第3回 高笑い
ここは京の南、木幡伏見城。淀(大阪)方面にも奈良方面にも、そして東海道を通じて東国からの攻めにも睨みを聞かせる要地である。しかし、今の秀吉には攻められる危険はほぼない。すでに天下を手中にしたと言っても過言ではない。
反抗するのは、薩摩の島津氏と小田原の北条氏くらいである。育ての親である織田信長の勢力範囲を大幅に拡大したのだ。思えば、桶狭間の急襲に徒で参加したのは23歳の時だった。今は50歳。まだまだ元気だ。悩みは世継ぎのいないことである。性欲は衰えを知らない。自らの天下を横取りしそうな家康は、悔しくも子作りでは完敗だ。彼は、とにかく妊娠しそうな女を選ぶ。後家でも年増でも骨盤の張った乳の大きな女を選ぶ。貴賤は問わない。しかし、秀吉は違う。出身が下賤の出なので、高貴な血を望む。むしろ高級な女性にしか欲情しない。土のまみれた百姓の自分に喜んで抱かれる貴種にこそ征服欲が満たされる。しかし子は出来ない。毎晩列をなすように女を侍らす。一晩に複数の女を抱くこともある。
それでも最近はなぜか満たされない。それは茶々(淀君)が、自分を受け付けない事だ。彼女こそが、武家社会の最高の貴種なのだ。信長の妹、戦国最高の美女お市の方を母に持ち、父は戦国大名の雄、浅井長政である。そのお市の方に憧れ、身を焦がした秀吉は、茶々が成長とともに母にうり二つの美女に成長したのを見ると我慢が出来ないのだ。悩ましく身もだえし、しばしば言い寄ったが、うんと言わない。無理やり押し倒しても良いのだが、彼女にだけはそうは出来ない。お市の方と信長の面影が浮かぶのだ。
何とか、自分のものにしたい。
しかし、遂に突然向こうから承諾の意思を伝えて来た。我が天下を茶々も認めざるを得なくなったのだ。早々に、伏見に呼び寄せた。秀吉51歳、淀君20歳。彼女は自分の世継ぎを生む気がする。大丈夫だ。
すでに南蛮渡来の媚薬を茶々には仕込み、自らは朝鮮から最高級の人参を取り寄せ煎じて飲んだ。今は、自分のそれは準備完了である。渡り廊下を忍んで行く間、数々の戦場の苦労が思い出され思わず笑みがこぼれた。加えて自分の幸運を思うと、徐々に笑みから腹を抱えて笑えて来た。そしてついには城中に響き渡るような大声で大笑いした。止まらない。自分をさえぎるものは何もない。金も地位も人も女も・・・・・。まさに高笑いである。