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しげる牧師のブログ

聖書のことばから、エッセイを書いています。
よかったら見てください。

朝の露 ミカ書4章 <バビロン捕囚>

2018-12-10 | ミカ書

白花「シオンの娘よ。子を産む女のように、身もだえし、もがき回れ。今、あなたは町を出て、野に宿り、バビロンまで行く。そこであなたは救われる。そこで主はあなたを敵の手から贖われる。」(ミカ4:10新改訳)

これはエルサレムが炎上破壊され、ユダの人々が捕囚となってバビロンに連れて行かれる預言である。「子を産む女のように、身もだえし、もがき回れ」とあるが、預言から数十年後、ユダは占領され、エレミヤはエルサレムの凄惨な有様を哀歌に描いた。▼こうして、せっかく与えられた約束の地に、イスラエルは千年も住まないうちに再び放浪の民となった。たとえ神の民であっても、心深く巣食う罪の腐敗性に勝利できなかった事実を、彼らの歴史は示す。▼しかしミカは「そこで(捕囚の地バビロンで)あなたは救われる」と預言する。ふしぎにもダビデの血筋は保存され、聖地帰還が実現、やがてベツレヘムにおけるキリストの御聖誕となっていく。全能の神は、人の罪や堕落に左右されることなく、着々とみわざを進めたもう。◆ミカの筆はさらに走り、終末の大預言となる。エルサレムは回復し、文字通り世界の中心となり、全世界の国民が主にお会いするために集まって来る。それはエルサレムに臨在される主イエス・キリストから神のことばが発せられるからである。こうして、「主は多くの国々の間をさばき、遠く離れた強い国々に、判決を下す。彼らはその剣を鋤に、その槍をかまに打ち直し、国は国に向かって剣を上げず、二度と戦いのことを習わない。」(ミカ書4:3同)◆ミカは世界にイエス・キリストによる恒久平和がかならず到来することを預言した。しかもそのキリストがベツレヘムから出ることも預言しているのである。たった7章の短い預言書だが、ミカの筆に全世界が希望の基を置いている。彼の言う通り、キリストが第一降臨されたのであれば、彼の言う通りに再臨が起こるのは当然ではないか。主よ、早くお出でになりますように。マラナ・タ


朝の露 ミカ書3章 <エルサレム崩壊の預言>

2018-12-06 | ミカ書

大阪城「それゆえ、あなたがたのゆえにシオンは畑のように耕され、エルサレムは瓦礫の山となり、神殿の山は木々におおわれた丘となる。」(ミカ3:12新改訳)

ミカは一章で北王国の都、サマリヤが廃墟になると預言し、この章で南ユダ王国のエルサレムも同じ運命をたどる、と預言する。▼主イエスも壮麗なエルサレム神殿をご覧になって、おなじことを言われた。「この大きな建物を見ているのですか。石がくずされずに、積まれたまま残ることは決してありません。」(マルコ13:2同)。その40年後、ローマ軍は火と剣で都を文字通り廃墟にしたのであった。人が犯す罪は、この世界を何度廃墟にしたことであろう。▼人類最初の世代は暴虐のかぎりをつくし、ノアの大洪水を招来した。ソドムとゴモラ然り、エレミヤのときのエルサレム然り、主イエスの十字架と続くユダヤ民族の離散もそうだ。そして最後、パウロ、ペテロ、ヨハネが預言する世界の大崩壊。だがその中からイエスの復活による新しい世界が姿を現す。主よ、速く来たりたまえ。そのとき人の罪のため、破壊され、声なき声でうめいていた世界は、救い主の到来をみてどんなに喜ぶでしょう。「天は喜び 地は小躍りし 海とそこに満ちているものは 鳴りとどろけ。野とそこにあるものはみな 喜び踊れ。そのとき 森の木々もみな喜び歌う。主の御前で。主は必ず来られる。地をさばくために来られる。主は 義をもって世界を その真実をもって諸国の民をさばかれる。」(詩篇96:11~13同)

 


朝の露 ミカ書2章 <暴虐に満ちた国>

2018-12-05 | ミカ書

南天「彼らは畑を欲しがって、これをかすめ、家々をも取り上げる。彼らは人とその持ち家を、人とその相続地をゆすり取る。」(ミカ2:2新改訳)

イスラエルでは、土地は神から与えられ、代々相続すべきもので、売買してはならなかった。 ところが神の律法が無視されるようになると、力の強い者、権力のある者が無理に奪い取り、不正が堂々とまかり通る社会に変化していった。たとえば北イスラエル八代目の王アハブは、王宮のそばにある畑地が欲しいばかりに、持ち主ナボテを奸計によって殺し、それを奪った(Ⅰ列王記21:1~16)と記されている。▼ユダ、イスラエル両王国は律法をあなどり、偶像礼拝に走った結果、道徳は地に落ち、風紀は乱れ、多くの罪なき人の血が流された。神の悲しみはどれほどであったことか。ミカは審判の到来を預言し、悔い改めを強く迫ったが、人々は聞こうとしなかったのである。すでにアッシリヤの侵攻は間近となり、その後にはバビロンが控えている。はたして歴史は彼の預言通りに進み、BC8世紀には北王国、続く6世紀には南王国の滅亡となったのである。▼真の神を否定する罪は重い。まして再臨を笑う現代社会の末路は、いかに悲惨なものであろう。そこから一刻も早く脱出せよ、というのが御霊のお声、メッセージである。「ペテロは、ほかにも多くのことばをもって証しをし、『この曲がった時代から救われなさい』と言って、彼らに勧めた。彼のことばを受け入れた人々はバプテスマを受けた。その日、三千人ほどが仲間に加えられた。」(使徒2:40,41同)

 


朝の露 ミカ1章 <火の前の、ろうのように>

2018-12-04 | ミカ書

赤ゼラニウム「見よ。主は御住まいを出、降りて来て、地の高い所を踏まれる。山々は主の足もとに溶け去り、もろもろの谷は裂ける。まるで、火の前の、ろうのように。坂に注がれた水のように。」(ミカ1:3,4新改訳)

ミカは預言の冒頭で、世界の国々の民よ聞け、と呼びかけ、示された壮大な幻を描く。▼かつてシナイ山で火と黒雲、雷鳴とラッパの響く中を神が降られたとき、イスラエルの人々はふるえあがった。そして今、悪を止めないユダ、イスラエル王国にさばきを下すため降りて来られた。もちろんそれはミカの霊眼にしか見えないが・・・。▼預言者の黙示はしかし、時代の領域を超え、終末におけるキリストの地上再臨にまで及んでいる。だからそのよびかけは、「すべての国々の民よ。聞け。」(2)なのだ。その日、栄光の主の足もとで山脈は溶け、島々は海中に没し、大地は揺れ動き、幕のように引き裂かれる。星はいちじくの実のように燃えながら地に降り注ぎ、天体はゆれ動く。否、天そのものさえ巻き取られ、神の宝座が地上から見え、恐怖と戦慄が世界を包むであろう。◆ミカは北王国の主都サマリア、南ユダ王国の首都エルサレムの背信を指摘している。それは首都の罪が、その国全体の罪だからである。「心の中にキリストを主と崇めよ」(Ⅰペテロ3:15文語)とあるように、もしキリスト者が内に主を宿したにもかかわらず、おのが腹を神となし、己が恥を光栄となして、ただ地のことだけを思う生き方にあるなら、ミカの言うサマリアの罪、エルサレムの罪を犯し続けたイスラエル民族と変わらない。◆預言者は目前に迫った両王国の崩壊を思い、「嘆き、泣き叫び、裸足で、裸で歩く。私はジャッカルのように嘆き、だちょうのように悲しみ泣く」(ミカ1:8新改訳)のであった。今日、聖霊は地上の全教会に向かって、おなじことを語っておられるのではないだろうか。むろん貴方や私にも真実の悔い改めに生きることを求めておられる、と信じる。