徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

続・現世太極伝(第二十九話 おまえの中に…私が居る…。)

2006-06-28 22:41:42 | 夢の中のお話 『続・現世太極伝』
 見舞いと称して岩島家を訪れたのは岩島のアンソロジーが店頭に並んですぐのことだった。
 無意識に三宅に襲い掛かってからというもの、ぼんやりとして気分の悪い時があるらしい…と滝川が何処からか聞き込んできたので、これ幸いに田辺と三人連れ立って様子を探りに行くことにした。

 共にアンソロジーを製作した仲間だから、岩島は何の疑いもなく見舞い客を受け入れ謝意を表した。
 おしゃべり好きな岩島の奥さんが語ってくれたところによると、この二月頃に夫妻は与那国の海底遺跡を見に出かけたらしい。
 ダイビングは出来ないので半潜水艇を使って船底から遺跡を見て回るタイプの旅を選んだ。
船底の両側に窓があって座ったまま海の中が覗けるので誰でも遺跡を見物できる。

 「遺跡を見て感動したのはいいのですけど…突然ぼけーっとなりましてね。
いきなり船の階段にぶつかって行ったんです。
当然…こけましてね。
 他のお客さんは階段で足を踏み外したんだと思ったらしいですが…あれは確かに自分から出口かなんかと見間違えて突進して行ったんですわ。 」

 それもまったく…本人は記憶にないらしい。
気がついた後で打ったところがひどく痛んだことだけ覚えているとか…。

気分の悪くなる前触れみたいなものがなかったかを…何気なく訊いてみた。

 「そうだね…誰かが頭の中でごちゃごちゃ言ってるような感じもしたけど…。
よう分からんのだよ…。 」

 頭の中で…? 三人は顔を見合わせた。
それほど懇意にしているわけでもない他人の症状を根掘り葉掘り訊くわけにもいかないので、話題を変えてしばし談笑した後、岩島家を後にした。

 「頭の中でごちゃごちゃ…なんて言われると呪文使いの業のような感じも受けるけれど…確信は持てないわ…。
 岩島先生が三宅くんを襲った時には誰かが呪文を使っている気配なんか感じなかったから…。 」

 田辺は困惑した顔で言った。
確かに…と西沢も頷いた。

 ゲノムのスイッチを最初に操作したのは…いったい何なんだろう?
呪文使いの業でもないとすると…。

 「倉橋の父や兄と相談してみるわね…。 呪文使いの業も使い手によって異なるから…何か…私の気付かない業があるのかもしれないし…。 」

 田辺によると…ひと口に業使いと言ってもさまざまなタイプがあるらしく…田辺も把握できているのはほんの一握りなのだそうだ。
 それらしいものが見つかったら連絡するから…と言い置いてこの素敵な亮の叔母さんは颯爽と引き上げて行った。



 「フォトンベルトというのを聞いたことがある? 」

 大学祭の準備をしながら不意に直行が訊ねた。
この時期に不思議な現象が起こるとしたら何が考えられるか…と亮が呟いたのに答えてのことだった。

 「ほとんど科学的根拠のない話で…カルト集団なんかが主張しているらしいんだけど…銀河系に在ると言われている高エネルギー光子のドーナッツ型の帯でね…。
 太陽系が2012年頃にすっぽりとこの中に入っちゃうって説なんだ。
2000年の時点ですでに太陽系のどこかが入っちゃったって言うんだけど…さ。

 これに入ると異常気象とか火山の噴火とか地震とかって現象が現れたり、磁場がおかしくなったりして生物にも異常が起こるって…。

 これがさ…1万3000年前にも太陽系がそこに入ったらしくて…その時にムー大陸やアトランティス大陸が天変地異で沈んじゃったと言われているんだ。
何の科学的な裏づけもないんだけど…信じている人たちが居るらしいよ。 」

 へぇ~そうなんだ…? 根拠なしにしてもよくできてるな…。
最近の地球の状況にぴったりじゃない…。

 「だから…余計に宗教屋さんが主張するんじゃないか?
科学的なことはよく分からないけど矛盾点がいっぱいあるらしいぜ。
フォトンは帯を作らない…とか…さ。 」

 なるほどねぇ~。
直行は三年生になってから少し『超常現象研究会』の部長らしくなってきた。
 単なる歴史お宅ではなく無駄知識にも眼を向けるようになった。
良いか悪いかは別としてお固いだけじゃなく、なんとなく面白味が出てきたような気がする。
 家を飛び出してから輝の兄克彦の屋敷でずっと修練を続けているらしいが、族人教育もさることながら、ちょっぴり人間教育の成果が表れて来てるかな…などと思った。

 

 滝川が仕事に戻ったので西沢はひとりマンションに帰ってきた。
やりかけの仕事の続きをするため仕事部屋に向かったが…スケッチブックを寝室に置き忘れたことに気付いた。
夕べノエルにポーズをとって貰いメモ書き程度に構図を決めておいたものだった。

 寝室に入ると閉め切った部屋は空気が淀んでいた。
西沢は窓を開けて空気を入れ替えた。

 寝室のサイドテーブルに置いてあるスケッチブックに手をかけた瞬間…何かが覆い被さるように西沢に圧し掛かった。

 そのままベッドに倒れこんだ西沢は…それが太極の一部であることに気付いた。
日溜りの温もりを感じたからだ。
 窓から射す光が揺らめきながら次第に西沢の方へと迫ってきた。
光は西沢を責めるかのようにぎゅっと身体を圧迫した。

 「乱暴だね…。 怒ってるの? 」

西沢は押さえ込まれて起き上がれないままの姿で笑みを浮かべた。

 太極の訪れは通常…至って静かで穏やかだ…。
そっと現れて西沢を包み込む。 まるであの羽根布団のトンネルのように…。
それが今日は…いささか攻撃的…。 

 紫苑…逃げ延びた悪の正体が分かったかね…?
それはすべての人間の中に存在する…勿論…おまえの中にも。
この世界の人間はひとりの母を起源とする三十数種の母から派生したのだから…。

 ただ…同じものであってもそれには個体差がある。
顕在的な差だけではなく…潜在的な個体差もある。
時折…正確な継承がなされずに生命維持には問題ない程度のずれも起こる…。

 「彼等はずれの生じた遺伝子を継承していると…いや逆か…僕等の遺伝子の方がずれているんだろうな…?
 それは…滅亡時に起こった変異によるものなんだろうか…? 
掛け合わせがずれたせいで僕等は妙な行動を起こさないで居られるわけだ…。

 だから…僕等が反応できないものに反応してゲノムのスイッチがONに…? 
いったい…何に反応しているんだろう…? 」

 太極はそれには答えず…やたら西沢のあちらこちらを探っている。
探る…とは言っても手があるわけではないので、全身を触手に撫で回されているような妙な気分。
 気に触れられることは時によって苦痛でもあるし…快感でもある。
声にもならない声が思わず唇から漏れ出てしまう。

我が化身と交わったな…紫苑…。

 「おや…嫌に乱暴だと思ったら…僕を調べてたんですね…?
不思議だな…あなたみたいな巨大な存在に…僕のようなちっぽけなもののことが細かく分析できるんですか…? 」

 おまえだからだよ…紫苑…。  おまえの中には…常に私が居る…。 
我が化身ノエルが産んだ新しい生命の気…それがおまえの中に根を張る時に私の一部もその媒介となっておまえの中に入った。

 他のものなら小さ過ぎて我が子と言えどよくは分からん…。
そんな細かいこと…他でいちいち探る気も起こらんし…な…。

 「ふうん…有り難いと言えば…在り難いことだけど…内緒でこそっと…悪いことできませんね…。 即ばれちゃうし…。 」

 はは…そのとおりだ…。 
だが…紫苑…我が化身とは良い実を結ぶといいな…。
 
太極にそう言われて…西沢は少し寂しげに微笑んだ。

 「そう…願いたいですね…。 」

 良い実…か…。 そんなこと口が裂けても言葉に出来ない…。
ノエルにとっては…これまでのような軽口や冗談では済まないんだから…。 

 他愛のない会話を続けていくうちに、やがてふわっとした感触が西沢を包み込み…抵抗できぬままに次第に眠りへと落ちていった。


 
 画材屋の中は須藤のアトリエと同様独特な匂いがした。
ノエルが使ったことのあるような銘柄の絵の具なんかは見当たらなくて…同じ水彩絵の具でも高級そうなパッケージに包まれているものや色数の多いものなどが置いてあり…文房具屋と違ってありとあらゆる色がバラ売り用で揃えてあった。

 須藤の使っている油絵の具などは…絵を描くだけなのにこんなにお金がかかるのか…と感心するほど高価だった。
勿論…素人用の安価なものも置いてあり、ピンきりなのだが…。

 須藤のお供で画材屋を覘いたあと、別段なにか目的のあるわけでもない須藤の散歩に付き合っていた。
 モデルのバイトで来ているんだから、散歩でバイト代が稼げるわけでもないけれど、中学の時の恩師に対してそんなお付き合いは嫌だとは言えないノエルだった。

 「それで…おまえは卒業したら親父さんの跡を継ぐのかい…? 」

うん…そのつもり…とノエルは答えた。 親父も店だけは継げって言ってる。

 「帰らないのか…? 」

俺…もう所帯持ってるからな…。 親父たちとは別居なんだ…。

 「何だ…もう嫁さん貰ったのか…。 そりゃ責任重大だ…。 」

ノエルはただ…微笑んだ。 

 街中は散策には不向きだが須藤には面白いらしい。
あちこちで人を観察できるから…と話していた。 
思わぬ動きも発見出来るんだとか…。

 ふうん…と相槌を打ちながらノエルはふと少し先のビルの玄関先に眼をやった。鞄を提げた若い男が出てくると何やら数人の男がそれを取り囲んだ。
知り合いではないようで…若い男は驚き怯えたような顔をして固まっている。

 げっ…三宅…あいつまたトラブってやがる…。 
ノエルは一瞬戸惑った。 先生の前で暴れちゃっていいのかなぁ…?

 「ノエル…行ってきなさい…知り合いだろ? 顔に書いてあるぜ。 」

 須藤は笑いながら言った。 
先生のお許しが出たのでノエルは三宅が囲まれている方へ走った。 

 西沢に言われたとおり、まずは相手の力加減を探った。
磯見のような能力者はいない。 

 「三宅! こっち! 」

 ノエルの声を聞いて三宅は救われたような顔をした。向かいのひとりを押しのけると囲んでいる連中から逃げ出した。 
後を追ってきた連中をノエルは身を翻しながら次々と倒した。

 三宅はさらに逃げ須藤の居る方向へ駆けて行った。
しまった…先生の居る方へ逃げちゃった…とノエルが思った時、須藤は三宅を自分の背後において楯になった。

 ノエルの手を逃れて三宅をしつこく追って行った連中が、あろうことか須藤の傍まで迫った。
 ノエルが追いつくかつかないか…須藤が何やら口の中でぶつぶつと唱えた。
三宅を追ってきた連中に軽く手を触れた…その瞬間…男たちの身体が宙を舞った。

 呪文使い…? ノエルが眼を見張った。
驚いているノエルの顔を見て…須藤はにやりと笑った。

 そうさ…俺は三宅の血を引く最後の業使いだよ…。

 須藤の唇が再び意味有りげな笑みを浮かべた…。
まるで起こっていることのすべてを知り尽くし笑い飛ばすかのように…。






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