進学した短大は『でっかいどう』にあった。
私は昔からアメリカに憧れがあり
もちろん、海外なんて夢のまた夢だから
それなら日本の中でアメリカっぽい(おおらかな)イメージがある
『でっかいどう』にしようと思った。
実家は無駄に広くて、冠婚葬祭でもらった引き出物がたくさんあったけど
1人暮らし用に母からもらえたのは、
本当に使わないようなプラスチックのお皿とかのみ。
あとはヘアブラシ。
当時はそれが当たり前だから何とも思っていなかったけど…
寒いところに行くのに、ドライヤーもなかった。
うちは理容業だから、使ってないものもあったはずなんだけど。
(母は捨てられない人)
って、今思えば、子供の頃
髪をドライヤーで乾かしてもらったこともなかった。
髪は機嫌が良ければ切ってくれたんだけど
どれだけお願いしても短くされてた。
多分、ドライヤー不要だったから便利だったんだと思う。
髪を短くされていたから、
編み込みとかをしてもらったこともなかった。
髪を伸ばせたのは高校生になってから。
三つ編みなんかも、自分で覚えた。
年に1回か2回、貯めたお金で美容院に行けた時はちょっと感動した。
言ったとおりに髪を切ってくれるから(笑)
その後帰宅して、母にすごい嫌味を言われたけ
鍋もフライパンも自分で買った。
母曰く『みんなが来た時にないと困る!』で
欲しいものはもらえなった。
冷蔵庫も自分で買った。TVはお金がなくて買えなかった。
色々と調べて、通う短大関係で一番安く生活費が済ませられそうなのが
申し込んだ学生会館。
1人部屋で台所・お風呂・トイレ共同。
集会室にTVがあったから、TVはそれで。
カラーボックスを買って組み立てて。本当に最低限。
学生会館から短大までは徒歩30分近く。
なんか、自転車も買えなかった。歩けばいいや!
初めて学生寮に行った日
他の子達は必ず親が一緒だった。
そうか、普通は心配して親も来てくれるんだと思った。
借りられた奨学金は月44000円。
学生会館は月に29000円。最低限の生活は出来る。
もちろん、バイトはする。
母からの仕送りは期待は出来ないけど…
3~4カ月位に1回、10万円が振り込まれた。
それでも助かった。
後から考えると、短大の学費が2年で140万弱。
父の遺した学資保険が200万。残りの60万円を分割していたのだと思う。
あと、入学式のスーツ代は出してもらえた。
うちの田舎の成人式は夏。暑いからスーツ。
そのスーツ代は出してもらえた。
短大の1年生の終わりにアメリカへの研修旅行があった。
50万ちょっとかかった。
高3の冬、祖父が亡くなる前に
父方の一番下の妹に
私の学費の補助をして欲しいと頼んでくれていたみたいで。
どうしてその妹かというと
ご主人が美容院をいくつか経営していて、都心に住んでいるセレブ。
そのおばさんが祖父が亡くなった時に
『母子家庭のくせに…』と言ってきた人なんだけど。
祖父は私の唯一の理解者だった。
私はもっと勉強がしたいはずだから、協力してやって欲しいと言っていたらしい。
高校を卒業した春休み、1人で東京にお金を受け取りに行った。
本当だったら、母も頭を下げるべきなのじゃないか…と思ったけど
私のことだから、私が一人で。
お金は嬉しかったけど、嫌味を言われた後だったから都合悪かった。
頭を下げて、お金(50万)をいただき、帰宅して母に預けた。
研修旅行にはそのお金と、バイトを掛け持ちして貯めたお金をプラスして。
本当に本当にありがたかったんだけど…
その時いただいたお金は、後から返すべきだったのか…
未だに考えることがある。
それに、そのお金を母が他の事に使わなかった事にも感謝しなきゃ…とは思った。
就職は東京のとある私立大学の事務。
卒業前に一度住むところを探しに来て契約して
敷金礼金払って、引っ越し代も自分で払って。
時はバブル真っただ中。住むところも安くない。
もちろん、契約金も安くない。
仕事に行くための服だって必要。
また貯めたお金がなくなった。
研修旅行なんか行ってる場合じゃなかったかも…とも思ったけど
それがないと、おばさんからいただいたお金は払ってもらえなかった気もするし。(母に預けていたから)
引っ越しして、電話の契約に10万円かかると言われ…
さすがにお金がないから止めようと思ったけど
連絡を取れないとこっちも困ると、それは母が払ってくれた。
あと、最初の給料日まで生活費として3万円ともらえた。
それが、母にもらえたお金の最後。
初任給が出た時に、母に高めのお茶を送ったんだけど
美味しくなかったと文句。
世間の常識として
子どもは親に苦労をかけたから、親孝行を!
月給に対して住むところが高かったから
(それでも安めを探し、通勤に1時間半かけてた)
さすがに毎月の仕送りは無理だったけど
ボーナスが出た時は必ず贈り物をしてたし
夏・冬は必ず実家に帰っていたんだけど
(帰らないと怒る。でも交通費もバカにならない)
何をしても、いつも文句が最初だった。