徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

続・現世太極伝(第十九話 変わらないで…。)

2006-06-09 18:29:56 | 夢の中のお話 『続・現世太極伝』
 いつもなら起こしても起きないノエルだが今朝は夜明け前にふと目を覚ました。
西沢はさすがにまだ眠っている。
 無数にあった身体の引っ掻き傷は西沢の治療で難なく消えていったが…時々また新しいものが増える。
 死ぬまでここに居てもいいと言ってくれたし…結婚まで申し込んでくれたけれど、ノエルの心が安定するには至っていない。

 西沢はノエルが望めばノエルを傷つけない程度には遊んでくれる。
けれど…西沢が自分から求めたことは一度もないし…ひとつになったこともない。

 だって…いままでは…ずっと小さな子どもみたいに可愛がられていたんだ。
良い時も悪い時も西沢は自分の膝の上に座らせて諭すように語りかけた。
言わば怜雄の子どもたち…幼い恵や有理と同じような扱いを受けてきたわけで…。

 相手が輝ならそんな扱いは絶対にしない。
居候を決めてから一年以上にもなるからノエルも何度か濡場に出くわしている。
 結婚申し込むなら当然…輝にだろ…毎度断られ続けているにせよ…。
あ…それとも…あんまり断れたんで矛先を変えたのかな…?

 自分の命を捨ててまでノエルを護ってくれた人だけれど…その愛の形が結婚に結びつくようなものだとはどうしても考えられない…。
 ノエル自身の気持ちはどうあれ…西沢の方はまるで我が子を見守るような気持ちでいるのではないかとさえ思う…。

 紫苑さん…。 小さな声で呼びかけると西沢は眠そうに薄目を開け、それでも笑顔でノエルを抱き寄せ、またすぐに寝入ってしまった。

 ま…いいか…慌てることないもんな…。 
そのうちに紫苑さんの気が変わるかも知れない…。 
 僕が返事してからの心変わりじゃ…なんか哀しいもんね…。
そんなことを思いながら…ノエルは再び眠りの世界へと落ちていった。 
 


 やれやれ…外は暑いな…と汗を拭きながら怜雄は居間のソファに腰を下ろした。
亮が冷たい麦茶を渡すと嬉しそうに一気に飲み乾した後で、はい…お土産…と持ってきたフライドチキンの箱を渡した。
 キッチンからエプロン姿で前菜を運んできた英武を見て、おやおや…なんて珍しいお姿…と笑った。

 「何がそんなに可笑しいのさ。 僕だってオードブルくらいはできるよ。
千春ちゃんがいくつか教えてくれたからさ。 」

 ノエルの妹千春と付き合い始めて一年余りになるが…英武は齢の離れた千春にますますヒートアップ…。

 千春がオードブルねぇ…ついに花嫁修業でも始めたか…とノエルは肩を竦めた。
人のこと言ってる場合じゃないだろ…と亮が囁いた。

 キッチンの方では西沢と滝川がそれぞれ腕を振るっていた…と言っても肩の凝らない簡単なスナック・メニューではあったけれど…。

 「ひと雨…来そうよ。 風が匂うわ。 
ノエル…デザート…。 アップルパイ…冷蔵庫に入れといて…。 」

 最後に現れた輝が花模様の四角い箱を差し出した。
うん…ありがと…と普段どおりの返事をしてノエルは箱を受け取った。

 「今日は…紅村先生や花木先生は来ないのか…? 」

 怜雄がキッチンに向かって訪ねると、花木先生は今日は九州の何処だかで出版サイン会…紅村先生は探勝会の打ち合わせだそうだ…と答えが帰ってきた。

 「そうか…面白い人たちなのに残念だな…。 」

 おおかた準備が終わると居間のテーブルの周りにいつもの顔が揃った。
堅い話は後で…ということでまずは食事を楽しんだ。
 食事の間中…ノエルは輝の様子が気になっていたが…輝はいつもとまったく変わらなかった。
 片付けをしている時も…傍であれこれ話をしながら…アップルパイを切り分けていたが、特にノエルに対してどうこうは言わなかった。


 「さて…とこれが彼等から届けられた手紙…眼を通してみて…。 」

 SF小説の粗筋書ような短い手紙が怜雄たちの間で回された。
読んだ後のみんなの当惑したような表情がその難解さを表わしていた。

 「まあ…簡単に言えば…神さまの怒りで起こされた天変地異によって世界が壊滅する寸前に…その原因となった連中が逃げ出して生き延び…現代に現れて再び悪さを始めようとしている…ということだな…。 」

怜雄が最初に口を開いた。

 「悪が逃げ延びて…無関係な人が死んだんじゃ…天罰の意味ないじゃん。 」

ノエルが不満げに言った。

 「自然現象だよ…ノエル…。 後世の人が伝説に宗教性を持たせただけさ…。
自然は無差別だからね…。 悪の方が逃げ足は早かったんだろう。 」

 何時の時代でもそんなもんさ…。  
滝川はそう言って笑った。

 「逃げ足はともかく…いくら悪でも現代までは生き延びられないよ。
万のつく歳月なんだから…さ。 
 それが再び出現したというのはどういう意味かな…? 
HISTORIANと同じようにどこかに組織として潜伏していたとか…?
まさか…本当に本人たちじゃないよね? 」

英武が不安そうに言った。

 「タイムマシンでもなきゃ無理でしょう? 
今でも造れないそんなものが一万年以上も前にあったというの? 」

馬鹿馬鹿しいと言わんばかりに輝が肩を竦めた。

 「必ずしもタイムマシンとは限らないよ。 ねえ…紫苑…? 
まあ…全くと言っていいほど在りえない話だけど…重力を考えた場合にはね。 」

亮がそう言うと西沢は頷いた。

 「そう…重力の強い場所では時間が遅れるという話をそのまま考えればね。
時空の歪み…という言葉からは僕も重力を思い浮かべたんだが…。

 何も考えずに…言葉だけから受け取れば、重力の強いところへ逃げ込んで何十年か経って出てきたら外の世界ではなんと一万年経ってました…なんて話が出来るけど…それは笑い話に過ぎない。

 その説はきみの言うとおり在り得ないね。 選択の余地なし…。
そんなところでは何も存在できないと言うか…そんなところへ落ち込んだら光だって脱け出せない…。 」

 ああ…ブラックホールのことね…。  
それは逃げ込める場所じゃないな…と怜雄が頷いた。

 「むしろ…輝の言うタイムマシンを考えた方がいいね。
タイムマシンを意図的に造ったと言うよりは…たまたまそういう働きをするということなんだが…光速或いはそれに近い速度の出せる宇宙船だ…。

 それに乗って光速で十年ほど宇宙を旅してくれば…地球では万のつく年月が経っていると…まあそんなところ…。 」

西沢が夢のような話をすると、理論上はね…と怜雄は笑った。

 「そうだな…地球の重力と同じ1Gの加速度で中間距離まで加速して、その後、減速するという行程を90%~100%の光速で一万何千光年の距離を旅すると…まあ船内時間で10年ほども経てば地球では一万何千年以上たったと言う話にはなるな…。
 けど…口で言うような簡単なこっちゃないからね…。 そんな宇宙船…そうそう造れたもんじゃない…。 
 あのシャトルでさえ、だいたい時速一万キロ…光速と言えばあなた…秒速三十万キロよ…。 分かる? 」

 うん…まあ…何となく…言いたいことは…。
ちょっと引き気味に英武が答えた。
そんなに高速の宇宙船はまだ造れないってことだけはね…。

 何で…? 宇宙船で10年しか経ってないのに地球で一万何千年も経つのさ?
ひそひそ声でノエルが亮に訊いた。
 よせ…ノエル…話が別の方向へ行く。 
後で説明してやるから…物理で習っただろ…。

 「それは…つまりだね…。 高速の乗り物の中では時間に遅れが生ずるからだ。
高速の乗り物の中で床から天井に光を放つとすると中に乗っている人にはまっすぐに光が天井に向かうのが見えるだろ。
 それを乗り物の外から見ると光も乗り物の動きと一緒に斜めに移動しながら天井に向かうので、その分、光が天井に到達する時間が長くなるわけだね。
そこに時間の遅れが生じるわけよ。 」

 よくぞ訊いてくれました…とばかりに怜雄は満足げに説明を始めた。
話がそのまま重力にも及ぼうとしている気配なので慌てて西沢が止めた。

 「物理学の講義はまた今度ということで…話を本題に戻そう。
怜雄…分かりやすい説明を有難う…。

 とにかく…タイムトラベルだか何だか方法は分からないが…その逃げた悪どもが帰って来て人類を滅ぼそうと企んでいるわけだ。

 で…ヒントとしては…すべては人の中に潜むという言葉…。
あと…亮とノエルが実際に見た公園で外国人を襲っていた人物…。 」

何か覚えてる…?と訊かれてふたりは顔を見合わせた。

 「見た感じ…日本人だったよ…。 僕…すぐのびちゃったから…顔貌は覚えていないけれど。」

ノエルが言った。亮もそれに同意した。

 「若い男だったような気がする…170cmくらいの…そうだね…玲人さんくらいの体型で…。 」

覚えている限りを亮が話した。

 「輝…英武…ふたりの自覚していない記憶を読み取ってみなよ…。 」

 滝川がそう勧めた。
そうね…と輝がノエルに触れた。英武も亮の手を取った。
ノエルは少しどきどきした。

 「普通の…若い男だわ…。 ノエルたちの言うとおり日本人よ。
おかしいわ…。 この男には自分が能力者であるという意識がないのよ。
それなのに特殊な力を使っている…。 」

輝はちょっと首を傾げてからもう一度ノエルに触れた。

 「夢を…見ているような状態なんだわ…きっと。 
催眠術にでもかかっているのかしら?」

 あぁ~…と英武が妙な声を上げた。
みんなの目が英武に集まった。

 「この男知ってる…。 磯見くんじゃない? 紫苑…ちょっと手を貸して。 」

 西沢が手を出すと英武はその手を取って男の顔を西沢に見せた。
暗がりでぼけてはいるが…なるほど磯見のように見える。

 「なんで…磯見が…? この男が特殊能力者だなんて…気配もなかったのに。」

西沢は怪訝な顔をした。 

 「確かにそうだよね…。 僕もこの前会った時には感じなかった。
今…ひとつ言えるのは…どうも…本人の意思で動いているわけじゃなさそうだ。
かと言って…何かに操られているとも思えないんだけど…。 」

英武も判断に困った。
 
 「遺跡で妙な状態に陥った人たちの…その後の行動を調べてみる必要がありそうだな…。
 被害に遭ったのは一般の人たちなので…どのくらいの情報が得られるかは分からんが…出来るだけ手配してみるよ。 」

滝川が思いついたように言った。

 「恭介…少し前にこの地区へ足を向けた人たちを中心に調べてくれないか…?
隣町の駅裏にあるHISTORIANの拠点が襲われたんだ。
 襲った人たちは…磯見と同じ状態にあったと考えていい…。
遠くからわざわざ出向いて来ているようなら…突発的な行動じゃなくて…いくらか前から妙な言動があったに違いない…。 」

 西沢はそう滝川に頼んだ。
了解…やってみよう…と滝川は答えた。

 すべては人の中に潜む…か…。
怜雄がしみじみとその言葉を繰り返した。



 あまりに荒唐無稽な手紙のことは伏せておき、特殊能力者とは感知できない能力者が現れ、特定の能力者が襲われるような事態が起きているという情報だけをそれぞれの一族に持ち帰えるよう西沢はみんなに指示を出した。

 その攻撃の矛先がこれから何処に向けられるか分からないので注意するようにとの警告を添えて…。
 勿論…同様のことは上へも報告した。
上の判断で御使者仲間から関連する一族へ…滝川を通じて全国の家門にも注意情報は伝えられるだろう。

 みんなが引き上げた後…ノエルがぼんやり籐のソファに座っていた。
いつものようにくしゃくしゃっと頭を撫でた西沢の手をノエルが捕まえた。
ソファの前に膝をついて西沢はノエルと目線を合わせた。
 
 「輝さんに…きっと…分かっちゃったよ…。
僕のこと読んだから…。 
輝さん怒らない? 紫苑さんとの仲…まずくならない? 」

 西沢と輝の関係に罅が入ることを心配するノエルは不安げに言った。
輝は…ずっと前から知ってるよ…と西沢は微笑んだ。
隠したりしないんだ…お互いに…。

 「僕…嫌だな…。 輝さんと紫苑さんの関係を壊しちゃうの…。
だって…ずっと…ずっと…愛し合ってきたんでしょ?  」

ノエルは哀しげに西沢を見た。

 「壊れたりしないんだ…ノエル。 
僕がきみを好きになっても…何も変わらない。
輝も…恭介も…誰も何も変わらない…。
 それとも…僕はきみだけのものになった方がいいかい? 
浮気者の僕は嫌い…? 」

西沢は穏やかに微笑んで訊ねた。

 「ううん…変わらないで…。 このままがいいんだ…。
このままが一番…居心地がいい…。 みんな変わらずに居て欲しい…。 」

 ノエルも笑顔を見せた。
西沢の腕がそっとノエルを抱きしめた。
 16で時間を止めたノエルの…心…何時か扉が開きますように…。
大丈夫…何も…変わらないよ…安心して…ノエル…。






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