徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

続・現世太極伝(第二十一話 きみにあげる…。)

2006-06-13 23:25:14 | 夢の中のお話 『続・現世太極伝』
 溜息ばかり吐いている西沢を新聞の端から眺めながら、どうしようもないな…と半ば呆れたように首を振った。
 時には周りがぶっ飛ぶほど強引で大胆なことも仕出かす代わりに、石橋を叩くどころか解体用鉄球でどつきかねないほど慎重になるようなところが西沢にはある。
そんなもんでどつかれたら逆に壊れるわけで…過ぎたるはなんとやら…。
 
 今回のことだって本音を言えば…最初は滝川の方がぶっ飛びそうだった。
ノエルのことを専門の心療医に相談したいのはやまやまだが…他人の子供を勝手にその手の医療機関に連れては行けない。
 ノエル本人が行くと言えば問題は無いが…他人に身体のことを知られたくないノエルは絶対にOKしないだろう。

 そんなこんなで考え出したのが結婚!
ずっと居ていいよ…と言ったところでノエルは不安がるに決まっている。
 だったらその証に結婚しちゃおう…。
そうすればノエルは家族なんだから誰に遠慮する必要も無くなる。
 ここがノエルの居るべき場所だ。
いつかノエルに好きな女性が出来て…自分から出て行くまで…。

 「おまえが落ち込んでどうすんだよ…? 
ノエルの卒業まで待つなんて硬いこと言ってないでさっさと結婚しちゃえよ。
 どの道…戸籍はどうにもならないんだから仲間内で披露パーティでもしてさ…。
そうすりゃ…ノエルの立場は同族の中では保障される。 」

 それはそうなんだけどね…肝心のノエルがまだ…うんともすんとも…。
西沢はまた溜息をついた。

 「おまえの傍に自分の居場所が確保されることで少しはノエルの気持ちが安定するかもしれない。
 誰も女扱いなんかしないからノエルは今までどおりのびのびと男で居られる。
結婚なんて単にノエルに居場所を保障してやるための方便に過ぎないんだから…。
ノエルが気兼ねなくこの部屋に居られるようにすればいいだけのことで…。 」

 方便か…まあ…言ってしまえばな…。
少し寂しそうに西沢は笑った。

 「何とか16歳の自分から脱け出して…大人の男として好きな女性と一緒に暮らしたいという気持ちが出てくれば…しめたものだ。
 そうしたら…おまえの手元から放ってやればいい…。
次の居場所はその女性との新しい家庭…。
 いつかはおまえのもとから巣立たせる…酷い選択だとは思うが…おまえが決めたことだからな…。 」

 滝川が厳しい口調で言った。 
分かってるさ…と西沢は答えた。

 「それじゃあ…動け…。 とにかく自傷行為だけでも止めさせないと…。 」

 西沢の表情が曇った。
悠長に二年も三年も待ってる場合じゃないぞ…。

 「分かった…。
だけど…これはあくまで僕の考えに過ぎないから…現実に上手くことが運んでくれるとは限らないぜ…。 」

 考えねぇ…ふふん…よく言うよ…心底…ノエルが可愛いくせによ…。
輝じゃねぇけど…妬けるよ…。
滝川はそう言って笑った。



 
 あちぃ~…マジあちぃ…。 
玄関からエアコンの前へ飛んできたふたりに、キッチンで素麺を湯がいていた西沢がテレビつけてよ…ニュース聞きたいから…と頼んだ。

 亮がすぐにテレビのリモコンを取ったはずなのに一向にニュースが始まらない。茹で上げた麺を水にさらしてざるにあげてから、怪訝そうに居間を覗くと、亮は真剣な顔をして画面を見つめていた。 

 どうやらワイドショーか何かで…有名人の家庭を訪問してその人の半生と日常を紹介するコーナーを見ているらしいのだが…。
テレビに向かって何やらぶつぶつ言っていた。

『去年…妻のね…もとのご主人との息子さんが二十歳になったんで…私等も正式に入籍することにしたんですよ…。 八年ほど…待ちましたが…ようやくね…。』

 待ってくれなんて言ってないし…。

『まあ…妻も月に一度はあちらへ通って…会ってはいたみたいですけど…。』

 会ってねぇよ…来てねぇし…。 離婚の時以外顔も合わせてねぇって…。

『妻にとっては可愛いひとり息子ですからねぇ…。 』

 どこがだよ…ポイ捨てにしといて…。
 
 画面にはわりと有名な作家と上品そうな笑顔の妻が映し出された。
唇噛み締めながら亮はじっとその画面を見据えた。

 亮の母親は能力者ではないが名門の出で、如何にもお嬢さまというタイプの女性だったというから、昔は名家だったとは言え…すでに凋落した木之内家で、帰って来ない有を待ち続けるだけの生活に嫌気がさしたに違いない。

 ま…あの親父とこの人は根本的に合わんわな…。
今が幸せそうで良かったじゃん…。
亮はそう呟きながらチャンネルを変えた。

 「バリバリ自分が働くタイプの女性じゃなけりゃ…親父の奥さんは務まんない。
絵里さんと結婚していたって…結果は同じだったかもしれない…。
その場合は…僕は誕生してなかっただろうけど…。 」

 そう言って亮は鼻先でふふんと笑った。
亮の場合…家にも帰れなかったノエルと違って金と居場所だけは保障されていた。
周りに誰も居なかっただけで…。
 
 中学に入学した頃から、喰うも寝るもひとりきり…。
雑貨やゲームを買い集めて自分の部屋をいっぱいにすることで、満たされない心を癒してきた。
 最近になって…ずっとネグレクトしていた父親…が本当は亮を家門から解放するためにいろいろ考えてくれていたことを知った。
このところぎごちないながらも父親とはお互いに歩み寄りを見せている。 

 「あ…別に紫苑のせいなんかじゃないからね。
親父とお袋は相性が悪かったんだよ。 あの親父がお嬢さまの面倒なんて看きれやしないって…。 」

 背後で哀しそうに自分を見ている西沢に亮は笑いながら声をかけた。
西沢は僅かに笑みを浮かべて頷いた。

 

 そのニュースが全国を駆け巡ったのは亮がテレビで自分の母親を見てから間もなくのことだった。
『作家の妻…謎の事故死!』などと見出しのついた写真つきの記事がでかでかと新聞や雑誌に掲載された。  

 原稿を受け取りに来た担当者が新人の担当者を紹介したところ、それまでいつもと変わりなかった作家の様子が急におかしくなり新人に掴みかかった。
 丁度お茶を運んできた妻が止めようと作家にしがみついたところ、作家が激しく抵抗したため突き飛ばされて転倒…病院に運ばれたが間もなく死亡…。
やがて意識を取り戻した作家は自分が暴れたことをまったく覚えていなかった。

 同席したいつもの担当者は、作家と新人の担当者の間には何の面識も無く、新人も作家には礼儀正しく接しており、失礼な態度に出たわけでもなく、なぜこんなことになったのか、さっぱりわけが分からないと言っている。

 そんな内容の記事だった。
夫である作家が警察に引っ張られてしまったので、妻の葬儀は妻の実家が執り行うことになった。

 亮のもとに母親の実家から連絡が届いたのは病院に運ばれてすぐのことだった。
亮と有は臨終には間に合わなかったが遺体には対面することが出来た。
 母を失って…悲しいと言うよりは現実味の無い不思議な感覚だった。
居ないのが当たり前のような気もして…。

 亮にとって祖父にあたる人が…木之内で大人しく暮らしておればむざむざ死なずに済んだものを…と嘆いていた。
 外聞を気にする実家の一族は、亮の母親が木之内家を出て浮気相手の作家のもとへ走ったことを快く思っていなかった。

 有との結婚は親同士が決めたものだから、祖父としては木之内有という男を十分吟味して選んでいる。
 その上で結婚させたのに勝手に離婚…娘に裏切られたという気持ちが大きく、実の娘でありながら亮の母親とはほぼ絶縁状態だった。
母さんも…結局…孤独だったんだ…と亮は思った。

 菩提寺で通夜と葬儀を執り行うことになったが作家の家族は姿をみせなかった。
代わりに亮の母親に助けられたという出版社の新人社員が通夜の席に来ていたが、亮はその顔に見覚えがあった。

 三宅…? 一度しか見てないけど…確かに三宅だ…。
新人社員も亮に気付いたようで驚いたような眼を向けた。

 襲われたのは三宅だったのか…。
じゃあ…あの作家は…潜在記憶保持者で…三宅をHISTORIANの一員と認識したんだ。
 けど…紫苑の話じゃ三宅はただのパシリだったはずで…襲われるほど深入りしてたわけじゃないのに…なぜだろう…?

 そこまで考えて急に我に返った。
母親の通夜だというのにそのことよりも他の事に気が行ってしまう。
いままでの母子の関係の希薄さを物語っているようで、なんとも切なかった。
 


 通夜だの葬式だの後始末だので出て来られない亮の代わりにフルでバイトをこなしているノエルが、欠伸しながら谷川書店から戻って来た。

 明かりが消えているのを見て、西沢が朝からずっと仕事部屋に籠もっていることに気付いた。
 キッチンを見たところ食事をした様子が無い。
またか…とノエルは思った。
紫苑さん…夢中になると後先考えないからな…。

 ノエルは食パンを取り出して簡単なサンドウィッチを作った。
お手軽ぅ~僕でもできる~♪
アイスティーをコップに満たして出来上がり…。

 紫苑さん…ただいま…入るよ…と声をかけて扉を開けた。
仕事部屋の隅においてある小さなテーブルの上にふたり分の夜食の乗ったお盆をおいて、ノエルは何気なく西沢の方に眼を向けた。

 目の前に海が広がった。
何処までも碧い世界の中に聳え立つ岸壁…。 天より射し…ゆらめく光の糸…。
 不思議な光景に魂が惹き込まれそう…いま僕はそこに居る。
全身に水の揺らぎを感じる…。 静寂の中の生命の音…。

西沢の描く独特の世界にノエルはしばし酔いしれた。

ノエル…。

不意に西沢が声をかけたので…ノエルはやっと現実に戻った。

 「あ…夜食…。 」

 西沢が微笑んだ。
有難う…そう言えば昼も夜も抜いちゃったなぁ…。

 イラストを向こう向きにして、西沢はこちらへとやってきた。
間違ってもイラストが汚れることのないようにテーブルと仕事場の間に衝立を立てた。
 いつもはあまり気を使わない西沢だが、手元に置いておきたいほどの作品となるとやはり神経を使う。

 最もひとりの時はここで飲み食いをするような愚行はしない。
ノエルや亮が持ってきてくれるのを断れないだけで…。

 ノエルがじっと見つめる中…西沢は1個目のサンドウィッチに手を出した。
思わず顔がほころんだ。

 「どこか…変? 」

 ノエルも慌てて食べてみた。 ちょっと薄味かな…?
マヨネーズ持ってくるね…。

 「いいよ…美味しいよ…。 」

 そう言って西沢は本当に美味そうにサンドウィッチを頬張った。
ノエルは嬉しそうに笑った。

 ずっとこのまま僕の傍に居てくれたらいいのになぁ…。
その笑顔に見とれながら…西沢は心秘かに思った…。

 でもそれは望めないこと…望んではいけないこと…。
いつかはここを離れて…愛する女性のもとへ巣立つことができるように…。
 本物の温かい家庭を手にすることができるように…。
それがノエルの幸せ…それがきっと正しい選択…。

 その日が来るまではずっと…僕の心をきみにあげるよ…。
止まった時が再び動き出すように…僕がきみを包んで行く…。

 今は僕がきみを必要としている…きみの居場所は僕の心。
だから…ノエル…傷付けないで…きみの身体を…きみの心を…。





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