徒然なるままに…なんてね。

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ほとんど…小説…だったりも…します。

続・現世太極伝(第二十四話 いい加減じゃねぇよ…。)

2006-06-19 23:35:04 | 夢の中のお話 『続・現世太極伝』
 間もなく新学期が始まろうとしている…ということは前期の試験も目の前だというわけで、バイトの空きの時間にマンションの居間でノートの写し合いが始まっていた。
 仲間内では最も真面目な直行のノートのコピーを見ながら、亮とノエルが自分のノートに不足分を補充する。
 さらに男子学生のアイドル・夕紀が入手した過去問データを有り難く利用させて貰い、後は頭に叩き込むだけ…。
 
 「大学生の勉強って感じじゃないよな…毎度試験対策ばかりでさ…。 
ほとんど高校の延長…。 
 やっぱさ…これが研究したいってテーマがないと…。 
ゼミだってさ…科目や内容で選ぶというよりは就職有利かとか、教授の人気で選んじゃったもんな。 」

 亮がそうぼやいた。
やっぱ…そういうとこが優秀な学生と一般の学生の違いかねぇ…?

 「そうかぁ? 僕はもともとあまり勉強したい方じゃないからな…。
及第点数取れれば全然文句無いけど…。 
目標とか欲しいなら…今から卒論の研究テーマでも見つけて勉強したら…? 」

 二年越しならちょっとしたものができるぜ…ノエルがそう言った。  
あ…それいいかもな…と亮は思った。

 「そうだ…明後日バイト代わってくれない? 
玲人さんとこからバイト入ってさ…。 」

玲人さん…? 亮…まだモデルやってんの? ノエルが訊いた。

 「たまに話が来るんだ。 雑誌とかの仕事。 」

 ふうん…オーディション受けないで向こうから来るなんて最高じゃん。 
いいよなぁ…。 亮はがたいがでかいし…バランスいいもんな。

 「ノエルは女子の間じゃ超美形で通ってるじゃん。 結構…足長いし…。 」

 身長がないから…モデルは無理。 ちゃんと分かってるんだ…。
紫苑さんのイラストのモデルができるだけで…十分満足。
そう言ってノエルはにんまりと笑った。 

 「ご機嫌じゃん。 良いことあった?
新しい服もちゃんと着てるし…引っ掻き傷ちょっと治まったんじゃない…? 」

ノエルの胸の辺りを覗き込むようにして亮が言った。

 「引っ掻きたくなると紫苑さんがすぐに抑えてくれるから…。
玲人さんの店にも時々引っ張ってってくれるし…。 
まだ…ひとりでは店に入れないんだけど…服…選ぶのは…何とかいける…。 」

 よかった…良くなってきたんだ。 嬉しそうに亮が言った。
ほんの少しだけど…ね。 ノエルはそう言って微笑んだ。



 田辺カオリ…叔母さんから招待状が届いたのと時を同じくして…倉橋家を訪ねるように…という指令書も届いた。
 招待状は田辺本人ではなく倉橋家の当主から送られたものだということが容易に察せられた。 

 「ええ…? 僕も呼ばれているのかい? 有さんや亮くんじゃなくて…? 」

 滝川は怪訝そうな顔をした。
御使者の御務めに他の一族の者が同行を要請されるのは極めて異例なことだ。
宗主はどうやら滝川を要人として認め、御使者に関与する権限を与えたようだ。

 「田辺先生の招待状だけじゃなくて…指令書にもはっきりとおまえの名があるんだ…恭介…。
 宗主が滝川一族に対して滝川恭介を要人とする旨を通達したと考えていい。
これで…おまえも滝川一族の長老格…自由を奪われたってことだ…。
悪いな…僕と関わったばっかりに…。 」

 西沢は申し訳なさそうに俯いた。
何の…滝川は笑って首を振った。

 「この世でもっとも愛するお方と運命を共に出来るなど光栄の至り…。
気にするな…。 言ったろ…一緒に逝ってやるって…最期まで付き合うさ…。
宗主は良くご存知だ…僕のことを…。 」

 滝川は事も無げに言った。
御使者のお務めは下手をすれば命懸け…それに関わる者も無事で済むはずがない。
それでも滝川は西沢と生きる道を選ぶ。 

和…それでいいよな…。

 誰を失うことがあっても…紫苑を失くしちゃだめ…。
あなたと紫苑はふたつの身体を持つひとつの存在…。

 それがおまえの遺言だった…。
たった二ヶ月ほどで逝ってしまった最愛の女房…。

 「女房…と言えば…ノエルの返事はまだか…? 」

 それが…と西沢はこの前の夜のことを話した。
まともなキスより先に求婚してしまった…という話に滝川は笑い転げた。

 そりゃあ…絶対…おまえが悪いよ…紫苑…。 ノエルじゃなくたって怒るって…。
だっておまえ…輝とはそういう付き合いをしてるくせに…ノエルに対して紳士面してどうすんだよ…。
 
 「僕にとっては…あいつまだ処女なんだ。 だから拘ってんだよ。 」

 はぁぁ…? 滝川が固まった。 
冗談よせよ…紫苑…。 とっくに亮くんと…。

 「分かってる…でも…そうなんだ…。 
生まれて初めて本気で好きになった男が僕みたいな鈍感…言えなくて苦しんで…ただ笑って…。
 ぼろぼろのパジャマが僕の代わりで…。
あいつ…ここを出て行く時にそれを持って行くつもりだったんだ…。

 僕にも覚えがある…。 
養父の掛け布団で作ったふかふかのトンネルが両親の代わりだった。
叱られても叱られても…あの温もりが欲しくて…何度も持ち出して…。

 決して与えては貰えない…求めてもいけない…愛情の代わり…ノエル…どれほど切ない想いをしていたんだろう…。
何の打算もなく見返りも求めず…一途に僕を想い続けてくれてた…。
その穢れない想いは真心で受け止めなきゃいけない…そう思ったんだよ。 」

可哀想に…こんな…いい加減な男に惚れてさ…と西沢は少しだけ洟を啜った…。

 おまえは…いい加減なんかじゃねぇよ…と不意に真顔で滝川が呟いた。 
優し過ぎるだけで…。

 

 入念に手入れされた日本庭園を一望できる閑静な離れの座敷で、倉橋家当主は西沢たちが現れるのを待っていた。
 倉橋久継…70半ばにして堂々たる偉丈夫である。
普段は何処と言って調子の悪いところもないが、さすがにこのたびの瑛子のことは応えたと見えて疲れから風邪を患い、ようやく治まったところで、西沢たちを車寄せまで迎えに出たのは長男の政直と田辺だった。

 わけを言って御使者の来訪は日延べして貰えばいいのに…と家族は勧めたが久継は聞かなかった。

 「そんなわけで…見苦しいさまをご覧に入れますが…お許し下さい。 」

 政直は申し訳なさそうに言った。
なるほど当主は顔色も優れず脇息にもたれかかっていたが、西沢の姿を見るとすぐに居住まいを正し平伏して迎えた。

 「御当主…どうかお楽に…。 随分と…お辛そうだ…貴家にも病払いを得手とされる方はおられましょうが…僭越ながら滝川に診させましょう。 」

 西沢がそう言って滝川を振り返ると、滝川は軽く一礼して久継の前に進んだ。
失礼…と滝川は久継の手を取った。
 しばらく診てから胸と背中…肺と肩甲骨の辺りに治療を施した。
最期に腎臓の辺りにも…。

 「小半時もすればいま少し楽になられるでしょう。
腎臓が少しばかりくたびれております。
 異常が出るほどではありませんが…意識して水分をお取りにならないといけません…取りすぎてもいけませんが…。

 政直さん…御当主にはできる限り飲み物や水菓子などを差し上げてください…。
特に西瓜が宜しい…但し…ちゃんと食事が取れるくらいの分量でお願いします。
塩分を控えめに…野菜を主にした汁物なども宜しいかと…。 」

 素直な性格らしく政直は滝川の話をうんうんと頷きながら真剣に聞いていた。
田辺がにこにこと笑いながら…お父さまは医者嫌いでなかなか診てもらおうとしないから困るのよ…と言った。

 失礼を致しました…と滝川はもとの場所に下がった。
先程から部屋に入るべきか入らざるべきかと迷っていた使用人がようよう茶などを運んできた。
 久継は西沢たちに茶を勧め、自らも口にした後で…おや…久しぶりに茶が美味い…と喜んだ。

 「早々にご面倒をお掛けして申し訳ないことでしたな…。
当家に伝わる呪文使いの病払いは…憑き物や霊などの障りによる病を払うのが主でしてな…。
 呪文がまったく効かないわけではないが…普通の病気などはもっぱら普通の医者に掛かっておりますよ。 」

 少し顔色も良くなりにこやかに微笑んだ。
その様子をほっとしたように政直が見つめた。
  
 「なるほど…御使者は宗主に似ておられる…。
ああ…勿論…容貌のことではありません。 全体から受ける印象が…です。
同じ主流の血を受け継いでおられるのですから当然といえば当然ですが…。

木之内の有さんの若い頃に…やはりそんな感じを受けましたな…。 」

 久継の中にも何処となく亮に似たところが見受けられた。
血の繋がりとは不思議なものだと西沢は思った。

 お父さま…そんなことより…御使者にお話しがあるのでしょう…?と田辺がじれったそうに言った。

 「おお…そうだった。 政直…あれを…。 」

 久継に促されて政直は飾り棚の上におかれた文箱のようなものを取り上げて久継に手渡した。
 久継はそっと箱の蓋を開けて中から巻物と和紙を束ねた文書のようなものを取り出した。 

 「これは…ずっと昔から我が家に伝わるものでしてな。
実は三宅の先祖からの手紙とそれに纏わる話を記したものです。 」

 三宅…西沢は思わず滝川と顔を見合わせた。
久継は頷いた。

 「この手紙は…同じ呪文使いの一族だった三宅の当主が一族だけの秘密であった古文書の内容を我が一族の先祖に明かして助力を要請したものなのです。
 その時既に一族から呪文使いの血が消えつつあったのでしょう…。
危機を感じた当主が、最早、自分たちだけでは魔物に立ち向かえないと判断したのだと思われます。
結局…その時代には然したる危機は訪れなかったのでしょうが…。 」

 問題は…と久継は続けた。 我が祖先が書き残した文書の方です…。
西沢も滝川も思わず身を乗り出した。

 久継は古文書を取り上げると書かれてある内容を読み上げた。
前置きの部分などが終わると聞いていたふたりの表情に驚きの色が表れた。

 古の文書に記されたもの…それはまさに今…西沢たちの身の回りで現実に起きていること…そのものだった…。







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