徒然なるままに…なんてね。

思いつくまま、気の向くままの備忘録。
ほとんど…小説…だったりも…します。

続・現世太極伝(第二十二話 捨てきれない想い)

2006-06-15 12:52:04 | 夢の中のお話 『続・現世太極伝』
 対象が普通の人なので、確認できたのはほんの二~三人というところだったが、滝川の一族からの情報ではやはり、英語塾襲撃があった前後あたりに潜在記憶保持者と思われる人たちの様子がおかしくなっていた。

 磯見の場合と同じように自失状態になると突然、家を飛び出して何処かへ行ってしまう。
後から心配した家族が訊ねても何も覚えていない。
まるで狐にでも憑かれたようだと不安がっている家族も居るらしい。

 「亮くんから僕に連絡があってさ…。 
あの作家先生に襲われた若い担当…どうやら三宅だったらしいんだ。
 パシリの三宅が襲われるのは妙だから…三宅の背景を調べてくれって言われたんでそいつもついでに調べてみた。 」

 滝川は報告書らしいファイルを取り出した。
差し出されたファイルを受け取って西沢はパラパラと紙を捲った。

 「実は…三宅の家にも神代文字の古文書らしきものが伝わっているんだ。
世の中に受け入れられないということが分かっているので、正式には何処にも発表していないから、ごく身近な人しかその存在を知らないらしいんだが…。

 内容は…聞いた話では…HISTORIANが送ってきた手紙に良く似ていて…太古の時代に滅びたはずの悪い芽が再び甦るといったような…子孫に宛てた一種の警告書みたいなものらしい。

 つまり…三宅の一族はHISTORIANと同じで来るべき未来の悪と戦うために選ばれた我国における救世の家門…というわけだ。 」

 なんという危ない警告書…能力者でもないのにどうやって戦うと言うのだろう。
巻き込まれた三宅が気の毒だな…。

 そんなことを思いながら次のページを捲った瞬間…西沢はぴたっと手を止めた。
思わず滝川の顔を見た。

 「そうなんだ…。 亮くんの母上は確かに普通の人で実家は知ってのとおり名家なんだけど…僕等能力者の家門と同じで、この家には少しばかり裏の顔がある。
代々鬼道のようなものを伝承しているらしいんだ。 」

 鬼道…そんな家系とどうして木之内が縁を結んだんだ?
もともと亮の母親が能力者ではなく普通の女性ということからして誰もが不思議に思っていたのだが、鬼道の家系と聞くとなおさら妙な気がする。
恋愛結婚ならともかく…と西沢は納得がいかないというように首を傾げた。

 「これも又聞きだが…裁きの一族は我々と同類の能力者だけでなく極稀に異質な力を持つ家系とも親交を結ぶことがあるらしいんだ。
勿論…よほどの信用が無ければ在りえない事なんだが…。

 この家もそのひとつで…亮くんの祖父にあたる人が有さんに惚れ込んで是非うちの娘を…と申し出たらしい。
 同族ではないし血の繋がりも無いが…名門ではあるし…ということで長老衆が木之内家との仲立ちをしたんだそうだ。 」

 道理で亮を家門の跡取りにできないわけだ…。
勿論…亮に家門を背負わせるのが可哀想だという気持ちもあるだろうが…束ねとしては…同族でもない一族に主流の血族を名乗らせるわけにはいかないからな…。 
苦労の絶えん人だなぁ親父も…と西沢は思った。



 木之内瑛子…それが母の名前だった。
静かな人という他にはこれと言って思い出せるような特徴は無い。
 まだ…作家の籍に入っていなかったから最後は倉橋瑛子…生まれた時の名前…。
亮にとってそれはまったく馴染みの無い他人の名前だった。

 小さい頃のことはあまり覚えていない。
母は稽古事や友人との付き合いに明け暮れていて…ほとんどベビーシッターと過ごしていたような気がする。

 小学校の時にはまだ木之内家の祖父の代から居る家政婦さんが家事を担当していて…その人が高齢で暇を取るまで母の作った料理はあまり食べたことが無かった。
 その人が辞めて間もなく母も出て行った。
だから…母の味の記憶は…中学の時からの月に何回かの作り置きの味。
   
 やっと戻ってきた自分の部屋で亮はそんなことをぼんやり考えていた。
倉橋の祖父には初めて会ったわけじゃないけど…最後に会ったのは10年ほど前だろうか…もう記憶もおぼろげで顔さえ分からなかった。

 とにかくこれで終わった…倉橋家とは特に付き合いがあるわけじゃないから…。
さようなら…母さん…。 これから先は良かったことだけ思い出してあげるよ…。
そんなもんあったかどうかもわかりゃしないけれど…。

 亮…と扉の向こうで躊躇いがちな小さな声がした。
ノエル…来てくれたんだ…。

 亮は扉を開けてノエルを部屋に迎え入れた。
残念だったね…大丈夫…?とノエルは訊ねた。

 「有難う…ごめんな…バイト任せっきりで…。 」

 そんなこと…いいけど…。 お父さん…もう仕事に行ったんだね…。
何か…可哀想だね…。 

それを聞いて亮は軽く笑った。

 「いいんだよノエル…その方が…痛みなんて思い出せないほど忙しい方がさ…。
こんなところでぼ~っとしてるよりずっとましさ…。 」

痛いの…亮…?
 
 「平気だって思ってたんだ…。 なんとも感じないってね…。
ずっとここに居なかったし…ほとんど会わなかったし…で…。
 だけどさ…会わないのと会えないのでは…こんなに違うもんなんだって思った。
僕を捨ててった人だけど…やっぱり僕にとっては母親だから…僕の方ではどこかで…捨て切れないもんがあるんだなって…悔しいけど…。 」

 亮の頬を涙が伝った。 ノエルがそっと亮を抱き寄せた。  
母が亡くなってから初めて亮は泣いた…自分でも信じられないくらい素直に…。



 「だからさ…早いやつはもう三年生から会社訪問を始めてんだぜ…。 」

 久々に谷川書店にやってきた元バイトの木戸が亮とノエルを前に就職活動について熱っぽく語った。
 本当は亮にお悔やみを言いに来たのだが、いつの間にか就職ガイダンスに変わっていた。
  
 「僕…無関係…。 卒業したら家の仕事…継ぐ事になってるから…。 」

 就職活動しなくていいんだ…とノエルが暢気そうに言った。
当てのあるやつはいいよなぁ…亮はどうすんの…?と木戸が訊ねた。

 「まだ全然決めてない…。 公務員系の試験を受けるつもりだけどね…。 」

 そっかぁ…お役人志望かぁ…。 それじゃ会社訪問どころじゃないなぁ…めちゃ勉強しなくちゃね…倍率高いから…。

 「問題集ならうちの店にいっぱい置いてあるから安心してね。 」

谷川店長がにこやかに言った。 そういう問題じゃないっしょ店長!

 思わず公務員試験を受けると言ってしまった亮だが実のところまだ迷っていた。
自分が何をしたいのかを…未だに見つけられなかったからだ。
 ノエルのように家の仕事を継ぐことが生まれながらに決まっていたり、西沢のように特別な才能があったりするわけでもなく、いま特に心惹かれるものがあるわけでもない。
 けれど進路を決めなきゃいけない時が刻々迫ってきている。
焦らないかと訊かれれば焦るけれど…まだ三年生ということでそれほど切迫した実感が湧かなかった。 

 ノエルは…と言えば別のことで迷っていた。
卒業したら家業を継ぐ…これは幼い時からずっと考えていたことだから、たとえ実家には帰らないとしても、その決意は変わらない。
後は居場所を決めるだけ…。 下宿…探そうかな…とずっと思っていた。
 
 いつかは出て行かなければならない…。
そのことを強く意識し始めたのは西沢が完全に回復して仕事を再開した頃だった。
 西沢の命の灯が尽きようとした時…ノエルは西沢に対してかつての自分では考えられないような感情を覚えた。
 初めて芽生えたその感情は決して受け入れては貰えないものだと分かっていた。
だから心に蓋をして口を閉ざした。
 
 まだ若い西沢がいつまでもひとりでいるわけがないし…追い出されるよりは自分から出て行った方がいい…。
 そうそういつまでもお邪魔虫で迷惑ばかりもかけていられないし…ね。  
卒業する頃が潮時かな…と秘かに覚悟を決めていた。
 
 それがまさか…こんなことになるなんて…。

 これが他の男の申し出なら…馬鹿言ってんじゃねぇぞ…のひと言で片付けられる…。 下手したら蹴りでもかましているかもしれない…。

 けど…紫苑さんなんだよね…。
すぐにでも心の蓋を引っぺがしたいのはやまやまなんだけど…。

 紫苑さんは…普通の女の人と結婚するべきなんだよ…。
だって…僕…紫苑さんのために…何にもして上げられない…。
 何もかも紫苑さんに任せっきりでおんぶに抱っこになるの目に見えてるもん…。
やっぱり…だめだよ…無理に決まってる…。

 分かりきっているのに…何度も繰り返し考えてしまう。
即答できないのは捨てきれない想いがあるから…。


  
 マンションの正面玄関のところで亮と別れて、ノエルは溜息を吐きながら部屋の前まで戻って来た。
 お休み…の声とともに玄関の扉が開いて西沢と輝の軽くキスする様子が見えた。
いつもの光景なのに今夜はちょっと胸が痛かった。

 「あら…ノエル…お帰りなさい。 夜食作ってあるから食べてね。 」

 輝がいつもどおりの笑顔でそう声をかけた。
有難う…とノエルも軽く微笑んだ。
じゃあね…と手を振りながら輝は帰って行った。
 
 いつもどおりに玄関の鍵をかけた。
姿の見えない西沢には声をかけず…風呂場に飛び込んだ。
 シャワーを浴びながらわけも無く溢れてくる涙を洗い流した。
いつものこと…僕が望んだこと…。

 夜食には手をつけず…寝室に引っ込んで籐のソファに蹲った。
しばらくすると仕事部屋に居た西沢が様子を見に来た。
 ノエルが黙ったまま寝室に向かったので、体調が悪くなったのではないかと心配したようだ。

 「ノエル…痛むのか? 」

 ノエルは首を横に振った。
西沢は膝をついていつものように御腹に触れた。

 「大丈夫だ…。 」

ほっとしたように西沢は笑顔を見せた。
 
 「嘘つき…僕…こどもなんか産めない! 紫苑さんの奥さんなんかになれない!
嘘つき! 」

 思い掛けない言葉がノエルの口から飛んで出た。
ノエル自身が驚いた。

 「ノエル…。 僕は本気だよ…。 」

 戸惑ったように西沢は言った。
急に機嫌の悪くなったノエルを見て困惑しているようでもある。

 「嘘! 僕のこと…子供としか見てないくせに。
僕…輝さんみたいに紫苑さんとまともにキスしたことも愛し合ったこともない…。
それで求婚なんて…在りえない! 」

馬鹿…ノエル…何言ってんだ…とノエルは自分を叱ったがもう止まらなかった。

 「僕の気持ち知っててからかったんだ! 輝さんも先生もみんなで…!
そうじゃなきゃ僕を選ぶわけがない! こんな…こんな身体の…僕なんか! 」

 ノエル…ノエル…西沢は穏やかに声をかけながらそっとノエルを抱きしめた。
ノエルが暴れてもしっかりと抱きとめて放さなかった。

 「ノエル…ごめんな…。 簡単に触れたくなかったんだ…。 僕の大切なノエルの身体だもの…大事にしたかったんだよ。
 ノエルが決心するまで…ノエルのご両親にお願いするまで…ひとつになるのは待とうって決めてたんだ…。
 でも…キスぐらいはしてもよかったよね…。
ごめん…。 僕には…そういう何というか…抜けたところがあって…。 」
 
 今時…信じられないよ…紫苑さん…。
輝さんとは平気なくせに…。

 ノエルは天を仰いだ。
もう何を言う気も暴れる気も失せた。
 ふいに…西沢の唇がノエルの頤から首筋を捉えた。
初めて…西沢が自分からノエルの中の女性に触れようとした瞬間だった…。
ノエルが西沢の首に腕をまわすと…西沢はそっとキスしてくれた。
 
 「ノエル…きみの答えを待ってる…。 居候でも友だちでも何でもいいけど…。
出来れば…僕をパートナーにしてもいいって…そういう答えだと嬉しいな…。 」

 そう言って西沢はノエルの胸に顔を埋めた。
埋まるほどの胸は無かったけど…。






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