

 襲われていたのは外国人の能力者だったと亮から聞かされた時、西沢と有は思わず顔を見合わせた。
思ったより身近に危険が迫ってきている…西沢も有もそのことを実感した。

 西沢から連絡が入った時にはまだ、インターネットで配信された海外での襲撃事件と国内の能力者に配られた警告書を結び付けることに戸惑いを覚えていた有だったが、その外国人がもし…以前にノエルを襲った者であるなら…西沢の話も俄かに現実味を帯びてくる。

 「襲われたのが彼等なら…なぜまだこの辺りをウロウロしていたのだろう…?
交信は一応成功したのだから…ここにはもう用は無いはずなのに…。 」

西沢が訝しげに呟いた。

 「…紫苑。 おまえに何かを伝えようとしたのでは…? 」

 まさか…と西沢は笑ったが…有は何か思い当たることでもあるかのような眼をして西沢を見つめた。

 「有り得ん話じゃないぞ…彼等にとって危急のときだ。
勿論…おまえだけじゃなくて…交信できた相手すべてに…だろうけれど…。 」

 その言葉は西沢にとって…もはや…彼等との関わりを回避できない事態にあるとの宣言に等しかった。
 自分から首を突っ込んだわけでもないのになぁ…と不本意そうな表情を浮かべる西沢に、遺跡で起きた妙な事件に興味を持った段階でとうに突っ込んでるかも知れないよ…と亮が言った。

 自分が伝説の御使者になってるとは夢にも思わない西沢は…それでかぁ…と頭を掻いた。
 何れにせよ…御使者である限りは上から調査せよと言われれば、調査せねばならないわけだし…宗主から依頼書も来ているから知らん顔はできない。
関わって当然と言えば当然なのだが…。

お気の毒さま…と有が笑った。 仕事が増えたな…。

 右も左も分からない状態なんだ…笑いごっちゃないよ…と西沢は困り顔で肩を竦めた。 何がどうなってるのか…それさえ掴めないんだから…。

 西沢の唇から溜息が漏れた時、やっとノエルが眼を覚ました。
何が起こったのか…という表情で辺りを見回していたが、西沢に怖い顔を向けられて縮み上がった。

 拳じゃ勝てないって言っただろう! 考えなしにいきなり飛び込むんじゃない!
きみを助けるために亮は使わなくていい力を使ってしまったんだ!
 子どもじゃないんだからその意味が分かるな? 
正体も分からない相手に亮の存在を知られてしまったことになるんだぞ!
 
 ごめんなさぁい…何時になく大きな雷を何発も落とされてノエルは頭を抱えた。
西沢がノエルに対して声を荒げたのはこれが初めてだった。

 この際だから…というので西沢は家門に育っていないノエルにも族人としての心得・心構えををみっちり言って聞かせた。
 小さい頃から叱られ慣れしているノエルも、西沢の怒りはさすがに応えたらしく豆粒のように硬く縮こまって聞いていた。

 可哀想になって亮が庇おうとするのを有がそっと止めた。
庇って貰うような齢じゃないだろう…? 

 ハチャメチャで適当なことも平気でするけどな…紫苑はある人の献身のお蔭で主流の血を引く者として宗主に匹敵するほどの訓育を受けている。
だから本来は誰よりも厳しい男なんだ。

 木之内にあれば…家門の長として一族を率いる力のある男なのに…親父の俺が間抜けだったばっかりに…西沢家に取られて…まるで部屋住みの扱いだ…。
 普段は胸に収めて決して何も語ろうとしない有が、ぽろっと愚痴をこぼした。
父親の無念の胸の内が分かるだけに亮は何も言えなかった。



 コンクリートもアスファルトも鉄板焼きの鉄板かと思うほど焼けていて、髪の毛も肌も焦げ付きそうだ。
 ブランカの悦子の頻繁な打ち水も虚しく店の前もカラカラ状態。
夕方にひと雨来てくれないと街路樹も乾涸びそうだ。

 あちぃ…と何度も呟きながら、バイトから上がってきたノエルは居間のテーブルに財布を放り出すと、そのままバスルームに向かった。
 
扉を開けた途端…おわっと妙な声を上げて飛び上がった。

 「失礼ね…。 そんなに驚くことないでしょ。 」

 洗面台の鏡の前にすっぽんぽんの輝が立っていた。
輝はバスタオルを身体に巻くとお先に…と出て行った。

 あ~びっくり…。

ノエルはどきどきしながらシャワーを浴びた。
 
 肩にタオルを引っ掛けて居間に戻ると輝はまだその姿のまま。
ノエルの存在など眼に入らないようだ。

 「紫苑…居ないのね。 」

天然水のミニボトルを飲みながらノエルに言った。

 「今日は急な仕事が入ったんで朝から出てったよ。 
輝さん…約束してたの…? 」

 そういうわけでもないんだけど…。
ちょっと残念そうに唇を尖らせた。

 ノエルも冷蔵庫からミニボトルを取り出すとがぶ飲みした。
何か着てくんないかなぁ…眼のやり場に困っちゃう…。
チラッと横目で見ながらそう思った。

 「おませね…ノエル…。 」

 輝がクスッと笑いながら言った。
う~ん…ちょっと憤慨…。
輝の顔を覗きこむと忠告するように言った。

 「あのねぇ…輝さん。 輝さんは僕のこと…いつもお子さま扱いするけどさ…。僕…とうに二十歳なわけ…。 油断してると襲っちゃうかもよ…。 」

 いいわよ…輝は可笑しそうに声を上げて笑った。
その気があるなら…悪ガキの本領発揮して御覧なさいよ…。

 ノエルは天を仰いだ。 敵いません…たいした度胸…。 
言っとくけど…嫌だって女には手を出してないから…あくまで合意。 

 「15~6でねぇ…合意も何もないもんだわ…。 言い訳無用…。
紫苑の前では子猫のくせに…本性は虎さんかしら? 」

 仲間内では…豹…でございます…。
ねぇ…ほんとに…襲っちゃうよ…。

小娘ちゃんが…生意気…。

輝の言葉がそこで…途切れた。


 
 浴室から響いてくる子どものようなはしゃぎ声。
まるで小学生…の水遊びだ…。
 やれやれ…と呆れながら西沢は、絨毯の上に脱ぎ捨てられたノエルのカーゴを拾い上げソファの端に置いた。
 
 しばらくして浴室から出てきたノエルは、帰ってきている西沢の姿を見て再び飛び上がった。 
 おわ…即ばればれ…!
今日はよくよく心臓に悪い日だ…と思った。

輝がすぐ後から…今度はちゃんと服を着て出てきた。

 「あら…紫苑…お帰り…。 」

輝は何事もなかったかのように平然と西沢に声をかけた。

 「ああ…。 留守だって知らせないで悪かったね…。
ま…若い遊び相手ができたから…かえってよかったのかな…。 」

 西沢も顔色ひとつ変えないで淡々と答えた。
うわ~…怒ってるよ…これは…ノエルひとりが何だか生きた心地がしなかった。

 「うふ…これはお返しよ…度重なるあなたの浮気の…。 
こんな可愛い坊やをあなたの独り占めにはさせないわ。 
この子…ほんとに男だったのねぇ…驚いちゃった…。 」

 なんつうことを…輝さん…火に油…ノエルは情けない顔をした。
が…西沢は噴き出した。

 「分かった…分かった…ノエルを叱ったりしないよ。
ノエル…そんなに怯えなくたっていい…怒ってなんかないからさ…。 
気にしてないよ…ってか…よくあることなんだ…僕等の間では…。 」

 よくあること…? ノエルは怪訝そうに西沢と輝の顔を交互に見た。
そうよ…輝が声を上げて笑い転げた。

 このふたりってば…さっぱり理解できない…。
恋人の浮気なんて…許せないと思うけど…許すしかない時もあるのかなぁ…?
…って浮気の相手の僕が考えるこっちゃないけど…。
  
 あ~あ…これで絶望的だ…。
馬鹿なノエル…これですべてがお終い…。
久々に女性から男と認めてもらえて…そこんとこだけは嬉しくはあったけれど…。   




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