徒然なるままに…なんてね。

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ほとんど…小説…だったりも…します。

続・現世太極伝(第二十八話 遊んであげる…。)

2006-06-26 12:47:54 | 夢の中のお話 『続・現世太極伝』
 これと言ってきちんとした解答の得られない問題に、正直、かなり焦れてきていたから何もかも放り出してすっきりしたいのはやまやまだけれど、そうできない理由がそれぞれにあった。
 家門を成さない紅村や花木の立場ならば、我が身と家族さえ無事であれば別段問題はないから知らん顔しようと思えばできないことはない。
 今回…西沢がふたりに声をかけなかったのも、あまり深入りさせては気の毒だと考えたからだ。

 西沢は御使者だから何があっても途中で投げ出すことは許されない。
西沢…滝川…島田と宮原…どの一族もHISTORIANからの例の手紙を受け取っているから…古文書を持つ三宅ほど警戒されることはないにせよ…何かの拍子に同族の者たちが敵と見做される虞があるため、族人を保護する責任があった。

 亮もノエルも襲われていたHISTORIANの組織員を助けようとして、磯見に顔を見られているから…すでに敵と認識されているかもしれないし、亮にとっては母親の…ノエルにとっては元カノの仇とも言える相手だった。

 DNAの話が出てから輝はじっとノエルの御腹を見つめていた。
DNAは…ここで合成されるのよね…。

 「ねえ…技術的な操作じゃなくても…ノエルのように不思議な子宮を持っている女性が居たとすれば…可能じゃないかしら…? 」

 再びみんなの目がノエルに集中した。
視線を浴びてノエルは固まった。

 「ノエルにその力があるわけじゃないけど…もしもよ…親から子へと普通のDNAの持つ情報と同時に余分な記憶情報を付加して受け継がせられるような能力を持っていたとすれば…技術がどうのって考える必要もなくなるわ…。 」

 確かに…技術や知識がなくてもそういう特殊な能力が在れば…と怜雄は思った。
第一世代にそういう女性が居れば可能かもしれない…。

 「最初の女性が遺伝子の中に情報を組み込んでしまえば…後はそのままDNAに乗って次世代に受け渡され…継承されていくかも知れないな…。 」

 普段は眠っているそれらの情報が何かの刺激で一斉に眼を覚ましたとすれば…あちらこちらで繋がりのない人間同士が同じような行動をとり始めたのも頷ける。

 「怜雄…それらの情報を潜在記憶保持者から取り除く…或いは再び眠らせることは可能なんだろうか…? 」

 西沢が探るように怜雄を見つめながら訊いた。
眉間にしわを寄せてう~んと唸ってから怜雄は口を開いた。

 「遺伝子の組み換え治療を応用して…ひとりひとり該当するDNAをオフにセットする…なんてことは到底我々には不可能だけれど…。

 もしかすると…それらを目覚めさせた何かをストップさせることで上手く収まるかもしれないし…或いは彼等だけに共通する何かを見つけて消去するか抑え込む…そんなとこかなぁ…。 」

 共通する何か…か…? 遺伝子レベルの差異を見分けられるかなぁ…?
みんなの口から溜息が漏れた。

 「特殊能力者にはそれが可能だ…とHISTORIANは判断したんだ。
とにかく…もう一度…岩島先生や磯見に接触して共通点を探ってみるよ。
 出来れば…HISTORIANにも近付いてみる…。
何か情報が得られるかもしれないからね…。 」

 

 洗い終えたカップを拭きながらノエルは、ぼんやりと輝が帰り際に掛けていった言葉を思い出していた。
 輝は西沢の長年の恋人である輝を差し置いて西沢と結婚したノエルに対して、怒りとか憎悪とかいう悪感情は持っていないようで、いつもどおり淡々としていた。
 まるで…そんな滑稽な結婚なんて形だけのものよ…私と紫苑の間がそれでどうにかなってしまうということではないもの…とでも考えているかのようだった。

 「私はこれからも変わらない…あなたに遠慮なんかしないわよ…ノエル…。 
紫苑と寝たい時は寝るし…遊びたい時は遊ぶわ…。
 それに…時々はあなたとも…遊んであげる…。 紫苑だけじゃ退屈でしょ…坊や…?
どうせならお互いに楽しく過ごした方が…得だわ…。 」

 そう言って目の前で西沢とキスを交わして帰って行ったけれど…ノエルもこの前と違ってなんとも感じなかった。

むしろ…遊んであげる…の方にどっきり…。
 さんざん痛い目にあってるのに…男って懲りないのかな…と自分でも思う…。
輝さんに挑発されたら…跳ね除ける自信ないもんね…。

 変なノエル…おまえ…本当はいったいどっちなんだ…?
そう自分に訊いてみても答えなんか出るはずもない…。

 とにかく…今日からここが僕の家…もう出て行かなくていいんだ。
ここに居てもいいってみんなが認めてくれたんだから…。
紫苑さんのご両親も一応はOKしてくれたし…来てはくれなかったけどね…。

 「ノエル…ごめんな…。 養父も養母も…決してきみのことを嫌ってるわけじゃないんだけど…。 」

 えっ…何のこと? 不意に謝られてノエルは戸惑った。
西沢は飾り棚の上の豪華な花籠を見つめていた。

 「あの人たちは…僕が結婚する時には…この地域の最高級のホテルで豪華な披露宴をしようと計画していたんだ…。
西沢家の婚礼に相応しく各界の名士を招いてね…。
僕が…それを拒んだものだから…臍曲げているだけなんだ。 」

 気にしてないから…とノエルは答えた。
笑っちゃう…打掛やウェディングドレスなんて…僕…着られないもん。
そんなところで式なんか挙げられない…。
 
 「千春がさ…大笑いしてたんだ…冗談みたいなカップルだって…。
誰が見たって…そうだよね…。 自分でも可笑しい…。 」

 ノエルは自嘲した。
なんで…?と西沢は首を傾げた。

 「僕の周りは誰も変だとは思ってないよ。 恭介も輝も…父さんも亮も…。
怜雄や英武…紅村先生…花木先生…誰も違和感を持ってないし…谷川店長や悦ちゃんだって…。
相庭や玲人もちゃんと納得してるし…。 」

 そうなんだよねぇ…そこが不思議なんだけど…。 
やっぱ…紫苑さん自身が普通じゃないってことなんだよなぁ…きっと…。
かもね…と西沢は笑った。


 カーテンを透して寝室に射しこむ月明かりがとても神秘的でノエルは籐のソファに蹲ってぼんやりそれを見ていた。
太極の居る陽だまりもいいけれど…月明かりもなかなか…。

 こんなコンクリートの街だというのに、開け放した窓から虫の音が聞こえてきて静かで気持ちのいい夜だ。
でも…開けっ放しは…ちょっと寒いかな…。

 西沢から貰った新しいパジャマの裾を引き摺りながら、ノエルは窓の傍まで歩いて行った。
 そう言えばそろそろぴかりんの絵も完成だよな…。
完成したら…どうするのかなぁ…あの絵…展覧会に出すとか…売るとか。
ま…僕には関係ない…か…。

 あの頃…ぴかりんの授業をさぼって何してたんだろう…。
教室で昼寝してたり…早弁してたり…屋上に居たり…。
学校ずらかって…他所で喧嘩してたこともあったかもな…。 
  
 何にも考えてなかった…考える必要もなかった。
居場所なんて何処にでもあった…。 
あの事故に遭うまでは…。
 
 紫苑さんが居なかったら…生きてなかったな…多分…。
太極に出会った段階で…もうほとんど限界だったんだ…疲れちゃって…。
かろうじて…太極に慰められながら生き延びてたようなもので…。

 だめ…ノエル…考えちゃだめだ…。
また…引っ掻きたくなっちゃうから…傷つけたらいけない。
紫苑さんが悲しむよ…。 

 ノエル…ここに居られるんだよ…。 
紫苑さんの傍に居てもいいんだよ…。

パジャマ…あのパジャマ…何処…!


 西沢が寝室に入ってきた時…そのあたりに新しいパジャマが脱ぎ捨ててあり、ノエルはまた古いパジャマに包まっていた。

 西沢は何も言わず脱ぎ捨てられたパジャマを拾ってソファの腕に掛け、そっとノエルの頭を撫でた。

 ノエルはこそこそっと胸の辺りを隠すようにしてベッドに潜り込み、西沢に背を向けるようにして布団を被った。

 「ノエル…見せてごらん…。 」

 そう言われて渋々と西沢の方を向いた。
西沢がボタンを外すと…数本の引っ掻き傷に血が滲んでいた。

 「少し…減ったね…。 それに…以前ほど深い傷はない…。 」

 怒らないの…?とノエルが小さな声で訊いた。
西沢は微笑んだ。

 「少しずつ良くなっているんだよ…ノエル。 
すぐには止められなくても…傷…少なくなってるんだからいいじゃない…。」

 うん…とノエルは頷いた。
だけど…もし…また…輝さんとそんなことになったら…壊れる…。
ならないようにはするけど…なるかも…やっぱ…自信ないよ…。

 「遊んであげるって…言われたんだ…。 」

 ノエルは呟くように言った。
告げ口するみたいで嫌だったけど…また前みたいな想いをしたくなかった。
話しちゃった方がいい…と思った。

 「遊んで貰えばいいさ…。 きみがOKなら気にすることなんてない…。
僕自身が浮気性なのに…きみに文句なんか言わないよ。
 それに…僕はきみを完全な女の子にしてしまうつもりはまったくないよ。
きみもそうなろうなんて思わないで…。

 きみは半分男の子…むしろ男の子の割合の方が大きいでしょ…。
今までどおりのノエルでいいんだよ。
 輝とでも亮とでも遊びたきゃ遊べばいいし…暴れたきゃ暴れてくればいい…。
男のノエルも女のノエルも居て当たり前さ。 無理に殺すことなんかない…。 」

結婚…したのに? ノエルは不思議そうな眼を向けた。

 「これからは一緒に生きようっていう約束をしたんだよ…ノエル。
ふたりで支え合おうって約束なんだ…。

きみを縛り付ける鎖じゃない。

 自由に生きていいんだよ。 遠慮なんか要らないから…。
きみの居場所は僕…僕の居場所はきみ…いつでも帰って来られる場所がそこにあるってことだけ覚えててくれればね…。 」

 忘れない…と即座にノエルは言った。 絶対に忘れない…。
西沢は頷きながら嬉しそうに笑った。
 
ノエル…今夜は…どちらのノエル…?
新婚さんだから…紫苑さんの好きな方…。
う~ん…迷ってしまうな…。
じゃ…両方…。
両方…? 

 営みの中でふたりは気たちの祝福する歌声を確かに耳にしたような気がした。
皓々と照らす神秘的な月明かりに包まれて初夜は静かに更けていった。






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