石川県能登地方を震源とし同県志賀町で震度7を観測した能登半島地震。生存率が大幅に下がるとされる発生72時間が4日午後に迫り、厳しい寒さや断続的な地震の中で、警察や消防、自衛隊などによる懸命な救助作業が続いている。
珠洲市では3日午後、倒壊した住宅から79歳の男性が救出された。
輪島市や珠洲市などでは建物の倒壊も多く救助が遅れ、被害の全容は見えていない。
産経新聞
最大震度7を観測した能登半島地震で、倒壊した家屋の中に2日間以上閉じ込められていた男性が無事に救出された。生存率が大幅に下がるとされる発生72時間まであと1日と迫る中での救出劇に、見守った家族の目からは涙がこぼれた。
救出されたのは、石川県珠洲市春日野地区の木造2階建て民家に1人で暮らしていた江表大司郎さん(79)。石川県能登地方では1日午後4時過ぎに震度5強の揺れに見舞われた。同県七尾市に住む長男の洋司さん(50)は、父親の様子が気になって電話をかけた。
「大丈夫。無事だ。今の地震で家がゆがんだから、ちょっと見てくる」。大司郎さんは洋司さんと話しながら、母屋に入った。
その瞬間、最大震度7の揺れが再び同地方を襲った。洋司さん自身も揺れに見舞われる状態だったが、父親との電話を切ってはいけないと思った。
ガサガサガサ…。すさまじい轟音(ごうおん)が耳に飛び込んできたと思ったら、通話は切れた。洋司さんの姉がすぐに家の様子を見に行くと、母屋はぺしゃんこにつぶれていた。声をかけても反応はなかった。
3日午後3時過ぎ、交通規制が解除されて洋司さんはようやく家にたどり着いた。ダメかもしれないと思いながら「おーい」「おーい」と何度も声をかけると、「うー」「うー」と父親のかすかな声が聞こえた。
慌てて消防を呼び、救助活動が始まった。地元消防に京都市消防局も加わり、がれきを人力で取り除き、通路を確保するなど、余震が続く中での約2時間の作業の結果、大司郎さんは無事に救助。救助段階では目立ったけがもなかった。
洋司さんは「助かってくれただけでありがたい。ほんとうにうれしい」と涙をこらえて絞り出すように語った。
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政府が能登半島地震の被災者支援のために展開しているのが、被災自治体の要請を待たず物資を送る「プッシュ型支援」だ。平成23年の東日本大震災で物資が行き渡らなかった反省を踏まえた支援策で、石川県内の拠点にはすでに食料などが到着し、3日から被災自治体に届き始めた。ただ、過去には被災自治体が対応できず被災者に行き渡らなかった事例もあり、政府主導のきめ細やかな対応が求められる。 「避難が長期化する可能性があり、被災者支援が極めて重要だ。すでに毛布やトイレットペーパーなどを被災地に発送しているが避難所のニーズを把握し、適切な支援を行う」 課題となるのが、物資の輸送ルートの確保だ。被災後も現地入りできるルートが複数確保されていた熊本地震と異なり、能登半島はルートが限られている上、道路が寸断されており、政府高官は「自衛隊が入れず、市街地までは行けても小さな集落までは難しい。熊本地震とは状況が違いすぎる」と指摘する。
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