徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

続・現世太極伝(第十八話 喜劇…プロポーズ)

2006-06-07 18:39:58 | 夢の中のお話 『続・現世太極伝』
 三宅が彼等と関わりを持ったのはほんの少し前…美咲の写した写真が手元へ戻ってきてからだった。
 美咲が最後に見ていたものをどうしても知りたくて、無駄だとは思いつつも再び葦嶽山へ行ってみた。
 そこで熱心に巨石を観察している塾長と出会い…趣味の話で意気投合し…勉強会に誘われたとのことだった。

 まあ…その程度の付き合いじゃ…パシリでも仕方ないか…。
それでもましな扱いの方だ…。
 新顔の三宅を連絡係に選ぶとは…彼等もよっぽど切羽詰っていたんだな…。
それとも…わざわざ三宅を選んで組織に引っ張り込んだのか…? 

 三宅にはこれから先は出来るだけ彼等とも距離を置くようにと忠告した。
彼等を襲った連中が無関係な三宅にも牙をむかないとも限らないから…。



 三宅が役目を終えて安心して帰って行った後で、西沢はもう一度、さほど長くはない原文と翻訳文を読み返した。
 予言されていた危機…。時空の歪みによって繋がった過去と現代…。
再び滅亡を招こうとしている過去に追放された者たち…。
そして…彼等の言葉…すべては人の中に潜む…。

 仕事部屋でも…キッチンでも…湯船の中でも…繰り返し内容を思い浮かべ、ああかこうかと検討してみる。
思いつく限り考えては見たが…そのパズルは容易に組み立てられなかった。 

 何はともあれ…ノエルが戻ってきたことは確かなので、その点ではやっと落ち着いた気分で手足を伸ばした。

 ノエルはまだ…萎れたままで…この暑いのにいつもの西沢のパジャマに包まって籐のソファの上に居た。

 いつものようにノエルの頭をくしゃくしゃっと撫でて通り過ぎようとした。
ふと…大きなパジャマの襟から覗くノエルの身体に眼を止めた。

 「ノエル…その傷どうしたんだ? 」

 無言のまま答えないノエルのパジャマのボタンをひとつはずすと…ノエルの身体には瘡蓋になったものや血の滲んだ無数の引っ掻き傷が残っていた。

 「だって…嫌なんだ…この身体…。 考えただけで…うずうずして来るんだ。
傷ができるとスーッとする。 壊れちゃえばいいんだ…。 」

 西沢は俯いたまま何も言わなかった。
西沢がノエルのパジャマに手をかけたままじっと動かないので、ノエルは不安げに顔を覗き込んだ。 
 
一筋…二筋…涙が頬を伝っていた。

 「ごめんな…ノエル…。 もっと早く気付いてやればよかった…。
待っていないで…迎えに行ってやれば…よかった…。 」

 違う…これは…紫苑さんのせいじゃない…。
僕が…僕が…馬鹿だから…。 

 「痛かったろうに…。 ごめんな…。 」

 違うってば…。 どうしよう…紫苑さん泣かせちゃった…。
ノエルはうろたえた。
 
 「ノエル…こんな冬のパジャマじゃ…汗で傷がひりひりするよ…。
夏のやるから脱ぎな…。 
そう言えば…去年もそれで通したな…もうぼろぼろだろ…処分しよう。 」

西沢は収納棚の扉を開けて新しい夏物を取り出そうとした。

 「僕…新しいのいらない…。 」

 そう言うとノエルはソファを降りてベッドの上の肌掛けの中に潜り込んだ。
だめ…これは…これは…ここを出て行く時に持っていくんだ…。
心の中で叫んだ…。

 「だって…ノエル…襟の辺りも擦り切れてるし…冬物がいいなら他のをやるよ。
新しいのが買い置いてあるんだ。 」

 西沢が新品のパジャマを取り出した。
明日一度洗濯してからあげるよ…。

 「これがいい…。 これじゃなきゃだめ…。 」

ノエルの執着心に西沢はふうっと溜息をついた。

 だって…これは…紫苑さんなんだ…。
いつか…ここに居られなくなっても…きっとこれがあれば…。

 「いま…何て…? 」

 西沢の心にいま確かにノエルの声が聞こえたような気がした。
絶えずノエルを取り巻く不安…居場所を失うこと…西沢を失うこと…。
 
 「僕の…代わりなの…それ…? 
そうか…じゃ…大事にしてもらわなきゃなぁ…。 」

聞こえちゃった…。 

 「でも…ノエル…本物はどうするの? 放りっぱなし?
それ…ひどくない? 本物も大切にして欲しいよなぁ…。 」

 きょとんとした顔をしてノエルは肌掛けの中から顔を出した。
西沢はベッドの縁に腰掛けて横目でノエルを見た。

 「置いてけぼりは嫌だなぁ…。
蝉じゃないんだから…脱け殻だけ持ってかれてもなぁ…。 」

 不満げに唇を尖らせながら西沢はぼやいた。
あっ…とノエルは思い出した。
 実母が西沢を道連れに無理心中を図った時に…西沢だけが生き残ったことを…。
置いてけぼりをくった西沢が…ずっと自分の存在意義を探し続けていることを…。

だけど…僕に何が出来る?

 「僕…ただの居候だもん…。 何の役にもたたないし…迷惑ばかりかけるし…。
我儘ばかり言って…甘えてばかりだし…居ても邪魔なだけだよ…。 
紫苑さんもそのうち持て余す…。 」

 ノエルは悲しげに笑った。
僕が居ても何にもしてあげられない…。  

 「脱け殻なんて…愛してないで…僕を愛してくれたらいいのに…。 」

 西沢が溜息混じりにぽつりと呟いた。
えぇっ…? 何それ…? 
ノエルは怪訝そうに西沢を見つめた。

 「ノエルがさ…ここに居たいんなら死ぬまで居てくれて構わないんだよ。
ただ…きみの気持ち次第で僕は扱いを変えなきゃいけないだろ?

居候か…友達か…恋人がいいのか…僕の奥さんになりたいのか…でさ。 」

 奥さんって…そりゃ無理だろう…いくらなんでも滅茶苦茶だ。
紫苑さんの頭の中ってどういう構造してんだろ…。
 
 「だって…可笑しくはないだろう? ノエル…両方なんだからさ…。
俺は男だ…そのままがいいってなら…友だちとしてここにいればいい。
紫苑だけは特別ってのなら…いっそ奥さんになっちゃえばいい。 」

 おいおい…極端すぎる…って。
さすがのノエルも頭を抱えた。 
 どぉすりゃいいの? 
有り得んし…。 そんなの…できるわけないじゃん!
それに…輝さんどぉすんのよ~。

 「まあ…急ぐことないから…考えといて…。
答えは二年先でも三年先でも構わないよ。 どちらにせよ…出て行かなくてもいいんだからね…。 
 木之内の父さんが…亮の嫁さんにしたいなんて言ってたけど…亮には彼女ができたみたいだしさ…。
なら…僕が貰っちゃっても良いかな~って…。 」

事も無げに西沢は笑いながら言った。

 笑いながら簡単に言わないでよ~。 僕…真剣に悩んでるのに冗談でしょ~。
こんな喜劇みたいなプロポーズ聞いたことないよぉ…。
あ~輝さんの嫉妬ってこれかぁ~?

 親父が聞いたら一週間は寝込むよ。
息子が結婚申し込まれたなんて…しかも男に…。
どぉぉすりゃいいんだぁ~!



 どうすればいい…?と訊かれても亮にも答えようがなかった。
普通の場合なら…好きな相手からプロポーズされたと聞けば、おめでとうよかったね…と言って祝福してあげればいいのだが、ノエルの場合は…。

 「ノエルは…どうしたって女の子にはなれないよなぁ…。 
生まれた時から男の子やってるんだもんな…。
紫苑の傍には居たかったんだろうけど…結婚までは…。 」

 答えに詰まった亮は有に相談を持ちかけた。
有は意外にも驚かなかった。

 「紫苑は別に…ノエルに女になれと言ってるわけじゃない。 
そのままのノエルでいいから紫苑自身を心の拠所にしろと言ってるんだ。
 それもひとつの方法だよ…。 ノエルの決心次第だな…。 
そうなったら俺はノエルの本当のお父さん…いいねぇ…それ。 」

 何言ってんだか…この親父は…。
亮は肩を竦めた。
 紫苑もよく考えるべきだよ…ノエルが困らないようにさ…。
時々…わけの分からない行動に出るからな…。

 「亮…誤解するな。 紫苑は好き嫌いだけの軽い気持ちでノエルに結婚を申し込んだわけじゃないぞ。
 いつ訪れるかもしれないノエルとの別れを覚悟してのことだ。
今は紫苑のことしか頭にないノエルだが…自分は男だっていう意識が強いから…いつかはその心が女性に向くかもしれない。

 その時が来たら潔く身を引くつもりでいるんだよ。
ノエルがずっと幸せで居られるように…紫苑なりに考えたんだろう。
それまでは自分が支えてやって…それからはノエルが支えていけばいい…と。 」

 有から西沢の本心を聞かされて亮は愕然とした。
亮もずっとノエルが好きだったけれど…別れを覚悟してまで一緒になろうとは思わなかった。
 
 「紫苑は…犠牲になるつもりなの…? ノエルを支えるために…? 」

いいや…と有は首を横に振った。

 「犠牲ではない…。 その日まで…その時が来るまで…ふたりの時間を幸せに生きようと思っているだけだ。
 それが紫苑の生き方なんだよ…。
紫苑ならノエルを在りのままに愛するだろうから…今までと何ら変わることなくノエルも生きていける。 」

 やがて訪れる悲しみと苦痛を覚悟しての…愛。
信じられねぇ…僕なら避けるよ…そんな結婚…絶対…考えもしない。
紫苑らしいと言えば…紫苑らしい…けど…。

 「ノエルには…そのうち紫苑から話すだろう。
黙ってろよ…ノエルが自分の気持ちに正直に決心できないといけないからな…。」

 すぐさまノエルに話してしまうかも知れない亮に有は釘をさした。
それでもきっと…紫苑は幸せなんだ…と…。






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