アチャコちゃんの京都日誌

あちゃこが巡る京都の古刹巡礼

863 あちゃこの京都日誌  新シリーズ 新天皇の国紀 ⑥

2021-08-10 10:36:45 | 日記

雄略天皇~継体天皇

 

その1  大古の昔は、130年以上生きた天皇が何人もいた。?

「昭和天皇は最長寿ではなかった。神の話から人間の話へ」

ジンムテンノウ

天皇の初代は、神武天皇だが、このあたりは神話の世界と重なりかなり歴史的真実とは考えにくい。特に、2代綏靖から9代開化までは、「欠史八代」と言われていて実在は疑わしい。何しろ皆さん御長寿でいらっしゃる。この間、長寿番付け1位は、孝安天皇137歳、2位孝霊天皇128歳、3位初代神武天皇127歳、以下孝元天皇116歳、孝昭天皇114歳、開花天皇111歳、綏靖天皇84歳、懿徳天皇77歳、安寧天皇67歳。なんと昭和天皇の89歳が史上最高年齢と思っていたのに、である。古代では、現在のようなストレスはなく天変地異もなく、また環境問題もまだなく有害物質に侵されることも無かった為か?勿論、当時の平均寿命など鑑みおよそ現実的ではない。まさに神の仕業としか考えられない。

しかし、実在しなかったという証明は難しく、今の半期を1年とする半歴説もある。それぞれ年齢を半分にすると現実味が出てくる。神武天皇は63歳か64歳、最も長生きの孝安天皇で68歳か69歳、(日本の暦にはお彼岸など年2回の行事が多いのはその名残か、また春夏秋冬の四季をそれぞれ1年とする4倍歴説もある。)いずれの国でも「国の大本」は神秘に包まれているもので、実在かどうかの議論そのものが興味深い。

実は、現在の学説では、10代の崇神天皇が天皇家の始まりと言われている。神武天皇の実名が、「ハツクニシラススメラミコト」と、崇神天皇と同じなのだ。スメラミコトは「皇尊」なので天皇の意味だが、ハツクニシラスは「始馭天下」とか「御肇国」と書きいずれも初めて国を治めるという意味なのだ。『日本書紀』や『古事記』を書く時代になって、神話の世界の神武天皇を祖とし、その次に8人の天皇の存在を創作し、始めて国を治めた大王(崇神天皇)の正当性を強調したのだろう。戦国時代など下剋上の時代に、自らの家柄を尊いものに見せる為、遠い昔から続いていたかのように家系図を創作したのと同じようなものなのかも知れない。しかし、女神であるアマテラスの時代からとは言え、同一王朝の男系を繋いでいるとされる国は世界でも日本だけだ。もし新しい王朝が武力で討伐したのならば、その都度、何度もそのような複雑で非現実的な歴史を残すことも考えられるはずだ。

ただ現実にはその後、なお地方豪族たちの覇権争いがあったものと思われる。崇神王朝はその後本拠地を転々とする。まず奈良の三輪神社あたりを拠点にした「古王朝」と言われる時代、次に仁徳天皇陵で有名な泉州・河内の「河内王朝」へと変えて行く。皇室内での系統の違う王朝への交代なのかどうかは学説が分かれる。

いよいよ本題の継体天皇を語るのだが、その前に、大王家の統治を確立した一人の強烈な個性の天皇を書かねばならない。考古学的に実在が確定している最古の天皇、大悪天皇とも有徳天皇とも言われるワカタケルこと雄略天皇である。

 

「欠史八代」『古事記』・『日本書紀』においては存在するがその事績が記されない第2代から第9代までの8人の天皇。現代の歴史学ではこれらの天皇は実在せず後世になって創作された存在と考える。