
自転車競技といってもいろいろある。僕のいうのは競輪ではない。ツール・ド・フランスという名前はたいていの人が知っていると思う。100年以上の歴史を持つ、自転車レースである。その種の競技についてだ。
ケーブルテレビに加入したとき、スポーツチャンネルが基本契約の中に入っていて、そこで初めて見たのがきっかけである。
最初は、何時間も自転車が走るところをみる馬鹿もいないだろうに、と何気なく見始めたが、いつの間にか自身が馬鹿になっていた。
競技そのものに関心のない人も、一度見てみたらよいと思う。3週間かけてフランスを駆けめぐるのがツール・ド・フランスというのだが、同じように3週間でイタリアを巡るジロ・デ・イタリア、3週間でスペインを巡るヴェルタ・ア・エスパーニャというのもある。
はじめは自転車という単純な構造と運動の乗り物の上で、ひとがクルクルペダルを回しているだけだろう、とたかをくくっていたが、併走するオートバイや、ヘリコプターから送られてくる映像の景色が実に美しい。ため息が出るくらい美しい。
なんといってもその速さが景色を味わうのに最適なのだ。しかもノンカットである。これがいい。紀行番組だとそうはいくまい。見てくれの良いところを切り取って、ということは撮影者および編集者の判断にならざるを得ない。
ある時は空撮で、ある時は自転車と同じスピードで。ピサの斜塔を見たことのない人は少ないだろうが、斜塔の10キロ手前の町から斜塔の横を通り抜け、10キロ先(実際には一日200キロほど走るのだが)の町まで、全部を見た人はまた殆どいないだろう。
ひとくちにヨーロッパの風景といったってずいぶん違うのだと改めて思い知らされる。ドイツからオランダへ国境を越えただけでも田園風景が違う、そんな経験は何度もしたけれど、こうしてまとめて見るとまた格別だ。
スペインは台地状の地形が多いとは、むかし地理で習ったが、急勾配で直線の道路が延々と続き、ふと気付けばはるか下方に通り過ぎた町や野原が写し出される。なるほど、そうだと納得する。南部へ行けば、景観はもうアフリカのそれだ。
毎日その日その日での表彰も行われるのだが、そこでもお国柄が出る。スイスだと、いかにも田舎然とした娘や中年の女性が、ほとんど普段着のような格好で選手にキスをする。フランスでのプレゼンターはおしゃれな女性という案配だ。
つまりここでのおもしろさは、編集者の配慮というものが最小限に抑えられていることにつきる。シュヴァルツコップのレッスンとは正反対の現象だ。
むしろこれこそがテレビという媒体の最大の魅力だろうに。デジタルの時代とやらで、それの実現は容易であるはずなのに、思い切った決断とアイデアが出せぬまま、技術だけが突出している。
去年のツール・ド・フランスではイギリスまでもがコースに入っていた。僕はイギリスに行ったことがないのだが、郊外の田園風景の美しさには驚いた。文士の吉田健一さんが、イギリスは自然が美しい、と再三書いていて、自然はドイツもフランスも美しいのではなかろうか、と訝しく思ったことがある。しかし彼の言うとおりだ。イギリスの詩人達がうたったのはこういうことかと、感激した。書き忘れるところだった。
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