銀河夢急行

公共交通の話題を中心に、幅広く取り上げます。
都合により無予告で投稿を休止することもありますが、宜しくお願い致します。

エリザベス女王を偲び、約4キロの弔問の列……50時間待った人も!!

2022年09月15日 19時05分33秒 | 訃報

亡きエリザベス英女王は、あれからロンドンのウェストミンスター寺院構内のホールに到着。

こちらでも約4キロに亘る長蛇の列とか。約50時間待ち、合掌や祈りは僅か20秒ぐらいです。

まさしく英国全体の永遠のお母さん、お婆さんですね。いつまでも安らかに寛ぎたまえ………。

画像は、今朝の民放テレビニュースから。


JR函館本線・新函館北斗あるいは大沼公園~長万部間は経営分離且つ貨物専用線化? 737系は旭川進出?

2022年09月15日 17時39分19秒 | 鉄軌道

複数のサイトによれば、令和13年度に開業見込みのJR北海道新幹線🚄・新函館北斗~小樽~札幌間と並行する函館本線・長万部~小樽間を完全に廃止するほか、同じく新函館北斗~長万部間については線路を原則単線化して、上下経営分離方式に。しかも、旅客輸送は全廃し、バスに転換するという案が次第に有力になってきているようですね。

この区間は、北海道庁もしくは、こちらから出資した第三セクターが所有。JR貨物の列車だけを通すというものです。

私自身が思うには藤城線、砂原線を残し、本線は新函館北斗~大沼公園間を追加で交流電化し、勾配が厳しい大沼公園~長万部間は撤去されるのではなかろうか? 駒ケ岳は活火山で、もし噴火🌋でもしたら、それこそ重要な貨物列車が止まってしまう恐れも。わざわざ藤城線、砂原線を建設した経緯も十分に考慮すべきだ。

確かに沿線人口はが極めて希薄だが、大沼公園駅までについては、それなりに観光客輸送の需要があろう。

また、これらに伴い、ディーゼル特急“北斗”は新幹線開業後は長万部~東室蘭~札幌間だけの運行になるとの見通しを示されたようだ。

また、函館~新函館北斗間は道南いさりび鉄道に移管し、交流専用電車の733系1000番台を引き取るか、あるいは同じく737系を何らかの形で投入するとか。

………737系は片側2扉で、ロングシート。中間部はフリースペースとし、必要に応じて扉を容易に増設出来るとか。それに、今のダイヤならば、苫小牧~室蘭間は2両組成✕5本だけで済む筈だとか。現行の老朽化したキハ143形は実際、その体制で運用しており、どうやら函館本線・岩見沢~旭川間にも投入との見方が優勢。ワンマン運行向けで、12本も造られるというから、恐らく間違いなかろう。

ちなみに、737系は今のところ千歳線経由で札幌駅にまで乗り入れる計画は特にないとか。

取り急ぎ報告まで。


昔は臨時系統(?)もかなり多かった名古屋市電。その他、お知らせ………

2022年09月15日 04時32分08秒 | 交通一般

ここ暫くは例年にない残暑で、とにかく台風⚡️🌀☔️の連発。本投稿時点で既に北海道や東北北部では空気も乾き始め、すっかりと秋本番🌰🍠🍁なようだが。羨ましいねぇ………。

名古屋近辺は最高気温云々よりも、むしろ湿度が異様に高くて、ここのところブログ取材も思うにまかせない状態が続いております。

そのため、秋本番に完全に入るまでには、もしかしたら今後、向こう暫くの間は投稿やブログ更新、それにレスも滞る場合が予想されますので、悪しからずご了承くださいませ。

また、今冬はラニーニャ現象のため、名古屋近辺も含めて例年よりも寒いとの予報も出ているようだ。

…………さて、先日に購入した名古屋市営交通100年の史料を見ていたら、何だか市電の路線に臨時系統(臨)が多かったのも気になりましたね。

また、5、6とか15、26みたいに一応は路線番号があっても、公式な路線図には終始、書かれていなかった事例も。あのJR武蔵野南線のような存在だったのかな?

5はどうも栄町~稲葉地間、15は名古屋駅~浄心間の半定期系統だったような。特徴としては系統サボの地色が白ではなくて、黄色だったり、桃色だったり………。

5系統は主に1800形A車、15系統は概ね2000形や1300形が使われていたような気がします。ほかに、南大津通を経由するものとして26系統、また金山橋以南を走るものとして32系統などもあり、26はZパンタ化後の3000形(連節電車)も、よく使われていたらしい。6系統は広小路通線にいたような写真も見た覚えがあります。

臨系統は市内のあちこちでよく見られ、2700形(同)の活躍も目立ちました。また1300形や1600形なども多かったように思います。勿論、当時の運行実態は殆ど謎ですが。うん。

しかしながら、これらも昭和46年4月以降の市電オールワンマン化以降は殆ど姿を消してしまい、せいぜい15系統ぐらいしか残りませんしたね。

一方、市バスでもツーマンが主役だった昭和42年頃までは時折、臨系統が見られましたが、当時の市電ほどの規模でもなかったような。主に東山公園などで見たような覚えも。また、電車代行バスとか球系統も印象的でしたね。こちらも、ワンマン化の進捗等に伴い次第に見られなくなり、今では初詣・節分バスとか墓参バスぐらいになってしまいました。

昔の手回し後方幕。ワンマン使用時は殆ど使われなかったが、ツーマンではフル活用され、それも系統番号が入ってなかったためか、意外に見易かったような印象も。恐らく今のLED後方幕はそれも勘案して、ああいう簡単な表記になったのであろう。しかしながら、あの時に比べて何だか曖昧で雑過ぎるような感じが。

星丘12の場合、当初は平成橋の表記さえなくて、植田バスターミナルでは私自身も混乱しましたね。また今の名駅13は上飯田だけの表記であり、辻本通ぐらいは併記しても良さそうなところだが。

…………さて、河村たかし市長は昨日、中央リニア部分開業時を一つの目安として、SRTつまり連節バス🚌の導入方針を明らかにしました。導入そのものは、そう難しいことでもないとか。技術的な問題も特にないとか。

昨日の民放テレビニュースで見ましたが、先日の試乗会では、あのフルカラーLED方向幕もフルに発揮!! 名古屋市交通局は一体どう思ったのかしら?? やはり、側面表示での矢印(←)部分までは、今の名鉄バスみたいにギラギラと白く光らせない方が良さそうだし、無難だ。今までの短冊形で十分だな。

まだ、実証実験に使われた岐阜バスの“清流ライナー”みたいな外観になるのかどうかは分からないが。うん。

導入予定路線は、まずは名駅バスターミナル~広小路本町~栄バスターミナル間から。その次には名駅バスターミナル~(100メートル道路経由)~大須~上前間の辺りらしい。今の名駅16やC-758の代替路線にでもなるのかな??

取り急ぎ、報告まで。

画像は、写真集“名古屋 街と交通の一世紀”の裏側のカバーです。名鉄バスが写っていますが、撮影当時はまだ名鉄バスセンターがなく、今のJRゲートタワービル付近にあった交通公社ビルの構内に名古屋駅前停留所が。そこから、名鉄バスのほか三重交通バスも出ていましたね。こちらは、ワンマンカーは殆どなく、大抵はツーマンでした。

さらに、その南側には、あの円柱形の交通局案内所もあり、撤去された昭和48年頃までは、名駅桜通口のランドマークの一つでしたね。

さらに背後の名鉄百貨店も懐かしい姿だ。恐らく真夏の撮影で、昭和38年頃かな。名鉄電車も河和方面の海水浴誘客にひたすら奔走。その主役は初代オリジナルカラーの5500系による一般特急や臨時の座席指定特急だったと思います。初代パノラマカーは専ら名古屋本線の一般特急運用が任務でしたね。まだまだ、今のような6000系や3500系、9500系のような高性能通勤型車両の開発だなんて、当時の名鉄側も全く考えていなかったね。せいぜい、HL車のような車体更新車両が、いいところだったような。