ここで、箸休め。加後号。
〇〇天皇と後〇〇天皇というのを並べて見た。実に26例ある。52名の天皇だから、平安以降75名中52名の天皇が加後号に関わる。
50 桓武天皇かんむ104 後柏原天皇ごかしわばら
51 平城天皇へいぜい105 後奈良天皇ごなら
52 嵯峨天皇さが88 後嵯峨天皇ごさが
53 淳和天皇じゅんな111 後西天皇ごさい
54 仁明天皇にんみょう89 後深草天皇ごふかくさ
55 文德天皇もんとく
56 清和天皇せいわ108 後水尾天皇ごみずのお
57 陽成天皇ようぜい107 後陽成天皇ごようぜい
58 光孝天皇こうこう北朝6(100) 後小松天皇ごこまつ
59 宇多天皇うだ
60 醍醐天皇だいご96 後醍醐天皇ごだいご
61 朱雀天皇すざく69 後朱雀天皇ごすざく
62 村上天皇むらかみ97 後村上天皇ごむらかみ
63 冷泉天皇れいぜい70 後冷泉天皇ごれいぜい
64 圓融天皇えんゆう北朝5 後圓融天皇ごえんゆう
65 花山天皇かざん
66 一條天皇いちじょう68 後一條天皇ごいちじょう
67 三條天皇さんじょう71 後三條天皇ごさんじょう
72 白河天皇しらかわ77 後白河天皇ごしらかわ
73 堀河天皇ほりかわ86 後堀河天皇ごほりかわ
74 鳥羽天皇とば82 後鳥羽天皇ごとば
75 崇德天皇すとく
76 近衞天皇このえ
78 二條天皇にじょう94 後二條天皇ごにじょう
79 六條天皇ろくじょう
80 高倉天皇たかくら
81 安德天皇あんとく
83 土御門天皇つちみかど103 後土御門天皇ごつちみかど
84 順德天皇じゅんとく
85 仲恭天皇ちゅうきょう
87 四條天皇しじょう
90 龜山天皇かめやま99 後龜山天皇ごかめやま
91 後宇多天皇ごうだ
92 伏見天皇ふしみ93 後伏見天皇ごふしみ
95 花園天皇はなぞの102 後花園天皇ごはなぞの
98 長慶天皇ちょうけい
北朝1 光嚴天皇こうごん
北朝2 光明天皇こうみょう110 後光明天皇ごこうみょう
北朝3 崇光天皇すこう
北朝4 後光嚴天皇ごこうごん
101 稱光天皇しょうこう
106 正親町天皇おおぎまち
109 明正天皇めいしょう
112 靈元天皇れいげん
113 東山天皇ひがしやま
114 中御門天皇なかみかど
115 櫻町天皇さくらまち117 後櫻町天皇ごさくらまち
116 桃園天皇ももぞの118 後桃園天皇ごももぞの
119 光格天皇こうかく
120 仁孝天皇にんこう
121 孝明天皇こうめい
122 明治天皇めいじ
123 大正天皇たいしょう
124 昭和天皇しょうわ
125 今上天皇
このような追号を付ける場合、大きく三つのケースがありそうだ。
親子・祖父の場合尊敬を込めてつけると皇統の正当性をアピールできる。桜町・後桜町、桃園・後桃園が直近で分かりやすいケースだ。次に多いのが、業績への憧れである。後醍醐天皇は、延喜・天暦の治(藤原氏の摂政を置かない天皇親政)の醍醐・村上天皇に憧れて生前から追号を決めていた。後白河天皇も長期にわたる院政を敷いた白河天皇に憧れたと思う。そして、離宮やゆかりの場所が同じケースで、後水尾天皇(水尾は清和の別称)は、右京の地、水尾を好んでいた。
すべてにわたり解説する知見は筆者にはないが、平城・後奈良や陽成・後陽成など理解不能のものもある。また、桓武・後柏原や、仁明・後深草、淳和・後西など異称(別名)が分からないと加後号と分からないものもある。
それにしても加後号の多い事。このようにして皇統の継続についての強い思いと、先人の苦労がうかがえる。